マネッチア

 私たちの一族は口から先に生まれてくる。比喩ではなく。母親の胎内で頭を下に準備万端整えて、鼻や顎先よりも先に口を外に出した、特殊な体勢で生まれてくるのだ。もちろん、出て来た途端、産声を爆音で響かせながら。

 母親も、出産の手伝いをする一族の者たちも、母親の手を握る父親も、その間中ずっと、何事かをまくしたてている。新生児の、つんざくような泣き声がそれに綺麗に絡み合い、唯一の一族外人である産婦人科医の聴覚をひとしきり混乱させる。

 私たちの一族が乳幼児期に周囲の大人から浴びる言葉は、シャワーどころではない。控えめに言って土砂降り、より正確に言うならば、毎秒、頭上に海と繋がる穴が開いているようなものだ。生まれた瞬間から家族の誰かしらがどの瞬間にも必ず口を開いていて、意味のある言葉も意味の無い言葉も等しく耳に雪崩れ込んでくるような環境に置かれるため、私たちは喃語期など簡単にすっ飛ばして、生後半年ごろには日常会話に参加するようになる。舌ったらずな口調で、父親が株価暴落に嘆くのを慰めたり、母親のあやし方に文句をつけたりするようになるのだ。

 こうして私たちは私たちの一族に相応しい人間に成長し、世界を守る。どういう仕掛けなのか誰にも分からないのだけれども、私たちの一族がお喋りをしている間は、既に地球に降り注いでいる筈の、大量の隕石が地球の一歩手前で止まるのだ。今よりも文明が進歩していた頃の技術だそうで、そのノウハウはとっくに失われてしまった。同じような役割を担う一族は他にもいたらしいけれど、喋っていないと呼吸困難に陥るという特殊体質のせいかどんどん減り、今では私たちの一族しかいない。

 私たちは喋る。のべつ幕なし、ひっきりなしに。私たちにとって喋ることは生きる手段であり、目的であり、生きるということそのものなのだ。

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