リンドウ

 雨の中、黒い着物の母が、白い花に包まれた父を見て泣き崩れたのを覚えている。幼い私は幼いながらに、これから何があっても、私だけは母を愛さなくてはいけないと思った。

 それが多分、最初だ。


「リンドウちゃんは良い子だね」

 小学生の時、忙しそうにしている担任に通学路で採った花をあげた時、頭を撫でられながら掛けられた言葉。しかし、次の日から先生は体調を崩して休職してしまった。

「リンドウさんは優しいな」

 中学生の時、同級生からタチの悪い嫌がらせを受けていた男子をたまたま助けた時、言われた言葉。けれど、その男子は間もなく登校できなくなり、いつの間にか退学してしまっていた。

「リンドウちゃんは優しいね」

 大学受験に落ちた親友が、泣きながら掛けてきた電話の、最後の言葉。悲しむ親友に色々な言葉を掛けてみたけれど、彼女は私との電話の後で姿を消してしまった。

「リンドウ、貴女だけが私の全てなの。だから、どこへも行かないで」

 毎朝聞く、母の言葉。私はそれを聞いて、満足しながら家を出る。悲しみに沈み続ける母は、悲しみに沈み続ける限り、私を必要としてくれる。

 小学生の時の担任も、中学生の時の男子も、高校生の時の親友も、そうだ。彼らが悲しみに暮れる限り、それを癒す存在である私は、彼らに愛される。私は彼らを慰めながら、同時に悲しみが癒えないような言葉を掛け続けた。悲しむ彼らを私は愛し、同時に彼らも私を愛し続けた。連絡が取れなくなっても、私は彼らの愛を感じ続けている。

 愛すべき存在が悲しんでいるのは胸が苦しい。でも、その苦しみは甘い。私だけは彼らの理解者であり、彼らを、その悲しみごと愛してやれるのだから。

 だから……。

「リンドウ先輩、待ってくださいよ」

 後ろから、愛すべき後輩が駆け寄ってくる。大学のグラウンドに向かう道を並んで歩きながら、彼の悲しむ顔を想像して、可笑しくなる。

 ああ、早くその顔を見たい。

 早く、君を愛してみたい。

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