8.消したい過去と消せない思い
まだ蒸し暑い夏の夕方。
「お前の父ちゃん人殺しなんだろ。こっち来んなよ。お前も人殺しだ。」
「なんでそんなこと言うの。」
「やめて。こっち来ないで。」
「殺される。逃げろ。」みんなが走っていってしまう。
「ねえ、待ってよ。」目の前にいた女の子の腕を咄嗟に掴んだ。
「いや。助けて。」女の子が泣いてしまった。一瞬つかむ手を緩めた。ごん。男の子がその辺に落ちている石を投げてきた。僕のおでこに当たった。生暖かいものが顔をつたる。それに釣られて周りの子も石を手に取り投げてくる。
「僕は人殺しなんかじゃない。僕は僕なのに。」少年は涙を流し下を向く。なんでこんな目に合わなきゃいけないの。顔を上げると誰もいなくなってしまった。家にも帰りたくない。あれは僕の家なんかじゃないのに。僕の居場所はどこにもない。
少し年のいった女の人が僕達を読んでいる。目が合う。女の人は僕をすごく嫌な目で見てくる。ため息をついて
「何をしてるの。早く戻りなさい。」そう言って行ってしまった。
目の前に誰も居なくなってからハウスに向かう。大きな二階建の白いお家。赤いドアを開けて中に入る。一階の廊下を進んで突き当たりにはみんなが集まる食堂がある。その手前に古い扉がある。そこを開けるとちょっとした階段があって下に降りれる。半地下のような位置にある四畳ほどの物置スペース。ここが僕が唯一生きることの許された世界だ。このハウスには二十人ばかりの子供がいる。年齢も性別もバラけた僕達とマザーと言われるおばさん。先生と言われる白い髭のおじさん。そしてさっき僕を呼びに来た女の人、佐々木さんがいる。多分それだけ。
僕らに両親はいない。マザー達が親代わりだ。両親はいないけど家族はいるって教わった。僕達は家族なんだよって。でもそれを教えてくれたマザーは去年のクリスマスに姿を消した。その夜僕にごめんねって言って抱きしめてから居なくなった。
次の日から僕はこの物置に閉じ込められた。この部屋と園庭に出ることだけが許された。ご飯をもらいに食堂にいると先生に殴られた。お風呂にいくと佐々木さんに棒でふくらはぎを叩かれた。トイレに行くと園庭の時みたくみんなに文句を言われてしまった。だからトイレは裏庭の花壇の隅でするし、お風呂は暑い日に外で水を浴びた。ご飯はみんながいなくなってから食堂のゴミ箱を漁っていた。
時々シスターに会いたくなる。僕を抱きしめてくれたあの温もりが恋しくなる。そういう時はこのペンダントを握る。あの夜の日に僕の首にかけてくれたペンダント。小さいボトルの中に水と小さな白い花が入ったものだ。何の花かは知らないけどシスターがすぐそばにいてくれる気がした。
シスターはいつも僕にあなたはあなたなのよと言ってくれた。僕には何を言われているのかわからないけど元気よく返事をしていた。そうするとシスターが微笑んでくれるから。
シスターは僕を誰よりも可愛がってくれていた。僕には小さい時の記憶がない。ただシスターのシワシワの手に引かれてこのハウスに来たのだけは覚えている。それとせまい部屋で男の人が出ていき、女の人が子供を抱きながら泣いていること。それにつられて小さな赤ん坊が大声で泣いていること。でもそれを話すとシスターは悲しい顔をして忘れないって言った。誰かの悲しい顔は見たくない。だからあれ以降そのことは思い出さないようにした。
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