第94話

「素数の何が次元の隙間の出現と関係するの?」

「素数はご存じのように、大きくなるにつれて出現の度合いが減っていきますが、その出現に規則性がないと考えられています。しかし、何らかの規則性があるのではと、リーマン予想という問題が出されました。この問題は未だに解かれていませんが、ここから導き出される素数分布に、次元の隙間の出現と一部分相関が見られました」

 うーん、何だかよく分からないけど、素数の分布とやらが次元の隙間の出現と関係があるかもしれないってことだよな。


「時子さん、実は桃里くん独自の特殊能力が素数に関係しているみたいなんだけど」

「!そうなんですか?!」

 お!時子さんが驚くの初めて見た。超かわいい。


「確か、どんなに大きな値でも、瞬時に素数かどうかを判定できるって能力だったと思います」

「ということは、すべての素数テーブルを脳内に持っているか、判定するための式を持っているということだわ。その式が分かれば次元の隙間の出現を予測することが可能かもしれません!」

「でも、桃里くん①は桃里くん②に上書きされてしまったんじゃ」

「いえ、深層心理に精神が残っている可能性は大いにあります。早速サルベージしましょう」


 こうして、桃里くん①の特殊能力を得るべく、桃里くん②に話を持っていった。

「あ?素数?宇宙が素数を知ってるってのか?」

「知っているというのではなく、宇宙が数学に従っているのです」

「宇宙が?」

「あなたも「素粒子の標準模型の作用」に「アインシュタイン=ヒルベルトの作用」を表した数式に従っているはずです」

「ま、例外もあるが、確かにその式に乗っかっている部分もあるにはある」

 アインシュタイン=ヒルベルトの作用って何だろ。

 静も含めて、地球防衛隊(仮称)には桁外れの天才しか残ってないな。


 特殊能力を失った果歩、茉莉、武蔵は地球防衛隊(仮称)には属さず、一旦それぞれ元の生活に戻っていた。

 ただ、さすがにあんな政府発表があった後では、今までと同じ生活はなくなってきていた。


 日本の食料自給率は、人工光合成により72%まで伸びていたものの、100%には届いていないため、このまま海外と断絶したままでは、いずれ食料が不足するという予測がされていた。

 たったそれだけのことで、人々の心には悲観的な考えが蔓延り、メンタルヘルス疾患を患う人の割合が人口の12%まで上昇した。

 高齢化が極端に進んだ日本は、この危機から立ち直る気概ときっかけを掴めずにいた。

 早く赤い魂とウイルスの問題を解決して、正常な世界を取り戻さなければ。

 この話に巻き込まれた時には、こんなに世界や地球のことを何とかしたいなんて考えることになるとは思わなかった。


「桃里くん①の特殊能力を使うことができたら、次元の隙間を塞ぐことができるかもしれないんだ」

 思わず、僕の方から桃里くん②に話を切り出してしまった。

「お?素数分布の式なら、俺が知ってるぞ」

「は?」

「今から書いてやるから待ってろ」

 桃里くん②はそう言うと、何やらごちゃごちゃした式を書き始めた。

 時子さんは、その見たこともない記号が羅列されている式を見てから、目を閉じた。

 すぐに目を開けると、

「観測したデータと99.97%の確率で合致します。早速今後の予測と観測データを検証してみます。この式は長い間未解決になっていたリーマン予想を証明するものです」

 と、ほとんど感情の起伏のない時子さんが、微妙に興奮しているように話をした。


 よかった。桃里くん①の力が皆の役に立ちそうだよ。


 早速、次元の隙間の発現場所と時間の予測を桃里くん②から聞いた式によって行い、実際の観測結果と照合していった。

 すると、過去のデータと同じように99.97%の確率で合致したものの、残りの0.03%、約3,333回に一回は全く異なる場所に発現した。


 これをどう考えるのか、地球防衛隊(仮称)内でも意見が割れた。

「この程度なら、魂に影響は出ない可能性はあります。早くこの発現式に沿った次元の隙間消去システムを構築すべきです」

「いや、100%の対処ができなければ、すべてがムダになる可能性がある。誤差を補完する式の構築が先だ」

 どちらも正論に思える中、静が啖呵を切った。

「補完する式は俺っちが必ず見つけ出すから、マイクロソフトブラックホールの射出システムの構築を進めてください」


 そう言えば、静の口調が普通の人っぽくなっていたこと、皆気づいてるのかな?

 これって、多分人格を融合したからだよな。

 でも、ものすごく普通の人になっちゃって、逆に不安になるんだよな。


 こうして、次元の隙間を消し去るシステムの構築が始まった。

 地球を回る月の周回軌道内に現れる次元の隙間をすべて消し去るためには、月の周回軌道面上と月の裏側をフォローするために月の周りを回る軌道でマイクロソフトブラックホールの射出装置を配備する必要がある。

 それも、最短の発現周期である8msで発現し続けられても対処できるマイクロソフトブラックホール(以下MBと表記)の射出周期を実現できなければならない。

 現在の太陽光をエネルギー源とするMBの生成周期は1分7秒だから、単純計算で55,833機のMB射出装置が必要になる。

 更に地球の裏側からは次元の隙間を狙えないから、連続して同じ場所に発現する可能性を考えると、必要なMB射出装置は55,833機の4/3くらいである74,444機。そして、月の裏側も狙えないから、月の裏側の静止軌道にも同じく55,833機の配備が必要になるから、合計で130,277機の製造と運用が必要になる。

 これはちょっと現実的な数字じゃない。


 そこで時子さんが、この後次元の隙間が発生する位置と時間を例の式から1万年分シミュレートして、更に0.03%の確率で発生するランダムな位置に対処することを想定して割り出した配備数は、2,356機となった。

 これくらいなら、何とかなりそうだ。

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