第25話

【楢原 武蔵】(徳永トウェンティスチルドレン)

「相手は11歳の子どもだぞ!何とかならんのか!」


 ここは陸上自衛隊朝霞駐屯地内に作られた、インドアの訓練施設。

 主にCQB(近接戦闘)の訓練に使用される。


「既に12名が倒されました。残り10名」

 3階建てのショッピングモールを模して作られた訓練施設内でSATの対テロ模擬戦闘訓練が行われていた。

 通常の訓練と異なるのは、テロの犯人役が11歳の子ども一人だけということだが、その子どもに既にSATの隊員12名が倒されていた。


 あるものはナイフで、あるものはブービートラップで、あるものは銃で、あるものは関節技で、誰にも位置を悟られずに淡々と倒されていくその様は、亡霊にでもとり殺されて行くようだった。

 当然武器は模擬のもので、ゴム製のナイフ、ペイント弾の出る空気銃、爆発音の出る手榴弾など様々だった。

 それらを全種類使おうかというように多彩な倒し方が披露されていた。

 また、ゴム製のナイフには刃に墨が塗ってあり、切られた痕が付くようになっているが、頸動脈や脇の下など、全て急所を的確に切られていた。

 普通に見れば、自衛隊でも最精鋭クラスの隊員によるものだが、これらは全て11歳の子ども一人によるものだった。


 手持ちの武器はナイフが2本、最初に与えられたトカレフ残弾0、手榴弾×2、SATの隊員から奪ったMP5(サブマシンガン)残弾12+マガジン×2、USP(拳銃)残弾8+マガジン×2、人質×5名、部屋への入口は両端の2箇所と正面に広い窓と、天井を一部外して天井裏に行けるようにしてある。


 窓はSATが屋上から懸垂下降で侵入しようとした際に割られている。

 その際、4名を侵入と同時にトカレフで射殺した。

 4名とも頭部に2発ずつ、2秒程でクリア。

 実際にはトカレフくらいの拳銃ではSAT隊員が装備しているヘルメットを貫通できないが、訓練では複数弾の急所命中で死亡判定となる。

 その後、倒したSAT隊員からMP5と拳銃、マガジンを奪い、催涙弾が3発飛んできたが、全て部屋に入る前に撃ち返した。

 窓際はスナイパーに狙われているから近付かない。

 MP5と拳銃では長距離の敵は倒せないから攻撃はしない。


 戦闘は理論だと母ちゃ、いや母から叩き込まれた。

 一か八かはない。少しでも有利な戦術を選択して対敵しなければ作戦の成功は望めない。

 次は廊下からもしくは壁抜きの突入、スタングレネードが飛んでくる可能性、外から見える範囲を把握。

 実弾があれば、踏むと下から発射されるトラップを作れるが...


 すかさず予想通りスタングレネードが2発飛んで来たが、今度は撃ち返さずにスルーする。

 直後に目を眩ませる閃光と耳をつんざく爆発音が室内に響く。

 人質たちが目を瞑り、耳を塞ぐのが見えたと同時にSATが突入してくる。

 自動調光機能と遮音機能を持つヘルメットを装備したSAT隊員たちはこの状況下でも何事もないように行動できるが、悪いが俺の目も特別製なんだ。

 どんなに明るくても暗くても瞬時に順応する視神経は、何事もないように敵を視認した。

 耳には綿を唾で濡らせた簡易な耳栓を入れていて、スタングレネードは、かなりうるさいが、行動に支障があるほどじゃない。

 突入してきた敵にMP5を2発ずつ発砲、4名を射殺したところで2名の敵が至近距離に肉薄、その内の一人に撃たれる前に懐に入り込み、ナイフで腋窩を一突き、その隊員を盾にして、もう一人を射殺した。

 この間、4.5秒。

 全く迷いなく身体が動いた。


 その後、天井裏に入って敵の位置を探る。

 大人の身体では大きく重いが、子どもの身体ならほとんど音を立てずに天井裏を移動できる。

 階段に2人と、逆側の死角に2人か。

 階段の2人から片付けて行こう...


 天井裏に開いている穴からはSATの隊員の姿を直接見ることはできないが、うっすら壁に映る影から場所を特定できた。

 USPで隊員の後ろにある鉄骨を狙って4発撃った。

 発射された弾はペイント弾なので、実際には鉄骨にペンキの痕が付いただけだが、SATの2人には死亡判定が立った。

 この訓練施設は精密なVR(バーチャルリアリティ)環境になっていて、武器を使用すると、対象の物理的な特性が正確に再現されるようになっている。


 今撃った弾は、鉄骨で跳弾しSAT隊員に命中したという判定がなされたが、当然、跳弾する方向も想定して射撃を行った結果だ。

 残った2人は、本来は撤退すべきだが、この訓練では撤退のオプションは存在しない。

 ということは、突撃してくるだろう。


 タタタタタタッ!

 MP5の連射で死角にいる敵を威嚇する。


 ポン!

 残りの2人は階段付近に仕掛けておいた手榴弾のブービートラップに掛かった。


「SATの突入部隊全滅です。繰り返します。SATは全滅しました。現時刻を以て訓練を終了、全員所定の位置に戻ってください!」

 館内に放送が流れる。

 結局、反撃どころか姿を捉えることもほとんどできないまま、SATの部隊はスナイパーを残して全滅した。


 俺はデブリーフィングには参加しない。

 倒されて気落ちしているSATの隊員の傷付いた心に塩を塗ることになるから、参加するなと自衛隊員に言われた。

 隊を子どもに全滅させられるのは、相当なショックだろうが、気落ちすることはない。

 なぜなら、俺は所謂「日本の子」であり、優秀な遺伝子同士を掛け合わされたサラブレッドだからね。


 母ちゃ、母は陸上自衛隊唯一の女性空挺隊員で、あの宇宙エレベータ軌道打ち上げロケット防衛作戦にも参加した。

 結局種子島の防衛は例の徳永という科学者が全て自前の兵器で片付けたらしいが、もう四半世紀も前の話だし、本当かどうか怪しいものだ。


 陸自の第一空挺団はエリート中のエリートで、敵の正規軍と戦うだけでなく、少数による潜入任務など、特殊部隊としての任も担う。

 そのため、最後の一人になっても任務を遂行するための行動を取れるように訓練されている。ナイフ一本あれば、樹海で数週間のサバイバルが可能だ。

 第一空挺団は、他の隊から「第一狂ってる団」と揶揄されるほど、自衛隊の中では特殊な存在となっている。


 当然、か...母も空挺訓練生として訓練を乗り越え、男性に引けを取らない成績で訓練学校を卒業している。

 そんな母に育てられ、6歳になる頃には体術、ナイフ、銃火器の使い方をマスターしていた。


「日本の子」は通常の教育機関ではなく、他人より優れた能力を活かすための教育を受けることになっている。

 俺は特に射撃の能力が突出していた。


 ハンドガン、アサルトライフル、スナイパーライフルそれぞれの陸上自衛隊トップクラスの隊員とのマッチでも10歳になってから負けたことがなかった。


 制式拳銃であるSFP9で30m先のターゲットは全弾ピンヘッド。即ち、全く同じ場所にマガジンに入っている全弾を当てることができた。


 38式5.56mm小銃では、インドア模擬ターゲットに0.5秒以内に精確に急所に2発ずつ命中させられた。


 中でもM24スナイパーライフルでの命中率は群を抜いていた。

 有効射程距離800mであるM24で、その倍となる1,600m離れたターゲットに命中できる力を持っていた(ただし、腕の長さが足りないためストックを切り縮め、バイポッドを使用して)。


 その力の源は並外れた視力にあった。

 長距離射撃に求められる力は、視力と言うよりも環境の把握能力と弾道のシミュレート能力であり、通常は温度、湿度、風などの気象情報やターゲットの動体予測が求められ、射撃支援衛星とリンクすることで命中率を上げるのが主流となっている。

 しかし、俺はそんな外的支援を得なくても、弾道を読むことができた。

 標的を見ることで、そこに到達するまでに銃弾がどんな軌道を描くのか精密に分かるのだ。


 標的までの距離、風の強さと方向、気圧と湿度など、本来視覚からは得られない情報が、訓練によって得られるようになっていた。


 今は体術とナイフの扱いを自衛隊内で伸ばしている。

 11歳という年齢にしては驚異的な体力、筋力があるとは言え、体躯は小学生並み。大人の大きさ、重さには敵わないところもある。

 それでも人の急所に的確に当てられれば、どんなに鍛え上げた身体も痛みに沈む。


 そんな訓練に明け暮れる中、初めての任務が与えられることになった。

 任務内容は極秘扱いで、ブリーフィングはなぜか環境省というところで行われるらしい。


 環境省って何をするところだ?

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