第二章

第22話

【藤堂 瑞希】(徳永フォースチルドレン)

 僕は今までに3人、人を殺してしまったことがある。


 1人目は小学生の時の先生、2人目は高校生の時の同級生、そして3人目は就職した会社の上司だった。

 でも、警察に捕まるようなことはなかった。

 なぜなら、何も証拠が見つからなかったから。

 自分でも殺そうと思ったわけではなく、ただ反射的に「死ね」と強く思っただけなのだ。


 最初はもちろん偶然だと思った。

 でも、さすがに3人目の上司が死んだとき、間違いなく自分のせいだと確信した。


 その上司は43歳の女性だった。


 僕はその会社スタンディングアレイズ(SA)にソフトウェアの専門学校を卒業してすぐに入社した。

 SAはAIコンシェルジュの開発会社で、僕はUI(ユーザインタフェース)開発者として採用された。

 AIコンシェルジュとは、徳永秀康という伝説の科学者が開発したパーソナルブレインスキャンによって個人の脳力をコピーしたAIであり、その人の能力を倍増させる技術だ。


 20年ほど前、飛躍的に発達したAIは、単純作業を自動化し、人の仕事を奪うものになると恐れられていたものの、実際には人間の仕事をサポートする側に強く発達することになったらしい。


 当時、「日本の子」政策で優秀な日本人を増やそうとした政府の思惑は、10年掛かって7,000人の落ちこぼれと1万2000人の普通の人と900人の優秀な人と100人の危険人物を生み出し、ほとんど失敗に終わっていた。

 実は僕も「日本の子」政策によって生まれた人間なのだが、普通の人、いや落ちこぼれと判定され、小学校からは通常の教育を受けることになった。


 AIコンシェルジュによって、ヒトの能力を数倍に高めることが可能になり、結果として「日本の子」政策の失敗を補うことになった。

 人は仕事が忙しくなると、「あー、自分がもう一人いたらいいのに!」と思うが、AIコンシェルジュは正に自分と同じことができるAIを作り出すという技術で、電子メールの返信、文書の作成、プログラムの作成、音声による連絡、など、自分が考えるであろう思考を個人の左脳の活動をシミュレートすることによって再現することができるようになっている。


 本人とAIコンシェルジュとのやりとりは、眼鏡型のインターフェースAICGlassesで行う。

 AIコンシェルジュの本体は世界中にある分散量子コンピュータ上に構築されており、全世界のAICGlassesと接続され、それぞれ個人の脳活動シミュレータが常時稼働しており、そのユーザ数は既に10億人を超えている。

 AIコンシェルジュのホスト量子コンピュータは、世界人口をカバーできる性能を持っており、元々持っている量子コンピュータの特徴である同時処理のビット数がべらぼうに高く作られている。


 AICGlassesとのやり取りは、Output側の視覚への情報はグラスから網膜への直接投射により視覚へオーバーライドされ、聴覚へは弦に設置されているイヤホンから音声が流れる。Input側はAICGlassesに搭載された脳スキャナによって、言語野の活動をスキャンすることで、心の中で念じた言葉を読み取ってコントロールする。

 これは事前に脳のコピーを取っているから可能なことで、登録されていない人間ではコントロールすることはできない。


 日本政府はこの技術を先進技術認定し、優先的に研究を進め、世界中に技術供与を行った。

「ビッグバンインパクト」と呼ばれた常温核融合発電技術に関しては、当初日本国内だけしか使用許可を与えないことで一気に輸出黒字を拡大させ、GDPは最初の5年で3倍に跳ね上がり、国の債務は激減し、今では国債を発行する必要がなくなっていた。

 しかしこのAIコンシェルジュの技術は最初から積極的に海外に展開していた。

 このため、AIコンシェルジュを扱うベンチャー企業が世界中で雨後の筍のように濫立することになった。

 SAもそんなベンチャー企業の一つだったが、ユーザとのインターフェースにもう一段AIをかますことによって柔軟なやり取りを可能とし、AIコンシェルジュのデファクトスタンダードを勝ち取った企業だった。


 日本の子から脱落した僕は、その後、平凡な子ども時代を過ごし、これと言った特徴もないまま大人になった。

 高校で進路を決めるときに、自分は何が得意なのか、どんな仕事をしたいのか、自分なりに一生懸命考えてみた。

 しかし、何も出てこなかった。

 そもそも自分は生きていたいのかどうかすら分からなかった。

 そんな自分を同級生がどう見ていたのか、今ならよく分かる。


「透明人間」


 いてもいなくても誰も気にしない、気付かない、困らない。

 とは言え、ムシャクシャした人間にとって、こういうどうでもいい同級生は何の罪悪感もなくいじめの対象にできるのだった。

 もう名前も顔も思い出せないが、何かと言うといちゃもんを付けて殴ってくる同級生が現れた。

 当時、意味が分からず、どうすればやめてもらえるのか考え続けていたものの、何の行動もできずに暴力を受け続けた。

 他の同級生たちは気付いていたはずだが、誰も手を差しのべてはくれなかった。


 そんなことが続いたある日、通学で使っていた自転車が壊されていた。

 この自転車は、高校に入学した時にある人から贈ってもらったものだった。

 ある人とは、まだ見たことのない父親だった。


 日本の子の父親は、単なる精子提供者として、その家族にはコンタクトしないことになっているが、なぜか自分には色々なプレゼントが贈られてきた。

 中学生の時には腕時計が、就職時には最新型のAICGlassesが贈られた。

 腕時計も自転車も市販品ではなく、特別な材質や部品で作られていた。


 日本の子から脱落した後、政府からの援助は最低限まで打ち切られ、母一人の収入で育てられることになったが、特別な資格や技術を持たなかった母にまともな仕事はなく、毎月ギリギリの生活を続けてきた僕は、誕生日プレゼントももらったことはなかった。

 そんな僕にとって、腕時計と自転車は宝物だったのだ。


 犯人は分かっていた。

 許せない!!

「死ね」

 心の中で叫んだ。

 何度も何度も。


 そして次の日、僕をいじめていた同級生が自宅で死んだと知らされた。

 死因は心臓発作だった。

 一瞬小学生の時の担任の先生が死んだときのことを思い出したが、気のせいだと自分に言い聞かせた。

 偶然だ、偶然僕の嫌いな人間が心臓発作を起こしただけだ。


 あれから4年、流石に今回は偶然とは言えない状況だった。

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