第12話
人知れず焦る徳永の指導のもと、製造していた宇宙煙突の基礎となるカーボンナノチューブケーブルの長さが遂に10万kmに達し、並行して準備していた打ち上げ用のロケットシステムに組み込まれる段階に到達した。
鹿児島で秘密裏に生産されたそれは、空のタンカー2隻に積まれて種子島に輸送された。
ここまでは順調に事が運んだが...
【兵頭 新】(陸上自衛隊西部方面隊司令官)
種子島宇宙センターでは、宇宙エレベータ建設のための資材を積んだH3ロケット6基からなる輸送機に液体水素燃料が導入され始めていた。
宇宙エレベータの軌道基礎となるカーボンナノチューブのケーブルは、精密な球体になるように巻き取られていたが、直径が50mにもなってしまったため、ロケット1基では積載できなかったらしい。何せ全長が10万kmにも及ぶのだから当然と言えば当然だ。
実際には6基のロケットを正六角形に配置し、その中央にケーブルを配置して、ロケットと接続してある。
ちなみにこれらの接続にもカーボンナノチューブのケーブルが使用されていた。
ケーブルが赤道上空の静止軌道に到達すると、展開機によって、地球側、宇宙側にケーブルを少しずつバランスを保ちながら展開していく。地球側のケーブルが高度1,000mまで下りたところで機首にフックを搭載した飛行艇でケーブル端を確保し、日本近海まで運び着水。その後は船舶で曳航して宇宙エレベータ建設海域に運ぶことになる。
実は宇宙空間からケーブルを降ろしていくと風に流されてしまうため、何もしないと静止衛星軌道を外れてしまうのだが、展開機の軌道を調整して赤道上空を外れないようにコントロールされるようになっている。
我々の任務は、このケーブルの打ち上げまで打ち上げ施設とロケットを守り通すこと。
その為に種子島島内に陸自2個中隊400名が、PAC-3地対空ミサイル6基の配備と沿岸警備に当たり、海自は種子島の西側沖合60km及び150kmにミサイル護衛艦2隻を含む護衛艦隊を配備、攻撃型潜水艦(SS)3隻も近海の底で息をひそめている。空自はE-767早期警戒機(AWACS)及び那覇基地からのF-2 2機編隊3編成によるパトロールを常時継続中だ。
大陸からICBMの発射が探知されれば、本土に配備されているイージスアショアが迎撃する。
宇宙エレベータの建設が現実化するにつれ中国からの圧力が強くなり、外交の甲斐なく中国北方艦隊空母遼寧以下計7隻が東シナ海に展開されていた。
これはロケットを上げれば落とすという明確な意思表示だ。
平和ボケの進んだ日本国民は、まさか中国が戦争を仕掛けて来るとは思えないようだが、既に中国の軍事力は膨大なものになっており、虎視眈々と日本を狙っているのだ。
中国にとって、日本は太平洋の玄関口に聳える邪魔な門扉である。
中国の港から太平洋に出ようとすれば、宗谷、津軽、南西諸島、もしくは台湾南部のバシー海峡を通らなければならず、他国に探知されずに太平洋を遊弋することはできない。
いずれは米国とも対等にやりあうつもりであれば、日本は是が非でも押さえておきたい国なのである。
更に今、常温核融合炉や宇宙エレベータという敵対すれば脅威となる技術が急速に日本国内に育っている。
叩くなら今の内との判断が下されても不思議ではない。
技術を得るのは叩いてからでも遅くはないのだ。
この推察を重く見た政府は、宇宙エレベータ軌道の打ち上げが迫るに連れ騒がしくなっている東シナ海に対して、戦後初の「領域警備」命令を発動させた。
これは「防衛出動」に次ぐ軍事行動であり、他国から攻撃を受ける前に自衛隊を展開することができる。
ロケットの発射予定時刻は我々にも知らされていないが、近いことは確かだ。
「発射準備が進んでいることは衛星から確認されているはずだ。いつ攻撃されてもおかしくない。警戒を厳にしろ!」
来るとしたら中国だろう。
このまま静観しているタマじゃないよな。
宇宙エレベータの建設は中国、韓国、北朝鮮から執拗な反対を受けていた。
理由は様々で、地球環境の破壊から領空、領土、領海問題、漁業への影響、気候への影響、共同開発要請など、兎に角日本だけに宇宙エレベータを使わせたくないのだ。
宇宙エレベータの地球側のアンカーとなる宇宙港の建設も各国からの妨害を受け、遅々として進んでいなかった。
というのは建前で、実は秘密裏に建造は進められていた。
実際の宇宙港は海底に固定するのではなく、自力で航行できる船のような形で日本各地でバラバラに建造が進められているのだ。大昔の戦艦大和のように。
「空自司令部より入電!空母遼寧からの艦載機発艦を探知。機影は10。真っ直ぐ種子島に向かっているとのことです。20分後には到達します」
ついに来たか。空母からということは恐らく配備されたばかりのステルス無人機だろう。空自が迎撃隊としてF-2、F-35を上げて、我々も航空機とミサイルの攻撃に備える。
でもそれだけか?
第二波、もしくはICBMが来る可能性もある。
「那覇基地からF-2がスクランブル、迎撃に向かいます。約10分後に会敵予定」
さて、中国のステルス無人機がどれだけの性能なのか、知りたいのは我々だけではなかろう。
噂では素材のステルス技術、赤外線ステルス技術に加え、プラズマステルス、可視光抑制、赤外線反射技術にまで進化しており、そのレーダー反射断面積は極めて小さく、航空機のレーダーでどこまで補足できるか不明だと言われている。
200km離れたAWACSからは捕捉できたようだが、F-2のレーダーで果たして捕捉できるのだろうか。
AWACSの支援下であれば位置情報はデータリンクされるが、最終の火器管制は自機で行わなければならない。
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