第8話
その2日後、再度SATの護衛を受けて徳永の常温核融合炉が岐阜県神岡のカムランドへ移送された。
カムランドは以前カミオカンデが設置されていた跡地に建設された反電子ニュートリノ検出施設である。
元々陽子の崩壊を検出するために建設されたカミオカンデは、ひょんなことから宇宙から飛来するニュートリノを検出する施設に改良され、その目的を果たすために別の場所に建設されたスーパーカミオカンデ、ハイパーカミオカンデにその役目を譲った。
カムランドでは超純水が溜められたタンク内部に設置された直径18mのステンレスタンクに封入された液体シンチレータの陽子が、反電子ニュートリノと反応することで副次的に発生する2回の発光(チェレンコフ光)を検出することで、原子炉や地球内部で起きていると言われている核反応から発生する反電子ニュートリノのエネルギーを測定する。
「カミオカンデって地下1,000mにあるって聞いてたから、エレベータとかで降りるのかと思ったら、山の麓からトンネルで真っすぐ行くんだね」
徳永がちょっと驚いた風に話してくる。
「そうだ。1,000mっていうのは山の上から実験施設までの深さであって、降りて行くわけではないんだ。あと、施設名はカムランドな」
融合炉から発生しているはずの反電子ニュートリノを確認するために徳永と私はカムランドへやってきた。
「うわ、中、寒!」
カムランドは神岡鉱山の坑道内に設置されていて、夏でも気温は13~14℃に保たれている。
途中からは狭い坑道を天井の低いトロッコに乗って実験施設に向かう。
「これがカムランド?」
「の上部な。検出器はこの下に20m四方の水とシンチレータのタンクの周りに設置された光電子増倍管が担っているんだ」
「たかちゃん詳しいんだね」
「以前QSTとの共同実験を行ったことがあって、ここには何度か来たことがあるんだよ」
検出器の制御室に入ると、ニュートリノ研究を行っているメンバーが出迎えてくれた。
「ここでは主に国内の原発の原子炉から出てくる反電子ニュートリノを観測しています。地球内部の深度の高いところで起こっている核反応でも反電子ニュートリノが発生していて、その観測も担っています。ニュートリノはご存知のようにほとんどの物質と相互作用をしません。地球のような大きな物体であってもほとんどが素通りしてしまうのです」
カムランドの技術者が教えてくれた。
「そういえば、融合炉、ちょっといじくれば発電せずにニュートリノ出せるようにできるけど、どうする?そのまんまだと、あんまり出てこないと思うんだよねー」
徳永が提案してきた。
「そんなことないだろ。ニュートリノは地球も素通りするんだぞ」
「だからぁ。俺っちは素粒子たちと仲がいいって言ってるでしょ!」
「じゃあ、いじくる前と後を観測してみようじゃないか」
「りょーかーい」
ということで、まずはそのまま発電をする形で測定を行うことになり、検出器の真上に融合炉を設置した。ま、無造作に置いただけだが。
「では始めます」
融合炉のスイッチを入れたが、なかなかニュートリノは観測されない。
「全然出てこないな」
「いくらたくさんニュートリノが出ていても、そう簡単にはシンチレータと反応しませんよ」
研究員が当然のように言う。
そのまま1時間以上ニュートリノは観測されなかった。
融合炉は今まで通り発電を行っていたから、徳永の言う通りなら、膨大な数のニュートリノが発生しているはずだが。
「ピコ!」
検出器から信号が届いた。
「反電子ニュートリノ検出!直上からです」
「やっと1つ出て来たな。直上からということは融合炉由来と考えていいということだろう」
「いえ、エネルギーの程度を見ないと宇宙由来か融合炉由来かどうかは確定できません」
と研究員が否定してきた。
「そうなのか」
「でも恐らく融合炉からのものだと思います」
「ちっ」
徳永が舌打ちする。なぜ舌打ちするんだ?
それからもう一時間ほど実験を続けたが、ニュートリノは検出されなかった。
「じゃ次は発電を止めて実験してみよ」
徳永が張り切って言う。
「本当に発電を止めると出現量が変わるのか?」
「やってみれば多分分かるよ」
徳永が融合炉を開けて何やら配線をいじくっている。
「出来たよ」
「では再実験を開始します」
先ほどと同じように融合炉のスイッチを入れる。
「ピコ、ピコピコピコピコ」
「反電子ニュートリノ多数検出!全て直上からです!」
「あり得ない!これだけ検出されるということは、桁外れな量のニュートリノが発生していることになる」
KEKの時と同じにように研究員が興奮している。
「徳永、どういうことだ?」
「発電やめたからでしょ。元々たくさん出てくる反電子ニュートリノを核融合のためにぎゅうぎゅう詰めにした陽子でブロックしてたんだけど、ちょっと穴を開けたんだよ」
「ブロックって、ほとんど何者とも相互作用しないニュートリノをここまで遮断できる訳が...」
「だからぁ、陽子のど真ん中にぶつければ流石にニュートリノも行き場がなくなるんだよ」
「これは...すごい...」
KEKの時と同じように研究員が呆然としている。
我々の核融合炉実験発表の時に思った奇跡の綱渡りとは、誇張でも何でもなく、正に文字通りの奇跡だった訳だ。
「この装置、少しの間貸して頂く訳には?」
研究員の一人が恐る恐る徳永にお伺いを立てている。
「ああ、少ししたら量産するから、一個あげるよ」
「ええ!?量産できるんですか!?」
「うん。ま、それはたかちゃんの仕事だけどね」
「清水坂さん、よろしくお願いします!」
研究員が本気の顔付きで懇願してきた。
「お?おお、いつになるかは分からないが…」
無茶振り来たー!
とは思ったものの、清水坂は本当に自分達が常温核融合炉を作り出せるのであれば、それはそれで科学者冥利に尽きるとも思い始めていた。
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