第6話

 次の日、核融合炉はつくば市にあるKEKに移送されることになった。今あるKEKの実験予定を変更して、常温核融合炉の実験を行うことになったのだ。KEKのメンバーも常温核融合炉に興味津々ということだろう。少し大げさかとも思ったが、警備として警察特殊急襲部隊SATの支援を得ることになった。そして、移送とKEKでの詳細な実験測定準備は他の所員に任せ、私は東京に向かった。


 徳永本人には警視庁警備部警護課、通称SPが警護に当たることになったが、私宛に

「今日、放課後暇だったら会いに来てくんない?」との伝言があったと連絡が来たのだ。

 何を考えているのかは分からないが、これだけの技術、売るとなれば相当な値が付くだろう。

 警察からの情報では、徳永の家は3人家族で、両親は二人とも教職。新聞の報道でもあったように父親は大学教授で原子核物理学を教えているらしい。やはりそういう素養はあった訳だ。母親は小学校の教師らしい。


 徳永は、学校が終わってから自宅で会いたいということで、東京の武蔵村山というところに向かった。

 東京とは言え、西多摩と呼ばれる地域で、至る所に畑があり、研究所のある茨城とさほど違いがないような風景だった。


 徳永の家に着くとSPが4名待機しており、身分証明書を見せて家の中に入れてもらった。

「お、早速来たね。融合炉はどうだった?ちゃんと動いたでしょ?」

 徳永の部屋がある2階に上がりながら会話を続ける。

「確かに発電を行っていて、ガンマ線の漏れから核反応が認められた」

「ああ、ガンマ線やっぱりまだ出てたかぁ。まだ改良の余地があるなぁ」


 徳永の部屋に入って椅子に座る。部屋には所狭しと工具や電線、謎の装置が並んでいた。それ以外は机とその上にノートパソコン、本の類は一冊もない。まさかこんな環境で常温核融合炉を作ったのだろうか。色々苦労話を聞きたい衝動にかられたが、まずは徳永の話を聞くことにした。


「それで、何か話があるんだろう?」

「ああ、そうそう、融合炉の真偽が分かったところで、あれを日本国内に普及させるのを手伝ってほしいんだよね」

「普及?製造、販売に協力して欲しいということか?」

「まぁ、販売って言っても儲けるつもりはなくてさ。日本中に原価でいいからばらまきたいんだ」

「どういうつもりだ?」

「とりあえず、日本という国に強くなってもらいたい訳」


 確かに、ただ同然の電力が日本中に行き渡れば、人々ができることは格段に広がるだろう。エネルギーコストは実質不要になり、電力にまつわる動力や熱が無限に使えるとなれば、工業、農業、運輸、情報管理などあらゆるものの生産、処理が飛躍的に伸びることになる。


 今まで発電に使われていた原油の輸入量は激減し、加工品製造コストが劇的に下がり、輸出量も激増すれば、当然貿易黒字が跳ね上がる。となれば、GDPも上がり、国内設備、交通、通信インフラ、防衛設備など、国内のすべての環境がレベルアップし、国力が上がることになる。


「確かに日本の中だけで常温核融合炉を使うことができるなら、日本の国力は一気に上がることになるだろう」

「うん。そうなったら、日本にまたやってもらいたいことがあるんだ」


 こいつ、一体何を企んでいるんだ。

「それで、私は何をすればいいのかな」

「当面、俺っちの右腕になって、色々やってくんないかな」

「は?何を言ってるんだ?」

「俺っち色々考えたり作ったりするのは得意なんだけど、めんどくさいことは苦手でさ。清水坂真面目そうだからそういうの得意でしょ?」

「私はそんなに暇じゃない」

「えー?俺っちの常温核融合炉動くの確認したんでしょ?そしたら清水坂の仕事なんか終わりじゃん」


 いらっ!

 たたた確かに我々の核融合炉はお前のせいで一気に時代遅れになってしまったが...

「他にも色々な研究をしているんだよ!」

「えー?例えば?」

「核融合炉の増倍率改善や燃料となるトリチウムの生成効率の改善とか...」

「だからそういうのはもう必要ないでしょって言ってんの」


 むう。確かに我々の核融合炉に未来がなくなった以上、その先の研究は必要ない。8年間この研究一筋に時間を費やしてしまったために、その他のことが何も分からない。

 くそ!こんな子どもに従うしかないのか。


「分かった。日本のため、人類のためになるのであれば協力しよう」

「お!話が早いね。俺っちが予想していた1/10以下の時間で答えを出したのは評価に値するよ」

「何?」

「いや、結論が「協力する」になることは分かってたけど、余計な思考の迷路に入ることなくすぐに結論にたどり着くとはね。評価を改めなきゃ。これならうまく行きそうだ」

 こいつ、本当に高校生なのか?


「そう言えば、一昨日の記者会見会場、どうやって入り込んだんだ」

「おろ。やっぱ、気づいた?」

「登録者のリストになかったからな。ハエにでも化けて入ってきたのかと思ったぞ」

「何でハエ?」

「監視カメラの映像にハエくらいの大きさの黒い物体が会場に入っていくのが確認されたんだ」

「あちゃー。ばれちゃったか、さすがだね」

「! やはりあれはお前だったのか」

「うん。正確にはカメラ部分ね」

「カメラ部分?どういうことだ」

「あれはねぇ。俺っちが作った2020光学迷彩。攻殻自衛隊ってマンガ知ってる?俺っちが生まれる前のマンガなんだけどさ。あれに出てくる光学迷彩、見てみたいなーと思って試しに作ってみたんだ」


 光学迷彩?私も攻殻自衛隊というマンガは好きで光学迷彩がどんなものかは知っているが。

 光学迷彩とは、所謂魔法の透明マントのように、自分の姿が人の目に見えなくなるというものだ。ただ、どういう原理で見えなくなるのかはよく分からない。マント上に背景となる映像を表示させてあたかも透明になったように見せるのか。ただ、それだと見る角度によって背景となる映像が変わるから、すべての角度から見た映像を向き毎に変えて表示しなければならないから、無限に映像を生成、表示しなければならなくなり原理的には不可能だ。


「思考迷路に入っちゃった?どういうしくみか知りたい?」

 んー、ものすごく知りたいが、悔しい...

「特別に教えてあげる。これが光学迷彩装置だよ」

 徳永は机の引き出しからタッパーウェアのようなプラスチックの容器を取り出した。

「これは、窒素分子内の素粒子に働きかけて、電磁波を屈折させることができる装置なの。ある一定の空間に入射する電磁波、まあここでは可視光なんだけど、それをその空間に沿って回り込ませることで、空間内に光を入れなくする。入射角に対してそのまま透過するように回り込ませるのはなかなか難しかったけど、ま、ほとんど見えなかったでしょ」


 おいおい、またノーベル賞級技術のオンパレードか?

 徳永は眼鏡のようなものを手にしながら、

「それで、その空間内には一切光が入らなくなっちゃうから、カメラだけその空間から出して、このVRゴーグルで外の映像を見なくちゃならない訳」

「一体どこでそんな技術を仕入れたんだ?」

「ん?自分たちで考えたんだよ。まぁ昔から素粒子とは仲がいいしね」


 またか。

「まあいい。それでお前の核融合炉をどうやって量産、普及させるつもりだ?」

「全体的には製造はそんなに難しくない。ただ、核融合させる部分の部品だけは量産はできないね」

「そんなに複雑な部品なのか?」

「まあ、複雑という訳ではないんだけど、陽子の電荷を一時的になくす効果の微調整が、今ある機械や普通の人には無理だと思うんだ」

 陽子の電荷を一時的になくす?

「それも素粒子に働きかけるのか?」

「うん。ちょっとの間だけ素粒子のスピンを反転させるんだ」


 むー、なぜそんなことができるんだ...

「普及については、まずは大きな電力が必要なプラントや工場、発電所に大型の融合炉を配っちゃう。その後はクルマや船、飛行機に積んでもらう。これで、企業収益や貿易黒字が上がるはずだから、その後は家庭レベルに小型の融合炉を配っちゃう。そこまで行けば、日本経済は相当楽になっていると思うよ」

「簡単に言うが、あの融合炉に危険性はないのか?」

「常温核融合だから温度も圧力も上がらないし、故障したら止まる側で暴走したりしないから大丈夫だと思うよ。ま、その辺の安全装置とか認可はうまくやってよ」


 認可取得や試験は色々大変そうだが、この技術が世に出ることは日本、いや世界にとって絶対に必要なはずだ。

「分かった。すぐに追加試験と認可取得に動こう」

「ただね。ちょっとだけ問題があるんだ。この発電は二酸化炭素などの排出ガスは出ないんだけど、熱だけは少し出ちゃうんだよね。発電自体からも電気を使う場合も。だから、単純に使い過ぎると地球温暖化が一気に進んじゃう訳」

 確かに、生まれた電力は最終的にはすべて熱に変わるはずだ。コストが掛からない電力なら一気に使用量が増えてもおかしくない。いや、むしろ数倍に膨れ上がる可能性の方が高い。

「何か防ぐ手段はないのか?」

「一応考えてるけど、作るのに時間が掛かりそうなんだよね」

「何を作るんだ?」

「宇宙煙突」

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