第2話
翌日、那珂核融合研究所内で行われた記者会見には、世紀の発表を全世界に流すために国内外のプレスからテレビ局、原子核融合権威の面々が150名ほど集まり、所内で一番広い会議室を一杯にしていた。
私は実験内容の説明と質疑応答を任され、目の前のマイクの束を見ながら今か今かと開始時刻を待っていたが、なぜか目の前の席に高校生くらいの少年が座っていた。
なぜこんな子どもが記者会見会場の先頭ど真ん中の席に座っているのだ…?
どう見ても記者や研究者の類ではなく、大きめのリュックサックを傍らに置いて、ハイキングにでも来たみたいだ。
この部屋に来るには厳重なセキュリティをいくつも通らなくてはならないはずだが...
どこかの教授の息子というところだろうか。
それにしてもラフな格好だな。白い半袖のTシャツに穿き込んだジーンズ。どちらもかなり年季が入っている感じだ。おまけにビーサン履いてて、髪の毛はボサボサ。ロンゲじゃないのに、よくここまでボサボサになるな。
あ!この格好、昔のマンガで見たことあるぞ。何だっけ...そうだ、デズノートのLだ!こいつコスプレイヤーなのか?
「時間になりましたので、始めさせていただきます。本日は、昨日行われた実用核融合炉「JT-100」の試験運転の結果について、実験の指揮を執った清水坂の方からご説明させていただきます」
司会から紹介され、とりあえずLのことは置いておいて、実験の内容と経過の説明を始めると、会場が興奮の熱気に包まれるのを感じた。得も言われぬ高揚感。神にでもなったような気分だ。
実験は成功し、同型の核融合炉を世界中に設置することにより、全世界のエネルギー問題は全て解決すると発表した時には、スタンディングオベーションが起き、来場者の拍手喝采に包まれた。
「それでは、質疑応答に進ませていただきます。質問をされる方は所属と氏名を述べてから発言をお願い致します」
その瞬間、目の前の少年が立ち上がりながら手を鋭く挙げた。
「質問!いい?!」
「…所属とお名前をよろしいですか?」
司会が丁寧に促すが、少年は、
「所属?うーん、特にないない。名前は徳永秀康。徳川家康じゃあないよ」
何なんだこの子は…
「質問いいよね?えっとー、これ一つ作るのにいくら掛かるの?」
「…」
会場が静まり返る。
「おろ。俺っち何か変なこと言った?」
「いや、あまりにも普通の質問だったものでね。まあ、核融合炉本体、制御装置、各種電源、炉心温度を上げるための高周波ヒーター、燃料を入射する中性ビーム入射装置、発電設備、これらを格納する建屋、事故対策のための消防設備などコミコミで3,000億円程度かな。これでもITER(国際熱核融合実験炉)の半分程度に抑えてるんだよ」
「えーっ!!そんなに掛かるの?ありえへん」
「何を言っているんだ!融合炉やNBIなど、量産化も踏まえて設計を進めてきたんだ。すぐに建設費は8割位まで下げられる」
「2,400億ってこと?全然高いっちゅーの!それじゃ電力コストは今と変わらないじゃないか!国民はゆるさないぞー!」
「何を言ってるんだ。これで全世界のエネルギー枯渇問題が解決するんだ。安いもんだろう!」
「全然安くありませんー。じゃー、俺っちがいいもの見せてあげるよ。ジャジャーン!」
少年は大きなリュックサックの中から、直方体の箱を重そうに取り出す。
「何だそれは?」
「これはねー、常温核融合炉。結構小さいでしょ」
「は?」
常温核融合?そんなものがいつ実用化されたんだ。
常温核融合は1980年代に一躍脚光を浴びたものの、全世界で多くの科学者が追試した結果「過剰熱を実証できない」とされ、似非科学のレッテルを貼られ葬り去られていた話のはずだ。まあ細々と研究を続けているグループはあるようだが、ほぼ成果を出せていない。確か実験内容を発表したポンズとフライシュマンという科学者たちはほら吹き呼ばわりされて、その科学者人生に幕を下ろすことになったはずだ。
「この大きさでも、普通の家で使う電力くらいは出せるよ。一ヶ月に一度水を補給すればいいだけだしね」
「水だと?!どうやったら水で核融合が起きるんだ!」
核融合は軽い原子核同士でなければなかなか起こすことができない。なぜなら、原子核が重くなればなるほどプラスの電荷を持つ陽子が多くなることで電気斥力が増し、核融合に必要な運動エネルギーが増していくからだ。
確かに水は水素と酸素からなる比較的軽い分子ではあるが…
「あらやだ。解かんないの?」
少年は手振りで水の分子の形を描きながら、
「水は水素と酸素から出来てるでしょ?で、電気分解すると水素と酸素に分かれる訳。そんくらい知ってるよね?!そしたら酸素は捨てちゃって、水素をリアクターに充填しまーす。そしたら、水素をイオン化して陽子だけを取り出してー、それを水素原子核にぶつけると。あら不思議、常温核融合の出来上がりーって訳」
何を言っているんだこいつは…確かにその反応はpep反応と言って、核融合反応の一種だが、とんでもない発生確率の低さで平均反応時間は宇宙の年齢を超えるはずだ。
「そんな反応が起きるわけがないだろう。冗談もほどほどにしてくれ」
「おまけにー、出てきたエネルギーは直接電気になっちゃうよ。俺っちは素粒子と呼ばれるコ達と仲がいいから、どうすればこいつらがくっつくか分かるんだヨ」
待て待て、出てきたエネルギーって、その反応では重水素原子核と反電子ニュートリノが生成され、エネルギーのほとんどは反電子ニュートリノが持ち去ってしまうはず。反電子ニュートリノはどんな物質もほとんど通り抜け、何とも相互反応しないはずだ。そんなものからエネルギーが取り出せる訳がない。
「嘘を付くな!その反応からエネルギーを取り出せる訳がない!」
「えー?言ったでしょ、俺っちは素粒子と仲がいいの。出てきた反電子ニュートリノを陽子にぶつけちゃうのですー」
何ぃ!?何だその反応は。そうすると、何が起こる?
「細かいことは省略するけど、ガンマ線が出るんで、それを太陽電池みたいなもので電力にしちゃうのだす!」
「そんな適当なことが信じられるか!」
こんな小さな箱が、そんな奇跡の連続の綱渡りを実現できる訳がない!
「それ、一旦預けるからホントかどうかじっくり調べてみてよ。で、ホントだったらちょっと協力して欲しいことがあるんだよね」
「どういうことだ?」
「今はまだいいや。とにかく調べてみて!」
もし本当に水だけで常温核融合が実現していて発電ができるとしたら、ノーベル賞10個でも足りないどころか、我々の核融合炉は時代遅れの過去の遺物となり下がり、正に地球のエネルギー問題は完全に解決するだろう。
「お前、名前をもう一度聞かせてくれ」
「徳永秀康... 秀吉でもないよ」
徳永は立ち去り、常温核融合炉(と思しきもの)が残された。
プレスの半分くらいが徳永を追いかけ、半分くらいは常温核融合炉(と思しきもの)を取り巻いていた。
本当なら注目は我々に向けられ、地球人類全員から祝福を受ける程の記者会見になるはずだったのに。
関係者全員が無力感に包まれていた。
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