~34~ 優月の環境
ホテルに帰ったエクトルに、フランクが掛けた最初の言葉は「追加のご報告があります」というものだった。
「何かあったのか?」
革張りのソファーに腰を下ろしながら、エクトルが先を促す。
「崎山優月さんに関するものです」
悪い報告かとも思ったが、フランクの表情や口調からそれはなさそうだ。
「養子縁組の引き取りが来週になりました」
「来週? 来月の初旬だったのにか?」
急に早まった引き取り時期にエクトルは眉根を寄せた。
「学校関係の都合のようですね。崎山さんは聾学校への編入が決まっていますが、フランスとは違い日本は4月から新学年がスタートします。つまりもう始まっているのですが、翌月には大々的な学校行事があるそうで、それまでに学校生活に慣れ、友人を作って欲しいという養父母の心配りから来週に縮まったようです。諸手続きがスムーズに完了したというのも一つの理由ですね」
なるほどと納得するようにエクトルが肯く。
聾学校という環境なので周囲に慣れるのは早いかもしれないが、友人作りとなると健常者であっても難しい時がある。ましてや優月の境遇と生来の性格を考えると、人間関係を築くことに苦手意識がありそうだ。
いや。そこはハルにも言えることかもしれないが……。
「ハルは知っているのか?」
「知っている素振りがありましたか?」
即座に聞き返され、今日の羽琉の様子を思い浮かべたエクトルは、「多分、知らないな」と溜息混じりに言った。
「近いうちに本人か施設の誰かに聞くことになるとは思いますが、急な話に動揺されることは間違いないでしょう」
フランクが何を言いたいのか察しているエクトルは少し苦い表情になる。
「動揺するだろうね。でもだからと言って性急に進めて良い話じゃない。ハルの意思が最優先だ」
どこまでも羽琉を想っているエクトルの言葉にフランクは小さく笑った。
「長期戦覚悟で頑張って下さい」
そう言うフランクはどこか楽し気でもある。いつも完璧で隙のないエクトルだからこそ、思い通りにいかないことに苦戦している今のエクトルの様が楽しいらしい。
「そんなに面白いか?」
「えぇ。とても」
正直なフランクに呆れた溜息を吐きつつも、エクトルもそんなに悪い気はしなかった。
エクトル自身もこんな自分が嫌いではないからかもしれない。羽琉のことを想っている時の幸福感が何より勝っているからだろう。
この幸せを手放したくない。
フランクの言う通り、手探り状態でエクトルは頑張るしかなかった。
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