地下都市~地中の足音~

じゃがたま

安定社会の飛多都市 足跡を第一歩へ

 祖父は、寝る前に決まって"地上伝説"という昔話をしてくれた。「数十年前まで人々は"地上"で暮らしていた」「"空"はずっと上まで続いていて、暗くなると無数の光が辺り一面に広がった」「人々が作り出した機械生命体の"ロボット"は私達の生活を支援してくれた」と、楽しそうに話している姿は嘘をついているように見えなかった。


 十六歳になった春川雀は"地上伝説"の真実を追い続けている。毎日図書館に通っては、地上に関係する証拠を探していた。もちろん無いことも分かっている。祖父が言っていた。

「地下都市の警備をしている柱型都市監視組織は地上の痕跡をすべて隠蔽した。柱監の知らない証拠があるとすれば……第四十三ゴミ廃棄場だけだ」

 第四十三ゴミ廃棄場、そこは雀と祖父だけが知っている秘密の場所だ。

 一度だけ祖父と行ったことがある。巨大な鉄の部品や残骸がたくさん積み重なっていた。

 祖父が生きていれば、そのゴミ廃棄場へ行けたかもしれない。一人で入るにはとても勇気がいる場所だ。

 しかし、祖父は三年前に老衰で亡くなった。


 雀は祖父の部屋に入った。祖父の使っていた作業机の隣にある本棚の裏にはゴミ廃棄場へ通じる扉がある。

 ふと異変に気がついた。本棚の横の壁の一部が外れかかっている。

 その部分は他の壁の色と少し違う。それに手を触れると簡単に外れた。 中には手紙と本が入っている。

 手紙を開くと、祖父の字でただ一文だけ書かれている。「地上に帰りたい」と。所々文字が滲んでいた。

 雀の前で祖父が地上に戻りたいと言ったことはなかった。その手紙は雀にとって"地上伝説"を真実と結びつける一つの証拠となった。

 祖父がこんなにも帰りたいと思っていた地上はどんな世界なのか知りたい。

 手紙の奥に置いてあった本の表紙には、「ゴミ処理場に行くにあたっての注意」と書かれていた。本を腕に抱え、祖父の手紙をポケットに入れる。

 "地上伝説"に否定的な両親は今家にいない。すぐにゴミ処理場に行く準備をした。本棚を動かすと現れた古びた扉を前に、深呼吸をしてノブに手をかける。

 扉を開けると小さな鉄の箱のような空間が現れた。 手紙と一緒に入っていた本は、全て祖父の優しい字で書かれている。

 丸のなかに1と書かれた付箋のページを開く。

 ———————————————————

【エレベーター】(Elevator)

 ・人や荷物を載せて垂直または斜め・水平に移動させる装置である。


 ※ゴミ廃棄場は▽を押して「>l<」を押す。

 ※帰る時は△を押して「>l<」を押す。

 ———————————————————

 右下には米印で小さなメモが書かれていた。メモの通りにボタンを押す。

 扉が自動で閉まり、重いものがスライドする音が聞こえる。 本棚が自動で動いているようだ。ガコンと音が聞こえて、箱全体が下の方へと動いていった。

 立っている足が徐々に痛くなり、壁に寄りかかったとき、ポーンという音が鳴ると、扉が左右に自動で開いた。

 息が詰まるほどに緊張しながら、冷んやりとしている空間にゆっくりと足を踏み入れる。

エレベーター内の光が数メートル先をうっすら照らしているだけで、その先は深い暗闇が広がっている。

 リュックから取り出した懐中電灯をつけると、巨大な鉄のゴミや小さな部品や破片が辺り一面に散乱していた。

コンクリートの壁の向こうから、ゴォーという遠い音が聞こえてくる。 地下都市の最上階にある巨大な空調の音だ。

 子供の頃の夢だと思っていた場所が目の前に広がっていた。ここなら証拠が見つかるかもしれない。

 しかし、落ちているのはただの鉄の球体や、胴体の部分がないアームのようなものだけだった。

 機械やロボットといった直接的な証拠に結びつくものは見つからなさそうだと思った。

 しかし、ゴミ廃棄場の奥に青色に点滅する奇妙なものを見つけた。

 懐中電灯と青色の光を頼りに、鉄の残骸を乗り越えて近くまで行くと、それをはっきりと確認できた。

 片腕は武器のようなもので武装しており、 腕に付いているメーターが青色に点滅している。

 それはロボットだった。片腕以外は綺麗な女性のような見た目をしている。艶のある髪や暖かみを感じる肌は、まるで人間のように感じた。

 自分の心臓の鼓動が激しくなっているのを感じる。

 彼女に関係する資料が祖父の部屋にないだろうか。懐中電灯をベルトに挟み、暗闇の中彼女をなんとか担ぐとエレベーターに向かった。

 エレベーターの中で彼女を降ろすと本を取り出す。目次からロボットのページを開いた。

 ———————————————————

【ロボット】(Robot)

 ・機械として組み立てられ、人間に似た種々の動作機能を発揮するもの。


 ※ロボットの持ち出しは可能。

 ※柱型都市監視組織(通称:柱監)に見つからないこと。

 ———————————————————

 祖父が「柱監はロボットを破壊するだけではなく、それに関わった人間も殺した」と、言っていたことを思い出した。

 動く様子のない彼女を見ながら、エレベーターの一階のスイッチを押す。

 祖父の部屋に着いて本棚で扉を隠すと、彼女を担いで自分の部屋のベッドに運び込む。

 気分を落ち着かせるためにリビングに行き、ブルーベリージュースを飲みながら考える。彼女はいつからあの場所にいたのだろう。

 自分の部屋の前に来ると、部屋の中からベッドの軋む音が微かに聞こえた。

 まさかと思い、緊張しながら勢いをつけて扉を開く。

 ベットの上に彼女は座っていた。扉の音にスッとこちらを向く。

 外から差し込んだ淡い光に照らされている彼女は美しく、どこか寂しそうだった。

「こんにちは」

 彼女は少し微笑みながら言った。一度だけ祖父にロボットの絵を描いてもらった事があるが、祖父の書くロボットはいつも表面がつるつるした人間からかけ離れたものだった。

「こ……こんにちは」

 彼女と目が合い、息がつまりそうになる。部屋に入って自分の作業机の椅子を向かい合わせて座った。

「私はUZ-1。ある博士によって人間の護衛のために造られました。人に危害を加えることは出来ません」

「ユズ……珍しい響きだね。……あなた、本当にロボットなの?」

 ユズと名乗った彼女は「はい」と小さく頷いた。

「一つだけ質問をしてもよろしいですか」

「うん、いいよ」

「……ここはどこでしょうか」

「ここは、柱型都市。四十七つの柱型居住地があって、人々が生活をしている場所」

 ユズは「そうですか」と床に目を落とした。突然、何かに気付いた様子で雀を見る。

「柱型都市監視組織が私を発見した可能性があります。予測では十五分後にここへ到着します」

「柱監……嫌な予感がする」


 ◇


【同時刻 飛多都市 柱型都市監視組織 電波観測塔】


「失礼します」

 扉をノックすると、中から「入れ」と声がかかった。背の低い体をくたびれたシャツで包んだ男は、部屋に入ると椅子に座っている男に書類を手渡した。

「二分前、オ-184号室から微量の通信電波が観測されました。ロボットによる電波の可能性があります」

 書類を受け取った男がそれに目を通し「分かった」と言うと、背の低い男は足早に部屋を出ていった。

 椅子の男はすぐに電話をかけた。

「オ-184号室に向かえ。ロボットと関わった人間を始末しろ。以上だ」

 音をたてて電話を切ると男は窓の外を睨み付けた。


 ◇


「何分後に柱監がここに着くか分かる?」

 リュックに着替えや祖父の本を詰め込み、ユズに問いかけた。

「都市内の監視カメラをジャックして到着距離を計測します。……どこに向かうのですか?」

 ユズは小さく首をかしげた。

「もうここには戻ってこないかも。他の都市を転々とするつもり。いつ着くの?」

「ここに到着する時間は十分後です。確率は92%です。……家族は心配しないのですか?」

 ユズは雀の顔をじっと見つめた。

「両親は私を失敗作だとしか思ってないから。私の気持ちなんか少しも理解してくれないよ。……私はユズと一緒に色々な都市を回って"地上伝説"の真実を知りたい」

「それは良い選択ですが……逃げ道がありません。上層と下層から抹殺部隊がここに向かっています」

「なら、隠れられるところはない?」

 ユズは少し考える仕草をすると、思いついたように言った。

「ゴミ廃棄場への隠し扉は99.8%の確率で見つかります。……非常に危険性が高いですが、一ヵ所だけ発見率0.98%の場所があります」

「……どこ?」

「この住居の外壁です」

 ユズは窓際に移動すると、機械の腕を一瞬で吸引器のような形に変化させた。彼女は部屋から身を乗り出すと、住居の外壁にそれを張り付かせた。

「私に捕まってください。 あと五分もしないうちに抹殺部隊が来ます」

「待って待って、え? その人たちが来てる間、外壁にへばりつくってこと?」

「これ以外に方法がありません。あと三秒」

 微かに音が聞こえる。複数人のドカドカという重い足音。その音は玄関の前でピタッと止んだ。

「……信じるよ」

 雀は扉を突き破る音と同時に、目を閉じてユズの首に腕を回した。

 体が中に浮き、冷たい風が頬を触る。おそるおそる目をあけると、複雑に建物が重なりあっている地下都市の風景が目の前いっぱいに広がっていた。建物の間を風が流れる音が聞こえる。

「見つけ出せ」

 その瞬間、男の声と共に家捜しをする荒々しい音が聞こえた。微かに話し声が聞こえると、エレベーターの自動扉が閉まる音と同時に、棚が横にスライドする音が聞こえた。

「彼らはエレベーターに乗りました。隙ができます」

「逃げよう!」

 窓から室内に飛び込むと、片手に細長い武器を持っている柱監の兵士の男が正面に立っていた。その男は今まで見てきた柱監と比べ、穏やかで理性的に感じた。ユズは片腕を体の後ろに隠す。

「……見逃してください」

 雀がとっさに言うと、男はため息をついた。

「早く行きなさい」

 柱監の男は呆れたようにそう言うと、近くの椅子に座った。

「……ロボットと一緒にいたというだけで子供を殺すのは、私の信念に反する」


 長い鉄階段を登り、騒々しい繁華街を真っ直ぐ抜けて、その先にある第四ユエダ電気ビルの三階からペデストリアンデッキを進むと、飛多大阪間往復線懸垂式軌道の駅のホームに到着する。

 駅のホームに向かう道中に柱監を何度か見かけたが、こちらに気付かずに私の住んでいた家に向かっていった。

 リュックからジャケットをひっぱり出してユズに手渡す。

「そのジャケットを羽織って腕を隠して。今からモノレールに乗るけど、ユズはロボットってばれないようにしてね」

「分かりました」

 ユズは耳に髪をかきあげる動作をしてみせた。……問題は片腕なのだが。


 乗車券を二人分購入し、駅の改札口に差し掛かると、駅員に呼び止められた。

「すみません。身分証を提示してください」

「身分証……」

 駅の改札を通るには身分証明書が必要だということをすっかり忘れていた。ユズは身分証明書を持っていない。

 一般人が身分証明書を持っていないのは、存在していないことと同じ扱いになる。雀がおどおどしていると、ユズはすぐに駅員に話しかけた。

「すみません。身分証明書の見た目はどんなデザインだったでしょうか……見本を見せていただけませんか?」

 駅員は「分かりました」と言い、駅員室から見本の身分証明書を持ってくると、それをユズに手渡した。

 ユズは身分証明書を数秒間見つめて駅員にそれを返す。駅員が見本の身分証明書を服にしまった。

「……すみません。こちらですね」

 ユズがあるはずの無い一人分の身分証明書を駅員に提示した。

 そして、改札を抜けて三番線の大阪都市行きモノレールに向かう。

「さっき、まさか……あの数秒間で身分証明書を作ったの?」

「はい。特殊な加工さえなければ、作れます」

「すごい……」

 モノレールに乗車すると、それがゆっくりと動き出す。雀は窓から少しずつ遠ざかっていく飛多都市をじっと眺めていた。

 地下都市全体が一本の柱のように見えるまで遠ざかると、周りには静寂と暗黒の世界が広がっていた。

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