お姉さんぶる彼女とバレンタインデー
久野真一
第1話 お姉さんぶる彼女
「今日は、とっても寒いわねー」
のほほんとした声色で、
「ちっとも寒そうに聞こえないんだけど」
少し欠伸をしながら、答える。この人はいつもぽわぽわとした声色だから、本気か冗談かよくわからない。
「そんな事ないわよー。あ、でも、むーちゃんと手を繋いでるから暖かいかも」
紗絵さんにそんな事を言われて、顔がかあっと熱くなるのを感じる。
「……」
「あらあら。赤くなっちゃって。もう、可愛いんだからー」
なんて言って、抱きしめて頬ずりをされる。
「もう、子ども扱いはやめてくれよ。高校生にもなってさ」
少しムスっとして言い返す。
「私にとっては、むーちゃんはむーちゃんだもの」
そして、聞く耳を持たない紗絵さん。
「ところで、寝不足?さっき欠伸してたけど」
「ちょっと、夜ふかししてゲームしてただけ」
「夜ふかしは健康に悪いのよ?」
メっとするように言われる。
「わかってる」
ここ最近の日常は、こんな感じだ。
今日はバレンタインデー。そして、今は最近彼女となった紗絵さんと手をつないで歩いている。実は、バレンタインデーだけじゃないのだけど、きっと紗絵さんは忘れてるだろうな。
俺は、
そして、今手をつないでいる紗絵さんこと、
彼女から告白されたのは、去年の暮れのこと。
「むーちゃんのこと、ずっと好きでした。恋人として付き合ってください」
そんなストレートな言葉に、俺の心は瞬く間に射抜かれてしまった。
両親が仕事で、昔から鍵っ子だった俺は、彼女に幼い頃から面倒を見てもらって、ずっと彼女に憧れていた。というわけで、俺は一も二もなく了承。そうして、紗絵さんと恋人になったのだけど、2つ、モヤモヤする事がある。
1つは、彼女がやたらお姉さん風を吹かせること。付き合っても、子どもの頃面倒を見てくれていた頃からの、「むーちゃん」という呼び方を止めようとしない。
「むーちゃんって子どもっぽいから止めてくれよ」
と言ったことがあるのだが、
「私にとって、昔からむーちゃんはむーちゃんだもの」
と梨の礫だった。
それだけじゃなく、何かにつけて俺の世話を焼こうとする。俺の部屋を当然のように掃除して、エッチな本を見つけられたこともある。そういう時に、妬いてくれればまだしも、
「男の子だもの。仕方ないわね」
なんて、平然と言われてしまう。理解があると言えばもっともらしいけど、子ども扱いしてるようにしか見えない。
もう1つは、俺の背が低いこと。というより、彼女の背が高くて、俺の背が低いことだ。恋人同士になった後でも身長が変わるわけもなく、並んで歩く時、いつも、俺は彼女を見上げていた。
それだけならいいのだが、街中を手をつないでデートしていると、たびたび姉弟に間違われることがある。
「姉弟仲が良くて、羨ましいですね」
なんて、店の人に悪意なく言われたときは、恥ずかしくていたたまれなかった。
「姉弟じゃなくて、付き合ってるんです」
って言ったら、店の人はとっても気まずそうだった。
「そういえば、今日はバレンタインデーだよな」
手をつなぎながら、話を切り出す。
「どこかデートに行く?あ、もちろん、チョコは準備してあるからね」
付け足したのは、俺がチョコの事を気にしていると思ったんだろうか。それにしても、やっぱり忘れてるらしい。この人らしいけど。
「そんな気を回さなくて大丈夫だから。紗絵さん、受験勉強で大変だろ」
紗絵さんは、年が明けて受験が近づいてからも相変わらずだったが、本当なら受験勉強で手一杯のはずだ。よく見ると、目の下に少しクマがあるようにも見える。
「むーちゃんはそんな事心配しなくていいの。お姉さんに任せておきなさい」
「お姉さん」の部分を紗絵さんはやたら強調する。そういうお姉さん風を吹かせようとするところが、少しもどかしい。
「それで、デートなんだけどさ。寒いし、俺の部屋でゆっくりしない?」
考えていた事を切り出す。
「むーちゃんと家でゆっくり……。エッチな事されちゃうのかしら」
「きゃ」なんてわざとらしく言いながら、からかってくる。
「そんなんじゃないって。ただ、ゆっくりしようってそれだけ」
紗絵さんとエッチな事をするのを一瞬想像してしまい、慌てて振り払う。いけないいけない。ちなみに、俺はまだ童貞で、紗絵さんとエッチな事をした経験もない。
「もう、無理しちゃって。お姉さんはいつでもいいからね♪」
相変わらずお姉さん風を吹かせてくる紗絵さんだけど、今日こそはその立ち位置から脱却するつもりだった。
そのための策もある。
「放課後、楽しみにしてて」
決意を秘めて俺はそう言う。
「うん。楽しみにしてるね♪」
能天気に答える紗絵さん。
もっと彼女に頼ってほしい。そんな想いを秘めて、俺たちは登校したのだった。
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