護衛は怨嗟の夢を見た

佐々木 笹史

第1話「口裂け女の夢を見た」

皆は、都市伝説を知っているだろうか。この世界には様々な神秘が大衆の話題となり、そして落とした泥の様にゆっくりと広がってゆく。

しかし実際の神秘なんてものは残酷で、滑稽で、まさしくヘドロのような物である。今から話すのは、そのヘドロの最奥に居る一匹と、その一匹の元へ進み続ける男の物語だ。


『7/23 10:13』

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ここ、何の変哲のない街の何の変哲のないビル、そんな皆の近くに意外に神秘というものはあるものだ。


ビルの二階の廊下を進んで突き当り、そこには「佐々木情報事務所」という真新しい看板がドアに立て掛けられている。そしてそのドアの向こうから気だるげな欠伸の声が聞こえる。


その欠伸の主はこの佐々木情報事務所の主でもある、佐々木 笹仁である。白髪にボサボサのハーフアップの髪型、ビジネススーツを着ていてデスクの近くにはパンダのマスク、そして彼は本をアイマスク代わりにし、今まさに寝ようという状態であった。


そんな時、ドアがノックの音を鳴らし、ドアノブが下がった。佐々木はそのノックの音を聞きつけ、急いで自分の体勢を「真面目な姿勢」に変えようとする。しかし努力虚しくすぐにドアが開き男が事務所の中へ入ってくる。


その男は身長2メートルはある大男で、まさに「屈強な男」を体現したかのような風貌だ。佐々木は自分の中途半端な姿勢を咳払いでごまかし。


「佐々木情報事務所へようこそ、怪異の情報ですか?それとも魔術師?」


そう言った、通常の人間ならばここで困惑し、すぐに立ち去るであろう言葉を投げかける。しかしこの大男はその異常な言葉に答えを持っている様だ。


「怪異だ、持ってきた資料の存在を詳しく調べてもらいたい」


「わかりました、資料を」


大男は数枚のコピー用紙を机の上に置き、その「極秘」と赤字に書かれた資料を指差す。その指の先には先程言っていた「怪異」の概要が書いている。

佐々木は概要を見ながら呟く。


「”口裂け女”...少し待ってて下さい」


佐々木は立ち上がり、壁沿いにある本棚から一冊の本を取り出す、そしてその本を開きながら話を続ける


「通称名”口裂け女” 1979年に都市伝説として社会問題にまで発展した事象ですね、しかし”口裂け女は居なくなったはずでは?”」


「何故か今になって再度出現したらしい、しかもかなり凶暴になっていて下手に動くと更に暴れさせる危険性がある」


「なるほど、今回お渡しするべき情報は”対処法”ですか」


傍から見ればこれは異常な会話である、しかし最も異常な状況というのはこの状況をあたかも”普通”であるかの様に振る舞っているこの2人だ。大男は机にある資料をそのままに、事務所の出口へと進む。


「また3日後に資料は取りに来る、それまでに情報を渡せば取引成立だ」


「わかりました、では3日後に」


佐々木が答えると、大男は事務所を後にした。直後佐々木は気だるそうな伸びをし、自分の頬を両手で叩き気合を入れ込んだ。


「では仕事開始だ、”行くぞ”」


佐々木は、誰も居ない事務所にそう言った。


『7/24 15:24』

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昼終わり、蒸し暑さが少し和らいだ時間。

佐々木情報事務所ではキーボードの打鍵音が孤独に鳴り続けている。


打鍵音の元の側には山積みになったいちごオレの紙パック、ゴミ箱からもそれが溢れ出ている。佐々木はこの部屋の状態に不満があるようだ、そして独り言の様に佐々木は呟く


「ったく...片付けてくれよ...」


そう愚痴を零しながら佐々木はキーボードを叩き続ける、しかし苛立ちを我慢できなくなったのか、ガタンと机を叩き。


「あーもう!!こんな場所じゃ集中して調べ物もできん!図書館に行くぞ!」


佐々木はズカズカと事務所の出口へと向かい、勢いよく扉を開け、事務所から図書館への道を歩いた。


『7/24 17:10』

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ここ街にある市立図書館には、様々な郷土資料や人類学、伝承などの本が揃っており、ここ付近でかなり有名な場所だ。

そこで働いている職員の目の前に佐々木は立ち、質問を投げかける。


「オカルト関連の本を探していて...”口裂け女”に纏わる本はありますか?」


「”口裂け女”ですか...?少々お待ち下さい」


職員は不思議そうな顔をし、目の前にある検索用PCのキーボードをカタカタと叩く、そして佐々木に本棚の場所と分類番号を伝える


「ありがとうございます」


そう佐々木は言い、その本棚の元へと向かった。すると隣にいた司書が先程佐々木に話しかけられていた職員へと小声で話す。


「変な人でしょ?あの人定期的にオカルト関連の本を調べに来るのよ...」


「私初めて会いました...そういう研究者さんなんでしょうか?」


「ビジネススーツを着て図書館に来るんだから研究者って事はないでしょうよ、きっと筋金入りのオカルトマニアね!」


隣に居る司書は噂好きの様で、ふふふと笑いながら”オカルトマニア”の噂話をしている、職員はそれを適当に聞き流しているようだ。

一方佐々木は本棚に置いてある口裂け女に関する本を片っ端から読み漁り、こう呟いた


「やはりそうか...」


『7/24 20:16』

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「ねぇ聞いた?”口裂け女”の噂」


噂好きの司書は職員にそう言いながら話しかける。職員は呆れたような顔で


「知っていますよ、最近ネットで話題の都市伝説ですよね?」


「そうそう!最近この近くで”出た”らしいわよ...」


そう司書は精一杯声色を怖くし、怪談のような口調で職員に対して噂を持ちかける、すると職員は少し怖がったような顔をした後、頬を少し膨らませ


「もう先輩!そういう話私苦手なんですって!」


「あはは~!知ってて言ったのよ~」


「もう!」


そんな他愛のないやり取りが続き、ふと職員が時計を見る。すると焦ったように職員が


「あ!今日家で見たいテレビがあったんでした!では失礼します!」


そう早口で言った後、残っていた帰りの準備を済ませ、図書館の出口へと小走りで向かう、司書は少し笑いながら言う


「夜道には気を付けてね~」


「先輩!!」


「ごめんごめん!また明日ー!」


そんなやり取りをした後、職員の女性は図書館を後にした。


『7/24 20:31』

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夜の路地を歩く女性は先程の司書から聞いた口裂け女の噂を思い出していた。


『口裂け女の噂...こんな怖い場所で思い出しちゃった...』


身を震わせ、急いで帰ろうと小走りになったその時、目の前に白いワンピースを着た、大きなマスクを付けた背の高い女が目の前に立っている事に気がついた。

するとそのマスクの女はボソリと呟いた


「アナタ...キレイ...」


それを聞いた瞬間、そのマスクの女は地面を蹴ったかのようにジャンプし、3メートル程飛び上がった。そんな”異常”な事が目の前で起きた女性は全身の動きが固まってしまっている。

そしてやっと動けると思ったときには、マスク女は目の前にいた。マスク女はゆっくりと自分のマスクを外す、固まった血がマスクに付きベリベリという異音を立てている。マスクを外し終わったその女の口は耳まで裂け、その手にはいつの間にか包丁が握られている。


「あ...あ...」


女性は腰が抜けて動けない、そんな女性に口裂け女はゆっくりと近づく。

そして女性のスマホがポケットから地面に落ちたその瞬間。口裂け女は包丁を彼女へ向け斬りかかってきた。そして咄嗟に女性は目を瞑る。


そこから数秒が経過したのだろうか。


『私は死んだのかな?でも痛くない...』


自分の耳に金属と金属が擦る、そんな音が聞こえる。恐る恐る女性は目を開けた。


そこには蹴りによる防御、靴底で口裂け女の包丁を受け止めている”オカルトマニア”がそこに居た。


「大丈夫ですか?」


そう言いながら佐々木は受け止めている側の足を振り下ろし、口裂け女の腕を地面に叩きつける。そしてそのままの勢いで口裂け女の顔面に蹴りを入れた。

轟音と共に口裂け女は2~3メートルほど地面に転がる、しかし蹴られたことを全く気にしていない様子で口裂け女は立ち上がった。


「チッ...ダメージすら与えられんか」


「あの...アナタは...?」


やっと喋れるほどに落ち着きを取り戻した彼女が言ったのは、その言葉だった。佐々木は少しだけ溜息をつき


「また後で説明します、今は”アイツ”をなんとかしないと」


「アレ...そうだ!あの人はなんですか!?なんであんな飛び上がって...なんで...なんで...」


落ち着いてしまったのが原因なのか、今までの困惑と疑問が決壊したかのように溢れ出る。佐々木は明確に分かる程大きな溜息をつき、気だるそうに答える。


「それも後で説明します...っと!」


口裂け女が通常の人間、女性には見えない速さで包丁を振っている。しかしそれを佐々木は間一髪で避けている様だ。女性はポカンとした顔で2人の戦闘を視界に入れている。


「ったくキツイなぁ!!」


そう佐々木は叫び、包丁を突き刺そうと伸ばした腕を膝蹴りで折り、回し蹴りで口裂け女を弾き飛ばした。

口裂け女はゴミ捨て場に勢いよく飛び込み、一瞬の間あたりが静寂に包まれた。すると佐々木が女性に近づき焦ったように話し始める


「今のうちに逃げますよ!急いで!」


「えっ...でもアレはもう動いて無くて...」


「手応えがなかった!恐らく....やべ」


佐々木がゴミ捨て場の方向に視線をやり、冷や汗を流している。

女性も佐々木と同じ方向へ視線を向ける、そこには傷一つ付いていない口裂け女の姿があった。冷や汗を手で拭い、佐々木は呟く


「こりゃ”アイツ”呼ぶしかねぇか...」


「”アイツ”...?」


そんなやり取りも一瞬、口裂け女がこちらへ向かい走ってくる、しかし女性は腰が抜けて動けない、泣きそうな顔になりながら佐々木の方へ目をやると、佐々木は妙に落ち着いている。


「逃げないとアイツが!」


「まぁ待って下さい」


佐々木は走ってくる口裂け女へ向かい歩き、呟く


「⏤⏤⏤⏤潰せ、護衛」


その瞬間、辺りに突風が巻き起こり、女性は再度目を瞑る。

再度目を開けた時、目の前に居たソレは


上半身が無く、下半身のみが直立した”口裂け女であったであろう物”だった。そのままヨロヨロとこちらへ足のみが近づき、そのままバタリと倒れる。それと同時に何処からか声が聞こえる


「おまえはいつも、出し渋るなあ」


「仕方ねぇだろ一般人がいるんだから」


その声の方向へ視線を向ける、すると佐々木の他にもう1人、高校生程の背丈をした少女が佐々木と話している。

ボサボサの髪の毛にこの街では見ない制服、そして腕には何かの文字が書かれた包帯を巻いている。


「え...彼女は?」


「あ~...それも込みで全て説明します」


佐々木はどの様に話そうか、と悩むように顎を触り、頭を捻った。そしてしばらくした後、静かに口を開き、淡々と説明を始める。


「まず、私は”魔術師”です」


「え...?」


「まぁそれは重要じゃないんですけど」


佐々木は”異常”を”通常”の様に語り続ける。


「そして先程の化け物は”怪異”と呼ばれる存在です」


「怪異...?妖怪みたいな物...ですか?」


「そうです、物分りいいですね」


佐々木は少し驚いた顔をした後、女性を褒める、しかし女性は困惑していてそれどころではない様だ。


「続けますね、怪異は我々人間の”認識”から生まれます、つまり”そこに居る”と思えば存在する事になっちゃうんですね」


「.....」


「その”認識”を使い能力を使うのも我々魔術師でもあり、この”護衛”でもあります」


「護衛...?」


女性が聞き返すと、佐々木は少し笑い先程の少女を指差す。


「コイツもいわゆる”怪異”ですよ」


「え...え...?」


「あ~...まぁ流石に理解は出来ませんよね、でもどっちでもいいんですよ」


「え...なんでですか?」


「あなたのこの騒動の記憶は一切消えてしまうからです」


そういった瞬間、佐々木が少し口を開き、何処の国とも似つかない言語を話し始める。その瞬間、彼女の意識は途切れた。


『7/25 13:28』

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佐々木情報事務所、ソファーに大男と佐々木が座り”異常”な話をしている。


「目撃者が居たと聞いたが?」


「魔術で記憶を変えておきました、今頃元気に出勤してますよ」


「なるほど、それでいい...そして本題である口裂け女の情報だが」


「資料をお渡ししますね」


佐々木が大男の目の前に資料を置く、その資料を大男は手に持ち、読み始める。


「ん?この”新”口裂け女というのは?」


「通称ですよ、コイツは以前の口裂け女ではない」


「何?」


大男は眉をピクリと動かし、佐々木に再度問う


「以前の口裂け女ではない、というのは?」


「以前の口裂け女は既に消滅していると資料に書いていましたよね」


「そうだな、だからこそ”今現れる”という事はありえないんだ」


佐々木は一口コーヒーを飲み、そのまま説明を続ける。


「以前の口裂け女は”口頭による噂話による出現”が原因なんですよ、ですが今回の新口裂け女は”ソレとは比にならない程存在を強く保っていた”」


「なるほど、続けてくれ」


「インターネットです、アレはインターネットというプラットフォームでの噂話を通じて存在を保っていた、だからこそ全世界の認識が集まった」


「情報は一通り分かった、だが...口裂け女を殺したというのは本当か?まともに魔術も使えないと聞いているお前が...?」


大男は眉間にシワを寄せ、佐々木に歩み寄る。佐々木は少し困った顔をして、しばらくすると諦めるように佐々木は溜息をつき、呟く


「来い、護衛」


その瞬間、あたりの雰囲気が少し重くなるのを大男は感じ、少し身構える。そして佐々木の影が少し歪んだかと思うと、その影が段々と盛り上がりそのまま人一人分程の大きさにる。

その瞬間、影がドロドロと溶けたかと思うとその中から制服を着た少女が現れた。その少女は無表情で、氷のように冷たい目をしている。


「コイツは怪異か?」


「ああ、護衛っていう名前だ」


「ねーみんぐせんすがないだろ」


その少女はそう不満を漏らしながら、半分ほど影の中に埋まった。大男は冷静な顔で佐々木に問う


「この”護衛”が口裂け女を殺したのか?全世界から集まった認識の集合体を?」


「そうだ、わたしがつぶした」


ほんの少し抑揚のある声で護衛は一言だけ言う。すると大男は頭を抱え、申し訳無さそうに伝える


「では金は渡せねぇな」


佐々木はとても驚いた顔をした後、引きつりながらも冷静な声でその理由を問いただす。


「な、何故ですか?」


「俺はとある組織に雇われて口裂け女を追ってたんだ、それを殺されちゃ交渉は不成立だ、情報の元が消えちまったんだからな」


そう言いながら大男は立ち上がり、帰る支度を始める、それを佐々木は止め、少し荒っぽい声で


「それは困りますよ!こっちだって最近...」


「悪いな」


そう言いながら大男は止める佐々木を更に止め、情報事務所の扉から出ていった。佐々木は呆れた顔で護衛に問う


「お前さ、加減とか出来ないわけ?」


護衛はいちごオレを飲みながらこう言った


「むり」


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第一話 終

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