第27話
高校の駐輪場で自転車を拝借し、道中でバイクに乗り換えた俺は合流地点に辿り着く。
周辺を警戒しながら、視線を凝らす俺は合流ポイントの真意を考えていた。
日本の生活の基礎は衣食住である。
衣服、食事、住居。
不審者の老人がゾンビ映画に出てくるそれだと確信したとき、俺は胸の底から願望が湧き上がった。
旅をしたい、と。
生活の基本を満たしながら旅ができないものか。
その問いを叶えてくれる答えが一つだけ浮かんでいた。
キャンピングカーだ。
健康体が大切なことは終末世界以前の問題だ。
身体は食材でできている。自炊は必須だ。
料理ができる場所――キッチンは外せない。
旅をするためには移動手段を確保することも必要だ。
さらに雨風凌げて、安らげる場所――すなわち住居にもなり、食事も取れるものと言えばキャンピングカーというわけだ。
俺が合流地点に選んだのは中古車販売店だ。
先に到着している瀬奈たちには女性の視点から生活に不自由しなさそうな車種の選定を任せている。
すでに俺たちの生活拠点兼移動手段は決まっているとのことなのだが、彼女たちの姿が未だ見えずにいた。
道路側に出たところで背後から車の気配を感じ取った俺は急いで振り向く。
そこには猛スピードで迫ってくる一台のキャンピングカーが。
接触事故すれすれのところでブレーキがかかると、
「君のことだ。必ずしや無事に合流できると信じていたよ」
と助手席の霧島先輩。
「やあやあ。ハーレムカーにようこそ。乗って行くかい?」
と運転席の村雨先生。
後部座席からは、
「待ってたわよ秋葉リーダー。おかえりなさい」
と瀬奈。
俺は三人の元気そうな姿を視認するや否や、
「ただいま」
と短く告げた。
☆
キャンピングカー内は想像以上に快適な空間だった。
運転席は寝室とダイニング側に回転できるようになっており、雑談・作戦会議ができるようになっている。
キッチンには電気コンロとガスコンロ、さらにまさかのオーブン付き。
細かいところにも配慮がなされており、調理料置き場やキッチンタオルをかけられるポールまで設置されている。
洗面台には蓋を閉められるようになっており、料理スペースを確保することもできる。
下駄箱、冷蔵庫、電子レンジ、運転席の上にはロフト風ベッド、ダイニングのソファはベッドに変形可能、メインのダブルベッドまである。
広さの秘密は車体から飛び出るスペースでこれがダイニングやダブルベットを併設することができる秘訣になっていた。
なによりダイニングが広いため、寝袋があれば、あと一人か二人は乗せることもできそうだ。
クローゼットで収納できる他、スライド式の引き戸を開ければ、洗面所、シャワー(換気扇付き)とトイレ。
車体にエアコンとスピーカーも埋め込まれている。
多少の不便はあるだろうが、極度のストレスはないだろう。素晴らしい。
感染者の大群がいない場所へ移動してもらった俺は、記念すべき第一回目の作戦会議を開くことにした。
☆
「それじゃ改めて。これから生活を共にしていく仲間ですので自己紹介からお願いします。特技や趣味、苦手なこと、この世界で生き延びるために知っておいて欲しいことなどを教えてください」
俺の提案に村雨先生がそっと手をあげる。
「ではまずは私から名乗らせてもらおうか。聞けばこの中で最後に加えてもらったと言うじゃないか――村雨静、二十八歳。ハナの独身だ。学校医をする前は外科医をやっていたこともある。医療器具や設備さえあれば手術もできるだろう。リーダーの秋葉なら私の助手も可能だから、たいていの負傷なら治してやれる。もちろん感染以外に限るがな。ここにいる全員とは面識があるから、知っているだろうが、精神・心療内科を齧っていたこともある。よって、診療はいつでもウェルカムだ。どうやら秋葉の趣味でハーレムチームのようだし、女特有の――男には話しづらいことがあればいつでも相談すればいい。あとはそうだな、栄養士としての資格もある。料理が趣味だ。自炊なら主担当で構わない。車の運転も問題ない。苦手なものは太陽と運動と言ったところだろうか。よろしく頼む」
言い澱むことなくスラスラと話す村雨先生。
きっと俺が望んでいる自己紹介をいち早く察知し、残りの二人の見本になるよう示してくれたんだろう。やはり頭の回転が早い人間はありがたい。色々と手間が省ける。
「では次は私だ。霧島彩綾。十八歳。彼氏は募集中だ。剣道では全国大会で三連覇を達成したこともある。このチームでは戦力として使ってもらえるとありがたい。学校のペーパーテストこそそれなりに点が取れるが、秋葉のような本物には遠く及ばないだろう。地頭もなく料理も不得意だ。できれば村雨先生のお言葉に甘えたい。また他人に指示を送るのも苦手だ。秋葉たちには悪いが基本的に指示待ちになるかもしれない。末永くお願いしたい」
「瀬奈美月。十七歳。霧島先輩と同じく彼氏は募集中よ。自分で言うのも何だけれど天才ハッカーだと思うわ。いつまで使えるかは分からないけれどITやプログラミング、電子機器に関することは任してもらって大丈夫よ。システムが生きている内は、ハッキングもできるわ。村雨先生と同じく太陽と運動は嫌いね。できれば裏方に徹したいけれど、これから私が役立てることがあるか心配だわ。苦手なことは霧島先輩と同じく料理ね。趣味は最新の玩具やテクノロジーを追うこと、かしら。よろしくお願いするわ」
瀬奈の自己紹介が終わったところで全員の視線が俺に集中する。
これから俺は彼女たちに命を預け、預ける身だ。
隠していた爪を存分に発揮すべきなのは言うまでもない。
彼女たちを安心させるためにも、俺はこれまでの自分では考えられない自己紹介をすることにした。
「秋葉瑛太。十七歳。このチームで唯一の男で万能の天才だ。できないこと、苦手なことはない。不安や心配は全て俺の指示を仰いでもらって構わない。これからの生活を快適で、危なげなく、楽しく送ることが俺に課された使命だと思っている。僭越ながら三人が賛成してくれるならこのチームのリーダーを務めさせてもらいたい。よろしく頼む」
なぜか俺の自己紹介だけ拍手が起きる。
それらが鳴り止むのと同時。俺を除く三人は視線を合わせるや否や、
「「「万能の天才」」」
やはりそのキーワードに引っかかっていたらしい。
もちろん俺としてもどうかと思ったんだが、説明を省くにはいいじゃないか。わかりやすいだろ。
「ではレオナルド・ダヴィンチ。さっそくこれからの展望を聞かせてもらえないかい?」
と村雨先生。俺をからかうような笑みを浮かべている。
「了解しました。まずは指揮系統ですが、俺が司令官を、村雨先生を副司令官とさせてください」
「おいおい。私は霧島くんと瀬奈くんに指示を送れるような人間じゃないぞ」
「もちろん村雨先生の指示に従うかどうかは二人の判断に委ねます。しかし、俺が指示を出せないとき、不測の事態に対応するために判断を強いられる場面もあります。そういった場合に代理をお願いしたいと思っています」
「リーダーの判断だ。私は構わない」
「……私はその状況になったときに判断するわ」
即断の霧島先輩と慎重に判断を下すの瀬奈。
彼女たちの決断は一長一短がある。
先輩としては俺の判断に信頼してくれている他に、独断で行動するよりも状況を俯瞰できる立場の人間が出す冷静な指示に従う方が向いていると思っているはずだ。
まして美術室を後にしたあとは警護しながら行動していたわけだから、瀬奈よりも村雨先生への信頼は構築できているのかもしれない。
一方、瀬奈は村雨先生の持つポテンシャルは認めつつ、全判断を委ねるのには抵抗がある様子。信頼関係においてはこれから時間が解決してくれると確信しているが、命がかかっている分、自分の頭でも考えたいということだろう。
いくら仲間とはいえ、俺たちは人間だ。見落としやミスというものは必ず起こる。
そしてそれが命に直結するからこそ、思考を停止したまま指示に従うだけの危うさも懸念しているということだろう。
互いの性格が顕著に出た良い判断だ。
「できれば私が指示を出すような状況にならないことを願うばかりだが……司令官の指示とあらば、全力を尽くそう」
と、村雨先生も承諾してくれた。
「次に役割分担です。車の運転ですが、これは当番制にします」
「「なっ⁉︎」」
驚きを示したのは瀬奈と霧島先輩。まあそりゃ驚くわな。
「まさか私たちに無免許運転をしろと?」
「はい。これから移動手段が車になる以上、村雨先生一人に運転をさせることは相当負担がかかります。それを緩和させるため、四人全員が車を運転できるようにします」
「だが私は車など運転したことは一度も――」
霧島先輩の不安は運転をしたくない――負担をおいたくない、というわけではなく、事故を起こしたくない、という不安から来るものだろう。
「まずは村雨先生から俺が車の運転を習います。ちなみに瀬奈、お前ゲームセンターではよく遊んでいた方か?」
「えっ、ええ……レースゲームも好きでよく乗り回してはいたけれど――ゲームと現実は違うものよ」
「ああ。だが、レースゲームをやっていた人間とそうでない人間は飲み込みの速さが違う。イメージがあるというのは大きなアトバンテージだ。よって俺の次は瀬奈、お前に覚えてもらう。もちろん俺と村雨先生が全力でフォローする。で、最後が霧島先輩です」
「わっ、わかった」
未だ不安げな先輩だが、後にキャンピングカーを一番飛ばすのが彼女になるなんて誰が想像できただろうか。
「一ついいかしら?」
「なんだ?」
「全員が運転できるようにしてどこに向かうつもりなのかしら?」
ようやく一番欲しかった質問が飛んで来た。
俺は口の端を吊り上げて答える。
「旅がしたいんだよ」
「「ほう」」
村雨先生と霧島先輩が笑みを浮かべる。
世界が終末に向かうにも拘らず旅か。そんな感情からくる笑みだろう。
「俺たち四人で全国各地を回って色んな光景を見て、時には感染者を退けて、美味いもんを食べて――そんな旅にしたいと思っている。もちろん生き延びることが最優先だが、楽しくいきたいとそう考えているんだ」
もちろん三人には俺の趣味に付き合う形になるわけだから、反対ならば無理強いはしないが、と添える。世界が大変なことになって行く中で、何を考えているんだと言われかねない価値観だ。
「……それはそれで楽しそうね」と瀬奈。
意外にも旅に関して理解を示してくれた様子。ありがたいことこの上ない。
「よし。それじゃまとめだ。運転は当番制、料理、心療、治療は村雨先生が担当。俺がチームの指揮を担当し、霧島先輩には衣服や食材の調達時に切込隊長として感染者を捌いてもらいます」
息継ぎのため、そこで一旦言葉を切った俺に瀬奈の申し訳なさそうな顔が視界に入った。
自己紹介でもこれからの立ち位置を気にしていた。
学校内では監視カメラのハッキングで大活躍を見せた瀬奈だが、外に出た後の役割に不安を覚えているのかもしれない。
だが断言しておくが、お前がこのチームの要から外れることはない。
「瀬奈、お前は一つ忘れていることがある」
「忘れていること……何かしら?」
「俺は人使いが荒い。お前にはこれからもバンバン裏方で働いてもらう」
酷使する。そう宣言したのにも拘らず、嬉しそうな表情を見せる瀬奈。
村雨先生と霧島先輩に負い目を感じていたのかもしれない。
「……えっと、私は一体何をさせられるのかしら?」
「検索エンジンが生きている間は情報収集は瀬奈の役目だ。さらにお前には衣服や食料の調達時に店の偵察を任せたいと思っている」
「「てっ、偵察⁉︎」」
霧島先輩と瀬奈の目が大きく見開く。
「ちょっと待て秋葉。偵察なら私の方が適任だ」
「いいえ。先輩よりも瀬奈の方が安全で安心です」
さすがの先輩も戦闘では期待できない瀬奈に生身で偵察させるわけがないと思っているだろうが、やはり腑に落ちていない様子。
一方、瀬奈は顎に手を当てながら俺の意図を読み取ろうと思考をめぐらせていた。
答えを聞きたい気もするが、ヒントを先に出すことにした。
「というわけでこれから家電量販店に向かう」
「すまない。君の狙いがわからない」
「……なるほど。本当に人使いが荒いわね」
どうやら瀬奈の方はピンと来るものがあったのだろう。明らかに覇気が戻っている。
「思い当たったか?」
「FPVドローンね?」
「ビンゴ」
「FPVドローン?」と霧島先輩。
「FPVというのはFirst Person Viewの略だよ。訳すと一人称視点、最前列からの眺めと言ったところかな?秋葉は瀬奈くんにドローンを操作させて店や家などの間取りを偵察させるつもりなのさ」
俺の代わりに村雨先生が霧島先輩に説明してくれた。
「善は急げだ。これからすぐに家電量販店を目指して出発する。大変申し訳ございませんが村雨先生は運転を、瀬奈は現地までのナビゲートをしつつ、SNSなどで外界の情報収集、霧島先輩は休憩しておいてください。到着後、先陣を切っていただきます。俺は瀬奈の情報を確認しながらドローン回収後の展開を考えます」
「運転はまかせたまえ」「心得た」「了解よ」
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