第2話
俺が通う高校には有名な美少女が四人いる。
一人は前述の霧島先輩。
そして二人目は俺と同じクラスの
クールな顔つきに腰ほどまである黒髪。均整の取れた躰つき。物静かな雰囲気。
目ヂカラのある彼女は教室で孤立しているが、俺のような虚しい浮き方じゃない。
例えるなら洗練された狼と言ったところか。他人を寄せ付けないオーラがある。
それもそのはずで瀬奈には少年事件を起こした噂が立っている。
もちろん嘘か誠かはわからない。だが俺としては何かやらかしていても全く問題ない。
むしろ人の道を踏み外した方が人間味があって俺は好きだ。
なにより〝普通じゃない〟。そういうやつは話して飽きない。楽しい。むしろ人として厚みがあると俺は思うんだが。
そんな瀬奈だが、アイドルが霞むほどの美女のため、女子ヒエラルキーの頂点に君臨するギャル――桐生エリカに目の敵にされている。
瀬奈の余裕な態度が気にくわない桐生は事あるごとに「前科が、犯罪が、少年事件が」と口にする。それがさらに孤立を加速させる。
ぴーしゃらぴーしゃら、うるせえんだよ。ちったぁ慎ましい瀬奈を見習えっての。品のねえ女だな。というのは胸の中だけにしまい込んでいる。
これ以上くだらない嫌がらせはマジで勘弁だからだ。
ちなみに俺と瀬奈だが特別仲が良いなんてことはなく。
席が隣同士ということもあり、目が合えば挨拶を交わす程度だ。(とはいえ瀬奈は俺以外のクラスメイトには挨拶さえしないので、ちょっとした優越感がないと言えば嘘になる)。
だが最近俺たちの関係にちょっとした変化があってだな。
「秋葉くん、教科書を見せてもらえるかしら」
「はっ?」
瀬奈は世間体、もとい他人の視線や評価を気にしない女だ。
そんな彼女はよく忘れ物をする。
特に顕著なのは教科書。
彼女は授業中に当てられた質問に「教科書を忘れたのでわかりません」と答えるわけだ。
最初は注意する教師だが、やがて何を言っても無駄だと思ったのだろう。
叱ることはおろか、問題を当てることさえなくなった。
やがて瀬奈は窓側という特権をフルに活用し、授業中は青空をずっと眺めているのだ。
そんな彼女がある日を境にして俺に教科書を見せろという。
それもわざわざ机をくっ付けて。
意味がわからない。
曲がりなりにも容姿の整った女子生徒からそんなことをされれば、注目を浴びるわけで。
「あの……瀬奈さん? また今日も教科書を忘れたので?」
「ええ。だから見せてもらえると嬉しいのだけれど」
「いや、それは全然構わないんですけどね。一体どういう心境の変化なのかと」
瀬奈という女には凡人が絶対に敵わない才がある。少なくとも俺はそれを一つ知っている。
数学だ。彼女は全国模試で常に一位。追随を許さない。
そんな彼女とベテラン女教師である
中安は数学の授業中、瀬奈に一度だけキレたことがある。
まさしくその光景はヒステリーだったわけだが、そのときの瀬奈も強烈だった。
「どうして自分より劣っている人の授業をまじめに聞かないといけないのかしら? 定期テストや全国模試では満点なのだから問題ないわよね?」
この発言を聞いた人間はほぼ全員が狂ってるなと思ったことだろう。
ほぼ、と付けたのは全員じゃないからだ。
おそらく唯一、俺だけが『面白え』という感想だった。
その一件があってから定期テストで瀬奈は満点を取れなくなっていた。
理由はまあなんとなく察しがつくわけで。
おそらく中安の嫌がらせだろう。教師が生徒に八つ当たりとは世も末だね、本当に。
「心境の変化……ね。最近ようやく勉学に目覚めたのよ」
「じゃあまず教科書を持って来ようか」
「あっ……!」
適当に言った嘘を一瞬で見破られ慌てる瀬奈。
いやいや。全国模試で一位を取る才女がそんな分かりやすい嘘をつくか。もうちょっと捻れ。
「……バレないように油性マジックで秋葉くんの教科書に落書きするのにハマっちゃったのよ」
「最低じゃねえか」
いや、マジで最低じゃねえか。
「今度は本当よ?」
「だとしたら絶対に見せたくねえよ」
「どうして?」
「どうして⁉︎」
ダメだ。頭がブッ飛んだ女だとは思っちゃいたが、まさかここまでとは。
……ふっ。本当に面白い女だな。恋愛感情とは別の意味で好きだわ。
「まっ、教科書なんて落書き帳みたいなもんだし別に構わねえけど、俺が言いたいことはそういうことじゃねえよ」
「どういうことかしら」
「俺みたいな出涸らしと一緒にいたらますます孤立が進むぞって話だよ」
「ああ、なんだそんなことを気にしていたの。それなら大丈夫よ。私たちならすでに浮いているじゃない」
「いやそこは私はでしょ?私たちにしないでもらえます?」
「それに秋葉くんは出涸らしで無能で役立たずなんかじゃないわ」
「うん。そこまでは言ってなかった」
とは言いながらもその思考理由が気になった俺は、
「もしも兄に近付くために俺を使おうとしてんならやめとけ。お前ほどの美少女なら俺なんか、噛まさずそのまま告白すりゃ一発だ。まっ、大事にしてもらえるかはわからないがな」
すかさず探りを入れてみる。
「秋葉くんって兄弟がいるの?初めて知ったわ」
なんと首を傾げてそんなことを言って見せる瀬奈。
女子から黄色い声が絶えないあの兄のことを知らない?いやいや、ありえるのか、そんなこと。
「別に誰かに繋いでもらうためにあなたに話しかけているわけじゃないわ。私はあなたに興味があるのよ秋葉くん」
やっべ。マジマジと見たことはあんまりなかったけど美女の謎めいた笑みってなんかこーう、ゾクッとくるものがあるな。
「その理由を教えてもらうことはできるので?」
質問する俺に瀬奈は机から一枚のプリントを取り出す。
目と鼻の先に差し出されたそれは先日行われた数学の定期テストだった。
「これを見てちょうだい。九十七点よ」
「ああ、そうだな。すごいじゃん。まあ全国模試で満点を取れるお前からしたら残念な結果かもしれないけど」
「いいえ。これは九十七点じゃないわ。満点よ」
本当ならここで俺は「……はっ?」という反応を示すべきだろう。少なくとも凡人としてはそれが正しいわけで。
あえて黙っていると、
「最後の問を見てもらえるかしら」
瀬奈の言われたとおり机に置かれたプリントのそれに視線を落とす俺。
ぶっちゃけその問題は見なくても暗唱できる。強烈に記憶に残っているからだ。
彼女のプリントには赤丸の二、三倍の大きさでその問いがハネられていた。
意地の悪い笑みを浮かべる中安の表情がありありと見えるようだ。
「テスト開始と同時に問題を見渡した瞬間に、ああ、あのババアやりやがったわねと思ったわ。まず試験範囲を大きく逸脱している上に理数系の教授が二時間はかかる問題だもの。か弱い乙女に満点を取らせないためだけにここまで
同感だ。最後の問題は数学の天才――瀬奈美月に満点を取らせないだけに用意された設問だろう。いや、時間さえ与えてもらえれば彼女ならきっと解けたはずだ。
それぐらいのことなら残りカスの俺でも分かる。
「それで? その問いを落としたことと俺に興味があることが関係あるのか?」
「……いいかげんにその何も知りませんよ俺、みたいな演技をやめなさい。白々しいわよ」
凍てつく視線で刺す瀬奈。うおう、超こわい。これだから美女の冷たい目はトラウマなんだよ。
「演技も何も……俺、そのテスト五十三点だぞ?」
「ええ。そうね。でもあなたがゴミ箱に捨てたそれをこっそり広げたとき、私は鳥肌が立ったわ。最後の問を正解していたでしょう。しかも偶然当たっただけと言い訳ができるように途中式を一切記載することなく。テスト中に差し出されたのはあのペーパーだけ。他に書くところも用紙もないわ。まさかあの設問を頭の中だけでやってのける人間がいるなんてね」
「いやいや。漫画やアニメの見過ぎだよ瀬奈。ペーパーテストに書かれてたろ?まぐれですが、正答と一致しているのでおまけで加点しますって」
というよりお前、ゴミ箱を漁ったの?綺麗な顔をしてやることは汚ねえな、おい。
「またとぼけるつもりかしら?いい?これは絶対にまぐれではないの。家に帰ってから考えてみたのよ。この問を解かずに五十三点を取れる方法を。そうしたらまた鳥肌が立ったわ。だってこの問いを解く以外に取れないんだから」
あらやだ。世界一才能の無駄遣いじゃなくて?
「そしてもう一つ。このペーパーテストの平均点がいくらだったか覚えているかしら」
「……さあ?」
「五十三点よ。あなた……狙ってたでしょ? 私もよくするもの。平均点予測。コツさえ覚えればだいたい誤差は十点以内ぐらいに抑えられるわ」
「平均点予測にコツがあるのかよ。しかも毎回十点以内の誤差って化物じゃねえか」
「それをドンピシャにおさめた本物の天才もいるけれどね。これで私が言いたいことはわかってもらえたかしら?」
んー。と適当に首を傾げる俺に瀬奈は、
「あなた……どうして爪を隠しているの? 何か理由があるのかしら?」
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