5_IN THE VISIBLE BOX

 籠から見える星空は綺麗だ。

 内壁が鏡面のように星空を映し出して、周囲を星に囲まれたように見える。籠の内側から眺める星はこれまで見たものの中で一番だ。

 窓も無い備え付けの私室で夜を過ごすよりは、こうして籠の中央で空を眺める方が良い。俺はコンロにかけた小さいケトルで湯を沸かすと、お茶を淹れた。

 サンドボックスの汚染により雨が降らなくなったこの世界では、水も、その水で育つ茶葉も貴重だ。だが、ここは違う。

 外部から特定の成分を摂取する行為。つまり食事をしなければキャラクターはまともに機能しない。そして、食事を生産する為の設備が籠には備わっている。

 『植物園しょくぶつえん』と呼ばれる場所だ。そこでは見たことのない果樹が生えている。紐のように柔軟性のある枝に、緑の葉っぱとその同数程の赤い実を付けていて、キャラクターはこの実は少し食べるだけでも必要十分な成分を摂取できる。ここに来てから一年間植物園の果樹を見てきたが、果実が無くなる瞬間は訪れなかった。植物園中央には水が湧き出る泉が存在していて、水路が網目のように引かれている。その水路には、果樹のスポンジのような根が伸びていて、水流に揺らいでいる。

 暇を持て余した俺が発見したのだが実はこの果樹、赤い実以上に葉の方に価値がある。この葉を軽く加熱したあと数日天日に干し、沸騰させたお湯を注ぐと美味しいお茶として利用できるのだ。

 籠に収監された囚人に対して支給されるコンテンツはかなり制限を受けるので、暇に殺されそうな我々にとってこの発見は天恵と言えた。


「真偽も飲むか?」

「おっ。サンキュー」


 真偽の分もカップに注いで渡し、続けて乾杯をする。アルミ製のカップがカチンと軽い音を立て、籠の中を瞬きの間だけ賑やかにする。

 熱いうちに口に含み、香りを楽しむと在りもしない疲れが吹き飛ぶような気がした。


「今回はあっという間に終わったなー」


 真偽は一息ついてそう呟いた。


「まあ、ネームド同士の対決だからな。双方の攻撃力が上がったところで、キャラクターの肉体は脆弱だ。互いに余裕も無いから短期決戦になる」


 それから俺は、今日の試合を思い返して嫌な気分になる。


「今回の対戦相手の損壊はいつにも増して酷かった。吐き気がする」

「うちのお姫様、今日はかなり機嫌が良かったからね。向こうの籠の住人も大変お気に召していたようで」


 インビジブルの武器は刃物。対してハッピートリガーの武器はガトリングだ。ゲーム後の籠の汚れ具合が違う。

 壁まで飛び散った肉片や、辺りに散らばる薬莢を見て、向こうの籠の囚人は露骨に嫌な顔をしていた。ゲームの後片付けは俺たち囚人の仕事。らしいと言えばらしい仕事だが、死体掃除なんて進んでやりたいものでは無い。


 ゲーム終了から暫くすると、死んだキャラクターは動く砂によって運ばれ再生される。ただし、資源は有限だ。全体の95%以上を回収しないと再生が完了しない。砂は壁を登ることが出来ないから、キャラクターの欠片が砂の上になければ、落とさなければならない。壁面に張り付いた肉片に砂をかけ、綺麗に集めるだけで5時間。そこから砂が運んでくれない空の薬莢を拾い集めるので1時間。全てが終わる頃には日が暮れて夜になっていた。

 ゲーム中に復元能力を発動していなかったら、追加でバージェストの修理までする羽目になっていただろう。


「そういえば、コウは大丈夫? 元気だった?」

「どうしたんだ急に。お前いつもはキャラクターなんてどうでもいいって言ってるだろ」


 真偽は間違ってもキャラクターの心配をするようなことはしない。最近では俺がコウに対してどう接しようが文句は言わなくなったが、それは呆れているからだ。


「そういう意味じゃないって。純粋な興味で聞いてるんだよ。一番心配だったお前が確認しない訳ないだろ。『あんな攻撃を受けて痛くなかったのか』ってさ」

「……コウは何も覚えていなかった。それに、ゲーム後も痛みは感じてないようだった」


 通常、キャラクターは痛みを感じないと言われている。キャラクターはプレイヤーに入られることで、五感と身体操作権を奪われる。痛覚が奪われてしまっては、キャラクターは痛みを感じることが出来ないという理屈らしい。

 しかし、あれほど体がバラバラになったんだ。万が一ということもあり得る。

 だが、今回初めて使用された能力『復元』のおかげか、いつもよりも元気なくらいだった。ゲームが終わった後、開放感からかはしゃいでいたが、今は眠っている。


「そりゃよかったね」

「ああ。……このまま無事に勝ち抜ければいいんだが」

「いくらプレイヤーの才能やキャラクターの性能が優れていても、負けるときは負ける。そういうゲームだろ、コロッセオは」


 真偽は冷めたような言葉を返した。俺はその言葉の正しさを知っている。このゲームはキャラクターのような脆弱な存在を強力な力で引き裂くことに主眼を置いたショーでもあるのだ。力の強さに対して体は弱い。僅かな油断が命取りで敗北に繋がる。


「負けた方が踏ん切りつくんじゃないの? トウの刑期はこの大会が終わるまでだろ」

「それはそうかもしれないが……」


 キャラクターは死んでも再生され蘇る。しかし、記憶は引き継げない。今までの記憶が消えてしまうのならば別の個体だと言えるだろう。

 俺が服役してからコウは同一個体であり続けた。長く生きた分だけ俺とコウの間には多くの交流が生まれ、それはいつの間にか失い難いものになっていた。だからといって、俺はこの籠にずっと居続けられる訳ではない。

 この大会が終われば釈放となる。そうなればもうコウと会うことは出来ない。籠の外から心配し続けるよりは、ゲームに敗北した結果コウがリセットされた方が確かに踏ん切りは付くだろう。

 いずれ、コウという個性は命と共に失われ、同じ役割を持ったのキャラクターとして再び再生されることになるのは避けられない命運だ。それに、キャラクターは所詮人間ではない。

 ……でも、俺はキャラクターが人間と違う存在であるという解に疑問を抱いている。キャラクターは俺達人間とほとんど同じであると言っても良いくらい、近しい存在ではないのだろうか?

 寿命が有って、怪我をすれば死んでしまう。そんな個性をもった人間がキャラクターではないのだろうか?

 もし、それが真実ならば。コウが死ぬことを願うことは、残酷で間違った行いではないのだろうか?


「……悪い、変なことを言った。今のは忘れてくれ。……あっ、そうだ! コウがこの大会で生き残っても管理人に掛け合えば大丈夫さ。心配するなって」


 囚人の配属に関しては、現在籠を管理する権限を持っている平和維持連盟の役員が決定している。役員といっても様々で、中にはキャラクター愛護派も少なからずいる。彼ら『管理人』に任せれば、コウが酷い囚人に当たることも無いだろう。

 真偽はそういったコネがあるらしい。そういった人種を知っているから、俺の行動を咎めはしたが止めなかったのかもしれない。


「話は変わるけど、トウはこのゲームどう思う?」

「どうって……。インビジブル。直動迂回が言ってた話か?」


 今回のゲームが始まる前。ハッピートリガーとインビジブルが交わした会話の内容は当然記録されなかったが、俺たちが居たモニタールームには聞こえていた。しかし、俺は質問に対する回答なんて微塵も思いつかない。

 コロッセオのプレイヤーなんてインビジブルみたいな例外を除けば、ほとんどがクリエイターに成り損なった奴らばかりだ。それぞれゲームに対する思いは並々ならない。「思い」というよりも、「執念」や「執着」といった方が良いだろう。ハッピートリガーのプレイヤー、不定禊なんてまさに代表的なソレだ。

 それに比べて俺は唯の囚人だ。キャラクターに関して思うことは有れど、ゲームそのものに関しては『コンテンツとして優れている』くらいの感想しか抱いていない。

 俺が考え込んだところ見て、真偽は察したようで首を横に振った。


「いやいや、違うって。僕が聞きたいのはこのゲームを作った存在の目的だよ。このゲームは何のために作られたのだろうか……ってやつさ。気になるだろ」

「あぁ、そういう話か」


 俺がここに来る前。その手の噂話があちこちで囁かれていた。

 その時は気にも留めなかったが、ここに来てから気になったことがあった。


「俺は、この籠が観察のために作られたように感じる。ゲームだけじゃなくて、俺達囚人も含めた観察だ」


 今も俺達を取り囲んでいる籠の壁から視線を感じる。それは観客がいるゲーム中だけではなく、四六時中感じるものだった。だが、何かに見られている割には不快感が無く、無機質な感覚。だからこそ監視というよりは観察というイメージが近い。


「なるほどねぇ。どうやら僕の考えに近いところがあるみたいだ」

「真偽はどう思う?」

「観察は同意するよ。それに加えて、監察の動機としてある種の試練のように思えるな。どこかの神様気取りが僕たち人類を試そうとしているんじゃないかってね。そもそも、この籠を作るってこと自体が不可解だ。誰だって、承認欲求を満たす為だったり、対価を得る為にコンテンツを作り上げるだろ。中には作ることそのものに価値を見出す奴もいるだろうけど、ここはそれ以上の意図があるように思える。そうじゃなかったら、こんなデカイ箱をいくつも作る訳が無い」


 真偽は少し熱を込めて語った。

 彼はここに来る前にニアロストを発症し、自身の記憶の大半を失っている。そして、うっかり法に触れるようなことをしてしまい、収監されたと言っていた。真偽がうっかり法に触れた原因はもしかすると、籠なのかもしれない。籠について知りたくてあえて囚人になったのだろうか。

 そうだとしたら、彼はこの籠に魅入られた一人なのだろう。

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