第48話 見ていられませんから、来ちゃいましたよ。
「まったく……。見ていられませんから、来ちゃいましたよ」
――ボヤキながら、聖ジャンヌ・ブレアル教会の半開き扉から入ってくる人物がいる。
新子友花と皆は一斉に、声が聞こえた方向へと向いた。
その人物は……スタスタと、こちらへ歩いて来る。
半開きの扉から射す日の光を背にしているために、シルエット姿ではっきりとは見えにくい。
――その人物の声は女性である。
しかし、シルエットから見るに……この学園の女子生徒ではなさそうだ。
何故、分かるかって?
その女性はロングスカートを
「いくら文化祭……お祭りだからと言っても、決して無礼講ではありませんよ。皆さん」
スタスタと皆の方へ向かって歩いて来くる。
そして、スッ…と新子友花と皆の前、数メートルで足を揃え立ち止まった。
背筋を伸ばして直立するその姿は、例えるなら百合の花のように清楚である――
(誰かな?)
新子友花は、率直に心に思った。
隣に立っている神殿愛を見て、『……ねえ? 知っている?』と目配せをして聞いてみた。
神殿愛はというと……、何故か微動することなく『……………』と無言である。
新子友花と同じく、忍海勇太もキョトンとしている。
ほんと、誰なんだろう?
そんな中で、
「あっ、ああ……。これは、お恥ずかしいところを見られちゃいましたか?」
大美和さくら先生は、さっきまで『しょぼぼーん……』って、自分が教師失格と言われたことに落ち込んで塞ぎ込んでいたのだけれど。
その塞ぎ込みを、まるでRPGの自分のステータス異常を呪文で掻き消すように……ふっと我に返った。
教会の床にへたり込んだままなのだけれど……。
「……まったく。見られちゃいましたか? じゃ、ありませんよ、大美和さくら先生!」
その女性、どうやら先生のことを知っている様子だ。
「いくらなんでも、はしゃぎすぎですよ……」
と、ひとつ大きな溜息をついて……。
その女性、なんだか異世界のメイド姉妹が主人公の愚行に辟易してしまったかのように、大美和さくら先生に対して半熟……未熟な先生だこと……という感じで、視線はかなり冷ややかである。
「あっ……あちゃ~。そ、そうですよね……」
大美和さくら先生は髪の毛を触りながら、
「まあ……。今日は文化祭ですし、無礼講でぶっきらぼうでいいかなって……」
頬を赤らめて弁解した。
一筋の冷や汗が流れている……。
「……ですし、じゃないですよ!」
百合の花の姿勢のまま美しく――故にかな? その女性の口から発せられる『お小言』も、また気品を感じる。
「あなたも先生として、もう幾分も経験してきたのですから……。そろそろ、学園の生徒達の鑑になってもらわなければ困りますよ」
またひとつ、今度は大きく溜息をついたのであった。
「……いいですね? 分かりましたか? 大美和さくら先生??」
冷ややかな視線は銃器のレーザーサイトのように、大美和さくら先生にターゲット・ロックオンし続けている――
「は、はいな! ……理事長」
ははっ、はははっ……という具合に大美和さくら先生、内心は冷や汗ものだけれど、それを照れ笑いして誤魔化した。
「そして、ほらっ……お立ちなさい!」
「……はい」
協会の床にへたり込んでいた先生が、理事長に促されて立ち上がった。
両手でパンパンと……スカートの埃を払っている――
理事長?
そのキーワードを聞くなり、新子友花と忍海勇太が一斉にお互いの顔を見入った。
「……大美和さくら先生。まだまだ、この学園の在校生だった頃の思いが抜け切れていませんね」
「あっあちゃ~。バレちゃいましたか? 理事長……」
大美和さくら先生は照れ笑いし続けながらも、ざっくばらんな様子で気軽に話し掛けている。
「ほんと……。あなたも……まだまだ、お若いということですね」
理事長も同じく、ざっくばらんに先生に話し掛けている。
「い、いや~ん。理事長ってば!」
大美和さくら先生が招き猫の仕草で照れた。
「理事長ってば! お世辞が本当にお上手ですこと!!」
客観的に見たら、近所のおばちゃんモードですね……。
――大美和さくら先生と理事長の会話を、キツネに摘ままれた表情をして……じっと見ていた神殿愛だった。
「理事長……。マリー・クレメンス理事長自らが、メインイベントにお越しになるなんて……」
キツネに摘ままれた表情から一転して、神殿愛は今度は鳩が豆鉄砲を食ったように表情を変える。
「はい、そうですよ」
ニコリと微笑みを作り、あっさりと返事をした理事長――
つまり、この女性は『学園 殿方争奪バトル!!』の最初の最初に登場した、聖ジャンヌ・ブレアル学園のマリー・クレメンス理事長である。
聖ジャンヌ・ブレアル学園の創設者――性別は女性。
年齢は……まあ、大美和さくら先生の一回り上くらいであると言っておこう。
名前から想像できると思うけれど、国籍はフランス。彼女はフランス人である。
そして、学園の創設者ということで分かると思うけれど、熱心なカトリック信者でもある。
「……ねえ? 愛って。この女性は誰なの??」
未だチンプンカンプン……チチンプイプイ・ヒラケゴマで、頭の中でどんなに思考を巡らせても分からない新子友花が、神殿愛に近づいて耳元で小声で聞いてきた。
「……友花ってば! あんた知らないの?」
ゲゲゲッ……身をのけ反らせて神殿愛が驚く。
「こ、この学園の願書を貰った時に、学園案内が入っていたでしょ! ……その最初のページに載っている女性――理事長よ」
理事長の御前だということもあってか、ちょっと畏まった様子で緊張気味になり、神殿愛は隣にいる新子友花にマリー・クレメンス理事長のことを端的に説明した。
一方の新子友花は……、
「マリー・クレメンス理事長? この学園にそんな人がいたんだ……。へえ~」
猫に小判な感覚のまま、あっけらかんと納得しちゃった新子友花だった。
ちょっと空気読もうね……。
「そうか、理事長なんだ……。へえ~、本当にいたんだ」
同じく忍海勇太のリアクションも、『なんで、この人って空気読めないのかな……』というボヤキが、何処からか聞こえてくるような口調だ。
無理もないか……。
さっきまで、隣に立っている女子軍団(2人だけど……)に、恋愛バトルアスリーテス! で、純真なる男心を弄ばれていたのだから……。
気持ち的には、『そんなことより! さっさとこのメインイベント終了しようぜ……』というのが、今現在の忍海勇太の本音だろう――
「……あ、当たり前です。友花さん! 勇太様!! ちょいとね、理事長に無礼ですよ……」
そんな2人に、あたふた、あたふた……しながらも必死に、礼儀を正そうとする神殿愛――
「だから、ちゃんと挨拶しないといけませんって!」
神殿愛は生徒会長だから、立場をわきまえ当然の判断である。
両手でヘアースタイルを慌ててと整え、制服の乱れを直して……、肩の
「……マ、マリー・クレメンス理事長。その、ごめんあそばせ……」
姿勢良く直立しなおしてから、両手でスカートの裾を軽く指で持ち“カーテシー”して挨拶した。
「……はい」
生徒会長――神殿愛の姿勢、服装、言葉遣いを一通り心の中でチェック……。
「――合格ですよ。ごきげんよう。生徒会長の神殿愛さん」
少し口元を緩めて軽く微笑んだマリー・クレメンス理事長。
ゆっくり頷いてから、神殿愛へ挨拶を返した。
「ど……どうもです。理事長」
直立不動で恐縮している神殿愛だ……。
「大美和さくら先生!」
一転。微笑みから、すぐに真顔に戻したマリー・クレメンス理事長が先生を呼ぶ。
「は、は、はいなっ!!」
理事長に真顔を向けられた大美和さくら先生は顔を下げた。神殿愛と同じく直立不動で恐縮を覚える。
「……………」
「……理事長?」
真顔のままで無言であるマリー・クレメンス理事長に……対して、大美和さくら先生は胸前に垂れた髪の毛を触りちねっている。
時折……チラチラと上目を使って理事長のご機嫌? を伺っている……。
「……ふう」
すると、少し下を向いて深呼吸――
「……もう、これくらいでいいんじゃ……ありませんか?」
目の力を落とした顔を上げながらマリー・クレメンス理事長は、半ば説得するようにボソッと話し掛けた。
「……は、ははっ、そうですね。……はい。理事長!」
大美和さくら先生が緊張の糸を解いて、大きく口を開けて笑った。
急に素直になった様子の先生、『学園 殿方争奪バトル!!』の忍海勇太に見せた本性――もとい、恋愛モードまっしぐら状態とは、まったくもって真逆だ。
それも、当たり前なのかもしれない……。
何故なら、相手は聖ジャンヌ・ブレアル学園の創設者で理事長である。
所詮は雇われ国語教師の大美和さくら先生が、素直に受け入れることは至極当然で――
だって、クビになりたくな~いんだから!!
「これくらいで……? どういうことですか? マリー・クレメンス理事長――」
2人のやり取りを聞いていた神殿愛が、理由を尋ねた。
「……ふふん!」
理事長は、ニコッと頬を緩めて彼女を見た。
「最近の若者ときたら……。こんなこと言うようじゃ、私も歳を取ったということですね……」
マリー・クレメンス理事長はまた少し顔を下げて、小さくそう呟いた。
しばらくしてから――再び神殿愛を見つめて、
「現代の若者は、み~んな……私から見れば綺麗……いいえ、綺麗過ぎていますね」
聖ジャンヌ・ブレアル教会に理事長の声が響く――
学園内に建てられた聖ジャンヌ・ブレアル教会を、預かり管理する責任者もマリー・クレメンス理事長である。
早朝と夕暮れ時、ステンドグラスに反射する日の光で7色の神々しい光に包まれる教会内、その幻想的な情景に劣ることなく――理事長の品格ある透き通った声だ。
堂々たる聖ジャンヌ・ブレアル学園のトップとしての、凛とした口調である。
「ど、どういうことですか? ……その、マリー・クレメンス理事長?」
新子友花が理事長に恐る恐る尋ねる。
あたしには……よく分からないけれど、学園のお偉いさんだろうから。……失礼の無いように……という気持ちで。
「……あなた達若者には、もっともっと、この文化祭をエンジョイして欲しいという。ただ、その一点の想いですよ」
次に新子友花を見つめて、これまたニコッと頬を緩めて微笑みを見せた理事長。
「……はにゃ?」
首を傾げる新子友花――
隣に立っている神殿愛も忍海勇太も、新子友花と同じく意味が分からなかった。
マリー・クレメンス理事長が仰った、『綺麗過ぎていますね』と『文化祭をエンジョイして欲しい』がどう繋がっているのかが分からない。
「……どうしてこんなにも、若者達は大人しくなってしまったのでしょうね。あなた達は戦火を生きる兵士じゃ……ないのですからね」
理事長は1人そう呟く――
それから、教会奥に建つ聖人ジャンヌ・ダルクさまの像を見上げた。
3人はというと……。お互いの顔を一緒に見合っている。
「……こんなに大人しくなった文化祭では、戦場を生き抜き魔女の烙印を押されて……火刑で絶えた聖人ジャンヌ・ダルクさまが笑えないじゃありませんか」
聖ジャンヌ・ブレアル学園の創設者として、聖人ジャンヌ・ダルクを学園のシンボルに祀っているということ――
あなた達と同じ高校生の時に戦場を駆け巡って……、成人することもなく処刑されてしまった彼女――ジャンヌ・ダルクの無念を、この学園で健やかに送るあなた達の姿を眺めることで癒されて欲しい。
マリー・クレメンス理事長はこんなことを思っていた――
「……というよりも、年寄りの冷や水でしょうか? ねえ……大美和さくら先生??」
くるりと向きを177度変えて……、ほぼ真後ろに立っていた先生に藪から棒に聞く。
先生はというと……不意打ちを食らってびっくり仰天!
「……そ! ……そんな、そんなこと、ありませんってば! 理事長! って、まだまだ……お若いですってば!!」
別にお世辞でも胡麻擂りでも建前でも何でもなく……自分より一回り年齢が上くらいなのだから若いです!
……と、大美和さくら先生は正直な気持ちで返したのだった。
「当たり前ですよ! 大美和さくら先生――」
先生の驚き慌てふためいている姿を、じ~っと見つめながらマリー・クレメンス理事長――
ある意味、これって理事長の部下への“パワハラ・コミュニケーション”なんだと思うけれど……。
まあ、2人の仲は良好な関係の様子であると推察できますから、許される範囲内なのでしょうね。
「……へ? 理事長? 当たり前って……??」
「私も先生も……。まだまだ若いのですからね……」
マリー・クレメンス理事長のその“冗談”に対して、真正面に……真面目に受け返してしまった大美和さくら先生なのでした。
「……は、はあっ」
今回の大美和さくら先生は、なんだか世話しない……。
*
「ふっ……」
マリー・クレメンス理事長が、小さく笑った――
「さあ! 生徒の皆さん!!」
理事長が顔を上げた先には、ラノベ部員+顧問のすったもんだを撮影し続けていたドローンが飛んでいる。
「このドローンでご覧になっている生徒達皆に、理事長から伝えたいことがあります――」
緩めていた表情を学園トップの理事長に相応しく、凛と戻して、
「……この文化祭のメインイベントである『学園 殿方争奪バトル!!』の、大美和さくら先生の一部始終を見ましたね。……まあ、生徒達の心の内は分かります。『清純派だったあの先生が!! ……という思いでしょうね」
マリー・クレメンス理事長は先生の目を見て、あのの部分をわざとらしく協調して言い放った。
理事長からの愛情たっぷりな気持からである――
一方、大美和さくら先生はというと、理事長に清純派と褒められ……仰られたことに緊張し、ちょっと恥ずかしく視線を下げた。
「……これは大美和さくら先生の名誉のために、私が言わなければいけません。私――マリー・クレメンス理事長がです」
飛んでいるドローンのカメラに向かって、理事長は堂々と大きな声を出して発言する。
「……あの? 理事長?? わっ、私の名誉のために…………って、ですか?」
両手の人差し指をツンツンと突いて、心の中で『私の名誉……私の名誉……』と嬉しそうに呟く。
「……そうですよ」
マリー・クレメンス理事長は大美和さくら先生のその表情を数秒間目視して、再びドローンのカメラに顔を向けた――
「……今回の大美和さくら先生の一連の行為は、出来事は……醜態は……。まあ、醜態は言い過ぎですね」
理事長の頬が少し緩んだ。
「話を戻します……。今回の先生の度が過ぎた行為を目撃してしまったと……、生徒の皆さんは思ったことでしょう。けれどね……実は、この私――マリー・クレメンスが先生の提案に同意してのことですよ」
と仰ると、理事長はもう一度、大美和さくら先生の目を見る。
「理事長……その、あの……。ネタバレしちゃったら……理事長としてのお立場が……?」
ああ……。ここで言っちゃうんだね……と、
マリー・クレメンス理事長の発言を聞いて、大美和さくら先生はガクッと肩の力を落としてしまった。
「……いいですか? あなたの国語教師としての立場を思ってこそですよ」
今、言わないといけませんよ……という、柔らかい視線で暖かみのある表情を作るマリー・クレメンス理事長だ。
そして理事長は、三度ドローンのカメラに顔を向けて、
「いいですか? 大美和さくら先生に一芝居打ってもらったのです。これが、この文化祭のメインイベントで先生が“スーパー・ハイテンション”になった真相です。分かりましたね?」
カメラの向こうに確実にいるだろう聖ジャンヌ・ブレアル学園の全生徒達へ、理事長はメッセージを放った――
「……このことは学園の生徒達皆、しっかりと覚えておいてください。決して、先生が日頃の教育指導の疲れから魔が差した結果の醜態じゃ~ないことを……。マリー・クレメンスが、ここに皆さんに伝達します!」
理事長のメッセージは、部下思いの憧れる理想上司のようだった。
聖ジャンヌ・ブレアル学園のマリー・クレメンス理事長、ここにあり――
「……まあ、醜態は言い過ぎですかね」
そして……ボソッと自分の発言にツッコミを入れる。
「……大美和さくら先生?」
「あの……先生?」
「先生、これ……どういうことですか?」
教会内の3人――新子友花、神殿愛、忍海勇太が、声を揃えて大美和さくら先生に話掛ける。
――すると先生。ラノベ部員達の疑問に対して、すぐに察しが付いたのか?
「……んちゃ! ま、まあ……大美和さくら。さくらだけに……サクラを演じたんだな!!」
大美和さくら先生の茶目っ気たっぷり感全開な解答、照れながら答えてくれました!!
ほんと――たまに見せてくれる先生の可愛い姿に、作者もニコりと微笑んじゃいますね。
あ~あ、こんな可愛い先生に、作者は男性として――
続く
この物語は、ジャンヌ・ダルクのエピソードを参考にしたフィクションです。
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