第28話 戦いだけの人生だった。我の一生はそれだけだ……。

 あたし、日記をメインの小説として書こうかな?


 それは、先週の家庭科の授業に起きました。

 あの出来事は、はっきり言ってあり得ません。

 あり得るはずがないのですって“



 ――主人公は、我がラノベ部の部長の忍海勇太である。

 なんだか成績優秀なんだとか? 見た目はごく普通の男子高生。

 だけど、いつもあたしの後ろの席に座っているけれど、どうにも授業は話半分な様子で聞いているみたいだし……。


 それに、なんか後ろからの視線に『エロさ……』を感じてしまうのです。

 風でなびいているだけなのか、そうでないのか?

 授業中に、あたしの背中まである髪の毛が、なんだかさわさわってな感じで、揺れる時があるのです……。

 それってもしかしたら、後ろの席にいる勇太が触って! ……って想像しただけで、あたしは身の毛がよだちます。



 ――とある授業中のことです。

 あたしの後ろの席で教科書立てて、ラノベ小説を読んでいました。

 あたしが授業中に前の席からプリントを後ろの席へと渡そうとして、彼の方へと向きを変えたら、彼は、

「ああーありがと。でも、今いいところだから、机の上に置いといて」

 って、さっぱりした口調で……しかも、あたしが、

「ちょっと! 勇太ってば!! ちゃんとプリントを受け取りなさいよ」

 と言った時には、

「……そうそう。この主人公はプリンとミカンが好きなんだってさ。そういえば、今週からプリンとミカンが売店で売ってるってな? よかったな、お前はミカンが好きだったな。どうせ買いに行くんだろ。ミカンを」

「……はあ?」

 こいつ何言ってるんだ? あたしは意味不明な彼の言葉をしばらく聞いていて。

「……まあ、そのなんだ。……俺の今日のコンビニで買った紀州の梅干しおにぎりと交換しないか? 昼休みさ」


「俺、今日はミカン食べたい気分だし……」


 って、あいつラノベ小説を読みながら言うから、あたし頭にきて!

「おい! あんた、いつもいつもさ、お前言うな! それから、あたしのミカンを食うなー!!」

 って、大声出して怒ってやったら……そしたら、大美和さくら先生が、

「こらこら、新子友花さん。今は授業中ですよって……」

 な、なんでさ、あたしが怒られなきゃなんないのってさ……。



 ――それはいいとして、家庭科の授業の話です。

 この前、家庭科の先生が、

「今日は、男子はミックスジュースとアイスクリームのセットを、女子はクッキーを作ってみましょうね」

 と、仰って。

 その後、男子の作った物と女子が作った物とを、お互いに半分交換して、一緒にデザートタイムしましょう! という課題がありました。

 授業は滞りなく……。

 しかし、問題はその後のデザートタイムでした。


「……あの忍海君。その、このクッキーを……」

 クラスの3人の女子が、に、あの……の勇太に歩み寄って行って……そう言って。


 1人は『もこ』さん。

 彼女は、『この私が作った手作りの……』当たり前だってーの! 『アップル味のクッキーを、どう?』って、勇太の顔の前に差し出して――

 次に『……ねえ? 忍海君』って言ったのは『まい』さん。

『私の手作りの……』これも当たり前だってーの! 『オレンジ味のクッキーをさ……食べて欲しいなって……』なんか、馴れ馴れしくそう言って――

 最後に、『……ねえ? 勇太様』まるで高飛車な神殿愛の言い方のように……そう言ったのは、名前も同じ『あい』さん。

『このメロン味のクッキーを、一緒に2人で食べようねって』なんかさ、勇太に向かってもじもじと……。

 更には、勇太にギリギリ温帯低気圧接近中(意味不明です)で、イチャイチャしががって!


 はっきり覚えている。なんか腹立つ……


 もこさん。まいさん。あいさん。

 それぞれ手作りのクッキーを勇太に差し出して……そしたら勇太は、あいつ、なんて言ったと思いますか??

「ああ、俺は今日の昼休みにミカン食べたから、お腹いっぱいなんだ」

 ……って。

 あいつ、いつの間に、あたしのミカン食べたんだって?


 だからさ、あたしのミカンを食うな!!




「……俺のさ、お前への愛が分かったか? けなげなクラス女子3人の誘いを丁寧にお断りして。俺は、お前のミカンを食べたんだからな!」

「ちょい! だから勝手に食うない! ……あたしのミカンをさ」


 ――放課後、ラノベ部の部室。


 今日は、大美和さくら先生は会議で部活動には来られないということで、ラノベ部員だけで各自文化祭の文芸誌の練り込みをしていた。

 新子友花も当然のことメイン小説を……候補のいくつか自分のノートパソコンに書き込んでいた。

 そこへ、ラノベ部の部長である忍海勇太が、彼女のPCを後ろから覗き込んでくる。

「……って、あたしのPCを勝手に後ろから覗いて、あたしのメイン小説を読まないでもらえますか。勇太さん?」

「別にいいだろ? 同じ部員なんだしさ……」


「あのさ、友花……。あたしは高飛車じゃないよ。そう……見えるかな?」

「げっ! 愛もそこにいたのかい」

 同じく部員なんだから、当たり前である。


「……まあ、お前が俺と付き合えば話は解決する。それだけの日記だな。ラノベ部の部長の評価としては、まだまだなメイン小説だけれど……。でも、着眼点は合格だぞ、お前」

 何、こいつの横暴な態度って?

「……お前って言うなってば。勇太……あんた、キモいよ」

 何がなんでも新子友花と付き合うエンドロールを模索する忍海勇太に、彼女は思わず身震いする。

「でもさ、部長として一言。……日記を文芸誌のメインにするのは相応しくないからな……」

 忍海勇太が冷めた口調でツッコミを入れると、


「…………やっぱし、だよね~」


 新子友花は両手を頭の後ろに当てて、天井を仰ぎ見て……そうボソッと呟いたのだった。




       *




「――どうして? 私は、ただの人間なのに、どうして私を陥れるのですか?」

「ああ、ジャンヌ・ダルクよ」

 主の声が、ジャンヌ・ダルクに聞こえてきた。

「ああ、主よ!! 私は、どうして魔女にされなければいけないのですか? 私はこの戦争を終らせたのですよ。その私が、どうして……」


 彼らは、自分達が何をやっているのかを理解できていないのです――


「我ジャンヌ・ダルクは決別します。私を魔女にした愚者を許して、それから決別します。それでも、我ジャンヌ・ダルクのこの身は……もう」

「それでいい。――魔女から聖人への階段を昇る者、ジャンヌ・ダルクよ。歴史は、お前を必ず勝者にするのだから。……それでいい」


 それでいい……

 主は、人々のすべての罪を許してもらうために、自らが磔になることを選んだ。




 ――教会の中にあたしはいます。

 あたしは、十字を切って祈っています。


 祈りの先には、聖人ジャンヌ・ダルクさまの像があります。


「……ああ聖人ジャンヌ・ダルクさま。あたしは聖人ジャンヌ・ダルクさまの決意を受け入れます。信仰の対象として受け入れます。だから、どうか自らを蔑まないでください!!」

 聖人ジャンヌ・ダルクさまの像の前で跪き……あたしは祈る。

「ああ聖人ジャンヌ・ダルクさま……。あたしの今からの告白を、どうかお許しください」

 あたしは、ゆっくりと、もう一度十字を切った。


 あたしは兄の脳梗塞を知ってから、両親の“思考の恣意性”に気が付きました。

 というよりも人間全体に見られる思考のクセをです。


 それは、兄が体調不良を学園の先生に訴えて、しばらく保健室で休息をとり、学園を早退した時の話です。

 ちなみに、あたしの兄は、この聖ジャンヌ・ブレアル学園の卒業生です。

 兄は昼過ぎに早退して自宅へと帰って来ました。


 ――その日、兄は朝から体調不良でした。

 身体が怠くて動けない。母はそれでも、早く仕度して学園に行きなさいと兄に言いました。

 しかし父は兄の容姿を見て、これで学園に行けるのかと思い、そう母に言うと、母はこんなの学園に行きたくない言い訳の演技をしているだけだと、兄に対してそう決めつけました。


 結局、兄は学園に登校しました。


 あたしは兄に、『どうして、そんなに無理してまで学園に行くの? 自室で安静にすれば……』と言ったのだけれど、兄はただ一言『大丈夫だから……』と言って登校しました。


 昼過ぎになって、兄が学園から早退して帰ってきました。

 あたしは、その時中間テスト期間中で、テストは午前中まで。だから正午頃には帰宅していたから自宅にいました。


 兄が自室でベッドに入って、休んでいた時のことです。

 母が階段を上がって来て兄の部屋に入り、ベッドに寝ている兄を睨み付けて、なんで学園から帰ってきたんだ! 

 そう叱ったのです。

 あたしは自室から飛び出て、兄の部屋に……。

 部屋の入り口まで来て、その光景を母の後ろから見ていました。

 兄は熱があると一言。しかし母は、嘘を付くんじゃないと聞く耳を持ちません。


 ――結局、兄の体温を測ってみたら40度を越えていました。


 母は慌てて、近所の内科へ兄を連れて行って……。

 病名は麻疹でした。


 幼少期の麻疹は軽い症状で済みますが、中学高校くらいになると命の危険が増す大病です。

 兄は即効で症状を緩和する注射を医者に射ってもらい……しかし、兄はそれから一週間、殆ど身体を動かせないくらいに生死を彷徨いました。


 ――それから、しばらくして。

 脳梗塞の症状が出始めた頃の兄は、学園を休み続けていました。


 ある日の日曜日のことです。

 家族で食事を取っていた時のことです。


 父が突然、『お前は将来どんな名門大学に行くつもりなんだ? お前がいつまでも病気を治さないのであれば、それは、お前の将来の進学の問題になるのだから……なんとかしなさい』と父は兄に言ったのです。

 肝心の進学の手続きや塾通いについては、妻に任せてあると言っておいて……進学に失敗したら、お前がだらしないと言いたいのでしょう。


 麻疹と分かった途端に献身的な母親を演じて、周囲から同情や賞賛を得ることだけの看病の姿勢。

 自身が尊重されたいというだけを目的とした看病の姿勢。

 もしかしたら、その時兄は亡くなっていたのかもしれなかったのに――


 自身の名誉や地位が脅かされる原因を子供に見出した時、その子供を厳しく叱りつけることで――父親としてのプライドを維持しようとした。


 そんな両親を、あたしは見てしまった。

 そこに、兄の健康回復は一切ありません――


 むしろ、回復しないことを本当は望んでいる母なんじゃないか?

 ダメになってほしいと願っている、父の本音なんじゃないか?


 あたしは、なんとなくそう勘ぐりました……。

 代理ミュンヒハウゼン症候群の一種――子供に尽くす親になれるからであり、子離れしたくないのであり親離れさせたくない。

 親という肩書きを維持するための、これがあたしが気が付いた“思考の恣意性”です。


 子供はまるで、金魚鉢の中の金魚のように観察され飼育され……飽きれば捨てられる。

 なぜ両親は、こんな性格になってしまったのでしょうか?




「――新子友花よ。それは前にも言ったように、反抗期を経験できなかったからだ」

 どこからともなく声が聞こえてきた。


 新子友花よ。さあ見なさい! 我ジャンヌ・ダルクの歴史を――


 ――戦乱の中で、我ジャンヌは母に空き家となっていた家の奥へ、手を引いて連れて行かれた。

 母はジャンヌに言った。

「さあ、ジャンヌよ。ここに隠れていなさい。ここなら安全だから……」

 しかし、母は安全ではなかったんだ。

 我ジャンヌを隠した後に、敵兵は部屋へと侵入してきて母を連れて行った……。


 ――神なる父は、お前のために天変地異を起こしてやると約束した。

 その通りに戦乱の中で天変地異は起こり、我ジャンヌ達の軍は有利に進軍ができて、戦争を有利に運ぶことができた。

 しかし、我ジャンヌは、その力を決して認めたくなかった。

「ああ神よ! あなた様の力が本当の神の力であるならば、どうして? それを戦争終結に使わないのですか? 平和のために使わないのでしょうか?」


 我の本音だった……。


「……私は哀しい。あなたはもしかしたら本当の神では無いのでしょうか? だから、私はあなたを軽蔑します。そしてやがて、あなた様は私に魔女の烙印を押し、すべての戦争の責任を我ジャンヌ・ダルクに押しつけるのでしょうね。あなた様に立てついた我ジャンヌ・ダルクは……」



 ――新子友花よ。分かるか?


 幼き我の目の前で母が敵兵に連れられた。

 父なる神から、本当の神の声を授かって、授かったからこそ私は神の声に導かれる運命を進んだ。

 シャルル7世の戴冠式を無事に終えて、やがて民衆は私に後ろ指を指してこう言った。



 魔女と契約した愚かな女。ジャンヌとは関わるなと――

 平和を取り戻した祖国フランスには、もう戦争の英雄の居場所なんてなかったのだ――



 我は、ただ神の声を聞いただけだ。従っただけだった。

 それなのに民衆は我を忌み嫌う。


 魔女だ! 魔女だ! と、民衆は我ジャンヌ・ダルクを、これでもかと忌み嫌い、そして蔑んだ。



 ――我ジャンヌ・ダルクには、始めから反抗期は無かった。

 我は母父とは幸薄だった。

 我にあったのは、与えられたのは、……あるのは世界への従順だけであった。それだけだった。

 必死に世界と一体化して、世界の秩序とルールのために戦った。

 戦いだけの人生だった。我の一生はそれだけだ……。



 でも。それでも、祖国フランスのために戦うことができたジャンヌ・ダルクは嬉しかった――



 新子友花よ。お前が羨ましい――


「……羨ましいですか? 聖人ジャンヌ・ダルクさま」


 我が生存していた時代、中世フランスでは神との契約がすべてだった。

 神の名の下に民衆は生かされ、反抗すれば魔女の烙印を押されて、神の名の下に戦争を強制され、祖国フランスのために戦えば約束の地へと導いてくれると……。

 神の名のもとに……そういう時代だった。

 反抗する機会を、人々には与えてくれなかった時代だった。


 しかし、お前はどうだ。

 我に比べれば、どれだけ幸せな境遇なのか? そう思ってみないか??

 



 ――あたしは、聖人ジャンヌ・ダルクの言葉に説得力を感じた。


 生きるか死ぬかの百年戦争の時代である。

 神との契約のもとに生かされている時代である。


 もしかして、あたしが病気の事や学園や両親の事を、あ~だこ~だと思う時間があるということは、それだけで幸せなのかも……と思った。

 そして、あたしは聖人ジャンヌ・ダルクさまの像に、今一度十字を切った。


 何度も、何度も、何度も。

 聖人ジャンヌ・ダルクさまに捧げる、捧げた祈りを――





 続く


 この物語は、ジャンヌ・ダルクのエピソードを参考にしたフィクションです。

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