第15話 そして、涙を見せる新子友花……
戦いは激しさを増しました。
砦にいる兵士たちも、みな疲弊しきっていました。そんな中に――
「さあみんな! なにがなんでも、この砦だけは守りきらなくては、私達に勝利はありません」
1人、ジャンヌ・ダルクだけは……疲れも忘れて必死になって、みんなを鼓舞して歩き回っていました。
「なあ? ジャンヌ」
一人の負傷兵がジャンヌ・ダルクに話し掛けました。
「お前はこの戦争を自分が終わらせることができると、自分は神からお告げをいただいたんだと……言ったよな?」
「はい、そうです! 私は故郷の丘で神からお告げをもらいました」
「……ジャンヌ、お前がこの戦争を終わらせる主役だと?」
その負傷兵は、よれよれに立ち上がり、ジャンヌ・ダルクへと歩み寄っていきました。
そして、わずかな力を振り絞って彼女の胸元をつかんで、こう言ったのです。
「だったら、この砦のざまはなんだ! ジャンヌよ! 俺たちは使い捨てなのか? 皆が言ってるぞ。この砦は陽動として囮に選ばれたんだとな。俺たちはここで……国のために死ねということなんだろ?」
ジャンヌ・ダルクは、その負傷兵の両手を優しく握り返しました。
「いいえ、私達は死にません!!」
彼女は大声で、真剣にそう言い切りました。
「いやっ! 俺たちは死ぬんだ」
「死にません!! この砦に敵襲を集めたのは、この砦がそれだけ敵襲の攻撃に耐えられる防御力を持っているからです。いいですか! この砦は国の生命線なのです。ここを守りきらなければ、補給路とか通信網とか、何もかもが寸断されて……」
ジャンヌは涙目で……
「どうか私を信じてください! 私たちは死にません!! ここで勝利するのです」
と言いました。そうしたら、
「その根拠は? 根拠を示せ! 示してくれ!!」
と、あらゆるところから疲弊した負傷兵が声を大きく荒げ始めたのでした。
みんな不安と恐怖に脅え、負傷した傷に苦しんでいました。
ジャンヌ・ダルク本人も負傷していました。
鎧を身に纏っているから外見では分かり辛いですが、砦を死守するための死闘で、彼女のお腹には剣で叩かれた内出血の跡があります。腕も足も出血しています。大きく腫れて化膿しかけています。
自分は、もう力尽きるかもしれない。
ジャンヌ・ダルク本人も、本当はそう思いつつ……諦めの気持ちが何度も心の中を過りました。
けれど、
「みんな! 私の話を聞いてください!! 私が出会った奇跡の話を聞いてください!!」
ジャンヌ・ダルクは、私たちは神に守られているのだから、神は今ここにいるのだから……と、自分が出会った7歳の女の子からお告げをもらった話をしました。
なんとか、みんなを落ち着かせようと思ったのでした――
……これが私が創った物語です。どうでしたか?
ラノベ部の活動の時間。
新子友花が教室の前に立って、自作した自分の小説を朗読し終えた。
「……………」
「……………」
大美和さくら先生と忍海勇太――しばし無言?
……ではなかった。
すかさず、大美和さくら先生がパチパチと新子友花に向けて拍手した。
「うふふ。とっても素晴らしい出来でしたよ」
と、大美和さくら先生は微笑む。
「……本当ですか?」
新子友花、でも懐疑的……。
「ええー、本当ですとも」
「あ、ありがとうございます。先生」
一転、新子友花もちょっと口元を緩め微笑んだ。
「でもね、新子友花さん。あなたの文章は、とても主観表現が多すぎると思います。つまり、客観表現が少ないのです」
大美和さくら先生は、顧問らしく冷静な口調で端的にアドバイスをする。
「主観表現が多すぎる……ですか? 大美和さくら先生?」
微笑んだ顔が、すぐに真剣な顔に変わった。
「はい。そうです。でもね! でもでもね! 主観表現ができるということは、小説を書く時には、とても重要なポイントなのですよ。だから新子友花さん。落ち込まないでくださいね」
大美和さくら先生、のナイスなフォローだ。
「はあ。……はい。……わかりました。先生。あ……、ありがとうです」
――とは言っても、ちょっと落ちんだ感じの新子友花。
とぼとぼと……静かに歩いて自席へと着席する。
それを見つめていた大美和さくら先生。
すると、隣に座っている先生が、新子友花の気持ちを察して、彼女の方を向いてニコッと笑った!
「だって、小説を書く動機って主観があるからじゃないですか!!」
「先生……。動機です……か?」
新子友花、瞬間頭の中が真っ白になる。
「主観のない小説なんて、それは自己表現とは言えません。そうは思いませんか?」
大美和さくら先生は新子友花に再びニコッと笑う。
「……だから言っただろ」
と言ったのは、右斜め向かいに座っている忍海勇太である。
「俺が昨日、お前に言っただろ。お前の表現は自分本位すぎるって。だから、先生も当然それを指摘したんだ」
そう言いながら……自分のタブレット端末に表示された新子友花の小説の原稿を、読み終わってそれを机の上に置いた。
「…………」
新子友花は言い返せなかった。
あたしは、まだまだ未熟なんだなということくらい、彼女自身も自負しているのだから。
「まあ? 部長も先生と同意見でしたか」
向かいの席に座っているラノベ部の部長、忍海勇太を見た。
「当然です。ラノベ部の部長だから……これくらい見抜けて当たり前です」
忍海勇太、すごい自信だ。
成績トップクラスの彼なのだから、それくらい言えて……当然といえば当然か。
「ふふっ、そうですね♡」
大美和さくら先生と忍海勇太、お互いアイコンタクト。
「だいたい、お前は、いつも独りで頑張りすぎなんだよ」
忍海勇太は腕を組む。
「そ……、そかな勇太?」
なんか、さらに落ち込み気味の新子友花。
なんだか面接官の前に着席しているような……そういう気持ち、感覚である。
でもね。誰だって、自分の創作物を辛口批評されたら……落ち込むもんだから。
「いつぞやにも言っただろ? お前は毎朝の教会の礼拝にもかかさず行って、お祈りを捧げて、この学園の生徒じゃ、そんなことするのは……ほとんどいないって」
「こら! 忍海勇太さん。あなたもこの学園の生徒であるならば、決してそういうことを言ってはいけませんよ!!」大美和さくら先生が少しプンプンした表情で、忍海勇太を見つめた。
――忍海勇太、しばらく先生の顔を見て、そして、空気を感じて……。
「俺は、お前が学園の成績で悩んでいることを、理解しているつもりだ。例えテストで赤点を取ったとしても、夏休みや冬休みなんかには、必ず補習授業があるんだから」
組んでいた腕を膝へと下した。
「……それに、年度末にも補習授業があって、その後に追試がある。その追試は、はっきり言って補習授業用の追試だから、要するに補習授業を受けたら、追試験も大丈夫っていうことだ」
という追試験の裏話あるあるなフォローを入れたのだった。
「ほんと? 勇太?」
「んもーん!! 忍海勇太さん。聖ジャンヌ・ブレアル学園のネタばらしは……メッですよ!!」
大美和さくら先生が机から立ち上がって、
「んもーん!!」
『んもーん!!』ポーズしたのでした。
解説すると、このポーズは、この物語の主人公の新子友花がツンデレで、どーしようか分からなくなった時にする『んもー!!』ポーズと同じ類である。
んで、大美和さくら先生が今した『んもーん!!』ポーズも、新子友花がツンデレでする『んもー!!』ポーズと意味は同じである。
両脚は肩幅くらい、両手はグーにして、肩幅より少し開いて……下におろしたジェスチャーだ。
「んもー!!」
「勇太ってば! 先生を困らせないでよ!! ばーかばーか!!」
んで、こっちの『んもー!!』は、本家本元の新子友花のそれである。
これが出たってことは、少しは気分がマシになったのだろう……。
『んもーん!!』
「こらこら、ケンカもメッですよ!! 新子友花さん。忍海勇太君」
2人が言い争いになろうとした感じを先読みして、大美和さくら先生が、またしても『んもーん!!』ポーズする。
(ややこしいわ!!)
――しばらくして
「そうだ! 今日のラノベ部の活動内容は、新子友花さんがどうして主観表現を多用するのかを考えてはみませんか?」
「ええー? 先生、そんなの恥ずかしいです」
『んもー!!』ポーズした後、ささっと着席しようとした最中に、いきなり先生からのお題目が来た。
「ふふっ! どうして恥ずかしいのでしょうか?」
先生が両肘を机について、両手を顔に当ててそう聞いてきた。
大美和さくら先生って、案外茶目っ気ある人だよね?
「新子友花さん! これはラノベ部の活動ですよ。あなたは国語の成績がよくないからこの部活に入部した。その時の動機を忘れてはいませんね」
「はい……先生。でもさぁ……」
自分の人差し指を胸元でツンツンしながら、新子友花はボソッと言った。
「どうして、あなたは主観表現を多用しているのか? それを私達で話し合うことで、新子友花さんの国語の改善点が見つかるのではないでしょうか? 先生はそう思いますよ……」
「新子友花さん? 私達にどうして自己表現を優先しているのか? 教えてください」
大美和さくら先生は新子友花の目を見つめながら、相変わらずニコッとし続けている。
「…………分かりました」
新子友花は自分の手に持っていた――自作の小説を表示させているタブレット端末を、サッ……と机に置いた。
そして、話し始めた――
「……実は、あたしには兄がいます。その兄は、今は大学病院にずっと入院しています。なんでも、このままの状態が続いてしまうと脳梗塞になって、よくても半損付随、悪くて寝たきり、最悪の場合には死ぬって……」
脳梗塞? 悪くて寝たきり??
新子友花の発言で、意外な展開になってしまって、大美和さくら先生、忍海勇太は沈黙した。
「……あたしの両親は高齢で、そもそも高齢出産だったから。だから、あたしは歳の離れた両親とは、あんまり話が合わなくて。……会話もほとんど少なくて。……それはいいとして。あたしは高齢出産で生まれて、でも、こうして五体満足で生まれてきたけれど、兄はそうじゃなかった」
新子友花の脳裏に、まだ元気に走り回っていた兄の姿が蘇った。
――それは幼い頃の、近所の公園で夕方遅くまで遊んでいた、彼女にとって、また兄にとっても大切な思い出である。
滑り台の上に兄がいる。
兄を見上げて、梯子を上ろうとしている新子友花がいる。
兄が彼女に話し掛ける。しっかり手で握れよ! 足元もしっかりと注意して上ってこいよ! と言って、滑り台の上から彼女を見守ってくれている。
懐かしい…………、そして、頼もしいあたしの兄。
「あたしにとっては、兄だけが、あたしと心を寄り添える親しい相手だった。でも、その兄はこんな病状になってしまって……。ある時、両親が兄のもとへお見舞いに来たことがありました。あたしもその場所にいました。そして、両親は言いました」
頑張ればなんとかなるからね。
あなたのことが心配だからね。
「バカにしないでくださいって思いました!!」
新子友花が起立し興奮した様子で言った。
そして、視線を横目にそらして、ちょっとだけ気に入らない……ふてくされた感が見える表情をする。
「なるわけないじゃないですか! どうしたら頑張れば脳梗塞が治るのですか? 心配して脳梗塞は治るのですか?」
「教えてくださいよ!!」
そして、涙を見せる新子友花……だった。
「……その時に兄が言った言葉を、私は一生忘れません」
部室内にいる大美和さくら先生と忍海勇太は、以前沈黙していた。しかし、その中で……。
「だから、お前はさ……。そういうところが頑張り過ぎなんだってば…………」
机に肩肘をついて、頬杖して聞いていた忍海勇太がボソッと言った。
「じゃあ聞くけどさ、逆に真面目な話をすれば病状は回復するのか?」
忍海勇太のその発言は、聞こえによっては冷酷なのだろう……。
――ガラガラ
沈黙の中、部室のドアが開いて1人の女子高生が入ってきた。
このラノベ部の部員、神殿愛である。
「ごめんなさ~い。遅くなりました」
すたすたと部室に入ってきて、忍海勇太の隣、新子友花の向かいの自分の席に来るなり、なんだかいっぱい入っていて、教科書とPC以外に何が入っているのか気になるけれど、神殿愛は自分のカバンを机に置いて、みんなに挨拶する。
みんなの沈黙は、依然続いている。
「いやさあ! 生徒会選挙の立候補の手続きで、ちょっと混乱してしまってね、遅くなりました~。まったくねえ~? 生徒会選挙の手続きってのは、どうしてこうも複雑で面倒くさいのかしらね~」
淡々と1人、しゃべり続けている神殿愛。
「まあ……それもこれも私が生徒会長に当選して、来年の生徒会選挙の手続きなんかをさ、簡素化させちゃえばいいだけなんだけどね! ははっ。生徒会長になってもいないのに、来年のことを言えば笑われちゃうよね。てへ!」
「…………」×3
――あの、ちょっとさ、神殿愛さん。周囲を見渡してごらん。
この重~い空気が分からないかな?
「もう私って、生徒会選挙と部活とどっちが大切なのよんってね!」
あっ、ダメだな。これは。
「なんかさ、まるでね!! 何が今日は会議で遅くなるよ! 私と仕事とどっちが大切なのよ? ねえ~ってば! あなた!! ……てな感じの、新婚生活ホヤホヤの夫婦の、朝の玄関先での会話みたいだね!」
(見たことあるのか?)
「そんでそんでね。……あなた! 私、あなたに言っておかなければならないことがあるのよ! という展開になってさ。……実は…………実はね。私、できたの。できちゃったんだ。ついに……。お腹の中に赤ちゃんが…………できたのよ」
「ってな感じで! わかる?? きゃは! きゃはは!! あはっ、あはははっ」
「…………」×3
「…………ん? いやいやっ、い、言っとくけどさ、これ作り話だからね!! 私、妊娠してないから。するわけないじゃん!!」
身から出た錆じゃないけれど、神殿愛は両手を交互に無い無い! という感じで左右に振って否定する。
「な~に~? みんな神妙な顔して聞いているのよん。ない! ないって妊娠なんてしてないって!! 聖人ジャンヌ・ダルクさまに誓って、この神殿愛は妊娠していませんよ」
「――新子友花さん。あなたは、とても誠実な人格者ですね。先生は聖ジャンヌ・ブレアル学園で、新子友花さんに国語を教えることができて、あなたという人間に出会えることができて、とても感動しています」
ニコッと……優しくニコッと微笑みながら、大美和さくら先生は冷静にそう仰った。
さすがは先生である。
「……どうか、その話の先を、このラノベ部の部員に聞かせてくれませんか? 私達に、何か力になれることが見つかるかもしれませんから」
「…………………はい。大美和さくら先生」
「え? ええっ? ……なに? 何? この部室の空気? 何があったの??」
勿論、この部室の空気をまったくつかめていないのは、神殿愛だけである。
続く
この物語は、ジャンヌ・ダルクのエピソードを参考にしたフィクションです。
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