第90話 赤き崖の戦い

 悪魔コーメイの策略とは、実に単純明快である。

 渓谷沿いである村に、旋風騎士団をおびき寄せる。


 実際にこの地には多くのゴーレムが眠っており、これらをダークアイの戦力にしようというのは変わらない。

 実際、ダークアイにおける魔族の数は限られており、人力によらない戦力は喉から手が出るほど欲しいものだった。


 だからこそ、ここを守ろうとするダークアイの動きも本気になってくるというものだ。


「しかし。これを罠とし、誘い込んだ村ごと谷底へと落とします」


「村を谷底に!? 本当にいいのか! ここにいるゴーレムの起動に成功すれば、ダークアイの戦力は大きく強まるだろうに……」


「ええ。現にゴーレムの一部の起動には成功しています。これらを戦力として用いることも、今回の策の一部なのですよ」


「ほう……!?」


「私は奇策を用いません。ご覧になっていてください」


 コーメイは、ドワーフたちに頼んで作っていた扇子で、己の手のひらをぴしゃりと叩いた。


「戦術とは明快で、王道であるからこそ劣勢からの打開を許さないのです」




 旋風騎士団の動きは迅速である。

 素早く国境線を超えると、ダークアイの奥深くへと侵入した。


「見ろ、奴らは村を硬く守っている。鋼鉄王のゴーレムまで持ち出しているではないか。今も、ゴーレムを地下から運び出す作業が行われている」


 シュウザーの言葉に、ウートルドは頷いた。


「確かに、団長の仰る通りでした。私の疑いすぎでしたな」


「何、お前の気持ちも分かる。策にはまってショーマスを殺されたのだからな。よし、では旋風騎士団出るぞ! 我らは迅速を旨とする!」


 シュウザーの言葉に、騎士団が頷く。

 彼らは皆、革鎧を基本とし、それに金属の板を貼り付けたバンデッドアーマー姿である。

 これならば、金属をこすり合わせない限りは動作によって発生する音が小さい。


 隠密作戦のための装備と言えよう。


 騎士団が動き始めた。

 無言のうちに、彼らは陣形を成す。

『ジャベリンの陣』である。


 投擲されるための短槍になぞらえて、数人ずつの縦列陣形になって騎士たちが、飛ぶような速度で走る。


「ギィ!」


「ギギィーッ!!」


 ゴーレムの間にいたゴブリンたちが、警戒の叫びを上げた。

 ダークアイ側が動き始める。


 騎士団迎撃のためにゴーレムが動き始めた。

 その動作は鈍重である。

 だが、相手が通常の兵士であれば十分であろう。


 振り回される巨大な拳は脅威となろうし、生半可な攻撃では揺るがぬボディは容易に抜けぬ壁として立ちふさがる。

 それでも、相手が騎士団となれば別である。


 それもガルグイユが誇る旋風騎士団であれば。


「おおおーっ!!」


 駆ける騎士たちが、ゴーレムとの接敵の瞬間……文字通り飛翔した。

 跳躍から、手にした短槍を突き出す騎士たち。

 縦に三連発の強烈な刺突が叩き込まれ、ゴーレムの巨体が揺らいだ。


 なんと、打撃を与えた部分からゴーレムに亀裂が入り、割れていくではないか。


「敵は旧式だ! 恐るるに足らんぞ! 行け行け行け行け行けーっ!!」


 シュウザーの掛け声に応じて、次々と騎士団が宙を舞う。

 叩きつけられる槍が、ゴーレムを打ち倒していく。


 彼らの動きは迅速だった。

 驚くほどの速さで、ゴーレムが打ち倒される。


「ギギィーッ!!」


 ゴブリンが叫ぶ。

 すると、村の中ほどの地面が割れ、そこからゴーレムたちが這い出してきた。


「あそこか。連中は地下にゴーレムを隠している! 一つ残らず破壊してやれ! 奴らに使えるものを残すな!!」


 村の中へと進撃する旋風騎士団。

 もはや、彼らの勢いを止めるものは無いかと思われた。


 その時である。


「今です! 出撃!」


 声が響き渡った。

 そして轟く、車両の疾走音。


 村の家々を突き破り、出現したのはゴブリン戦車である。

 それぞれに、後部車両が接続され、何かが積載されている。


「ギギィーッ!!」


「なんだ!? ダークアイの戦闘車両か! この情報は掴んでいる!」


 シュウザーが命令を下す。

 旋風騎士団は、すぐさまゴブリン戦車へと矛先を変えた。


 ゴブリン戦車は、機動力こそ優れているものの、その戦闘能力においてはそこまで大したものではない。

 三人から四人が一組となった旋風騎士団であれば、容易に撃破できるレベルである。

 そして旋風騎士団が陣形を組んだ際の機動力は、ゴブリン戦車をも凌駕する。


 シュウザーが集めた要素の中に、負ける要因などなかった。


「蹴散らせ! この場に大きな戦力はないぞ!」


 村の蹂躙が進んでいく。

 何もかも、全てシュウザーの思うがままだ。

 伏兵であるゴブリン戦車とて、大した相手ではない。






「なるほど、さすがはシュウザー殿ですな……。だが、上手く行きすぎだと思うのは私の心配性なところか」


 ウートルドは一人、村から離れた場所で全景を眺めていた。


 突然、その隣に気配が現れる。


「むっ」


「いや、あなたの判断は正しい」


 その男は、黒いスーツ姿で角とコウモリのような翼を生やしていた。

 メガネを掛け、広げた扇子で口元を隠している。


「むっ、お前は……」


 身構えるウートルド。

 対して、扇子の男は視線だけを一瞬彼に向けるだけだ。


「ご覧頂きましょう。我が策の仕上げを。戦とは兵の頭数と強さのみで行うものではありません。此度の策のテーマは、地の利!」


「策……!? いかん、シュウザー殿!」


「さあ皆さん! 総仕上げです!」


「ギィーッ!!」


 叫び返すゴブリンたち。

 それと同時に、村のあちこちで爆発が起こった。


「なんと!?」


「最近、うちの社長が凝っている武器でしてね。ゴーレムの動力源を不安定化させ、魔力を流し込むことで暴走、爆発させる……つまりは爆弾です」


「爆弾!? なぜ私にそんな話をする」


「ははは。私は策の立案と実行を主とする者ですが、誰にも知られぬまま勝利してしまってはやり甲斐というものが無い。この世界にはSNSもありませんからね」


「何を言って……!」


 そこで、村の方向から何かが崩れていく音が轟き始めた。


「何だ!?」


「村が崩れていこうとしているのです。いや、皆さんが有能で実に良かった。きっと、この村の構造もよく理解しているのでしょう?」


「村の構造……!? 確かこの地下には、ゴーレムを格納する空間があるという情報が……ハッ」


 ウートルドは目を見開いた。

 それなりの数のゴーレムを格納しておくためには、村の地下は広大な空洞でなければならない。

 ただでさえ崖に面した村で、地下に空洞があればどうなるか。


 そして、その上で爆弾という、大きな爆発を起こす劇物を幾つも起動させてしまえばどうなるのか。


「な、なんだこれはーっ!!」


 シュウザーの声が聞こえる。

 村がまるごと、瓦礫の山となって渓谷に向かって崩れ落ちていくのだ。


 ゴブリンたちは、空になったゴブリン戦車の荷車に飛びついて脱出をしている。


「爆弾の積載が終われば、脱出に用いる。資源のムダがない作戦でしょう。そう、ゴブリンと言えど人的資源なのです」


「お前……お前は……!」


 ウートルドは身構えた。

 目の前のこの男、黒瞳王ではない。

 だが、危険だ。

 あまりにも危険過ぎる。


 旧式のゴーレムと、戦闘力の低いゴブリン戦車。そして爆弾という兵器の三つだけで、ガルグイユ四騎士団の一つを瓦解せしめようとしている。

 目の前の男からは、物理的、そして魔法的な脅威を感じない。

 だが、この男の言葉、戦とは頭数と力のみではないと言うことを考えれば……。


「ここでお前を倒す」


「それは叶いません」


 男は笑いながら、舞い上がった。


「させん!」


 木々の幹を駆け上がり、飛翔する男へと飛びかかるウートルド。

 これには、男も目を丸くした。


「おお。あなたは単体でも強いユニットでしたか」


 男がおっとりと、扇子を前に出す。

 それが、ウートルドの振るった剣に当たった。

 高い金属音がする。


 鋼の扇子である。

 護身のための武器だったのだ。


「ちっ!!」


 首を取りそこねた!

 着地したウートルドが頭上を睨む。


 男は笑いながら、遠ざかっていくところだった。


「おさらばです。よろしければ、此度の戦の顛末をガルグイユに知らしめていただければ。いや、こちらからも情報はお流しいたしますが」


「おのれ……!! 魔族め……!!」


 そして、村があった場所には何も無くなってしまっていた。

 地下倉庫があった部分が丸ごと、えぐり取られて消滅している。


 シュウザーも戻っては来なかった。


 旋風騎士団を任せられる程の傑物が、こんな単純な策に掛かって死ぬのか。

 ここまで呆気なく。


 ウートルドは何も無くなってしまった戦場跡を前に、立ち尽くすのだった。

 

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