冒険者としての名声は得られなかったけど、幸せになったよ
ばいむ
あこがれの高階位の冒険者
「すまないな。パーティーとしての活動を考えると抜けてもらうしかない。」
ここ3年ほど一緒に活動していたパーティーメンバーからパーティーを抜けるように言われてしまった。ただこれは仕方がない。すぐには治療できない怪我をしてしまった俺が悪いのだから。
特階位の冒険者。
それは冒険者にとってあこがれのランクだ。
特階位の冒険者になれるのは冒険者の中でもほんの一握りだけだ。もともとの素質に加え、多くの魔物討伐の実績が必要となる。
特階位になれば国から名誉爵をもらうことができて、引退した後は国から毎年慰労金を出してもらえるのだ。慰労金は優階位にも支払われ、優階位だと年間に200万ドール、特階位だと年間に500万ドールくらい出してくれるらしい。特階位での活動期間が長ければさらにこの金額は上乗せされるようだ。一般的に年間30~50万ドールあれば生活できるので破格の金額だ。
冒険者になった人間は誰もがこの階位を目指して日々戦っている。かくいう俺もそのあこがれを持つ冒険者の一人だった。
冒険者とは主に魔物と言われる生物を倒すことを目的とする職業だ。この魔物は倒しても倒してもどこからともなく湧いてくるのでいつまでたってもいなくならない。
ただ討伐を続けていると、徐々にそのエリアには魔物は湧かなくなってくるのでそうやって徐々に人間の生活エリアを広げてきたのである。ただ普通に生活できるようになるには数年~数十年かかることもあり、未だに人間が足を踏み入れることのできないエリアもかなり残っている。いくら討伐しても魔獣の繁殖が早いエリアもあるからだ。
冒険者にはランクがあり、新人冒険者の初階位から並階位、上階位、良階位、優階位、特階位と6段階となっている。俺は13歳で冒険者になってからすでに10年になり、冒険者の中では高位と言われる良階位となっている。
冒険者のランクを上げるには魔物を倒して手に入れた素材を売って実績ポイントと言うものを集めなければならないが、これがなかなかたまらないのだ。10年間結構がんばったのにやっと良階位だからな。
俺の知っている範囲で同じくらいの経歴のやつで優階位になっているやつは一人しかいない。なったやつは他にもいたが、すでにこの世にいないのだ。
一般的にはちゃんと引退するまでに優階位に上がれればいい方だろう。ただ優階位以上で引退するまで冒険者で生き残っている人間は少ない。大半が途中で命を落とすか、怪我でやめてしまうのが現状だ。だからこそ、この特階位となる栄誉を受けられるのは素晴らしいことなんだ。
魔物も強さによって初階位から特階位までランク付けされていて、冒険者のランクはこの魔物が狩れるかどうかの大体の目安になる。
上の階位の魔物を狩ればポイントは多く付くが、下だとほとんど付かない。パーティーメンバーもランクが違うとポイントにならないなどと色々と制約もあるし、試験もあるので昇格はそんなに簡単なものではない。
魔物の素材を売ることで実績ポイントを得ることができるんだが、もちろん報奨金としてお金も一緒にもらうことができる。この素材は食料としてだけではなく、いろいろな装備や道具の材料となっているからだ。
ただ今の俺でも素材を売って得られるお金は1日多くても2000~3000ドールであり、1年365日毎日その額が得られるわけではないので頑張っても年間40万ドールがいいところだ。
素材で報奨金をもらうことができるんだが、それ以外にも冒険者に登録してその階位で決められた実績ポイントさえ稼げば最低限の賃金をもらうことができるので技能のないもの、お金のないものはみんな冒険者になっている。
ほんとに最低限の金額なので月にもらえるのは初階位で2000ドールであり、良階位でも5000ドールしかない。
ただし冒険者が楽な仕事かというとそういうわけでもない。いつでも危険と隣り合わせだし、昨日一緒に酒を飲んだやつが翌日には死んでしまったと言うこともざらにある。最低限の実績ポイントを得るだけでも命を落とす奴らもいるんだ。
死ななくても怪我をして断念した奴らも多く、怪我をしてやめてしまった冒険者の生活は惨めなものだ。怪我をしたからまともな職に就けないのは当たり前だし、女性であれば体を売る商売に就くしかなくなってしまう。怪我の状態ではそれも難しいことになってしまうがな。
それでも貴族への憧れや名声を得たいために冒険者になっているものたちは多く、国も冒険者への支援を色々と行っている。冒険者登録者への初期装備の無料配布や無料講習などがそれに当たる。
初期装備は残念ながら売ることはできないので、いらなくなった場合は返却しなければならない。もしそのままでも鉄くずとしてでも売ろうとしたことがばれると結構厳しい処罰が下されるし、そもそも値段も安いので売ろうとする人も買い取ろうとする人がいないのである。
魔物退治にはよほどの実力者でなければパーティーで狩りをすることが普通だ。前衛として魔物と直接戦うもの、遠距離から攻撃するもの、魔法で攻撃するもの、パーティーメンバーを強化するための補助魔法をかけるもの、怪我を治癒するものとある程度役割が決まっている。
もちろん複数の役割をこなすものもいるし、補助魔法や治癒などは薬で代用する場合もある。ただし薬などはお金もかかるため、あくまで非常用と言うことが多い。
俺のいたパーティーは剣士3名、補助魔法士1名、治癒士1名で、支援職も補助で遠距離から攻撃に加わるという物理攻撃特化のパーティーだった。おれは二刀流の剣士として他の2人と一緒に前衛で攻撃する役割を担っていた。
今回の獲物は土竜という大きなミミズのような魔物で、魔法攻撃が効きにくいため俺たちにはちょうどいい相手だった。あまり現れない魔物で、地面に潜っているので退治にはコツがいるんだが、報酬を考えると美味しい相手だ。
今回もなんとか倒すことができたんだが、ちょっと油断してしまったこともあり、俺は利き手の指を2本なくしてしまったのである。二刀流で戦うこともあるので、左手だけでもなんとか戦うことはできるのだが戦力が落ちるのは当然のことだ。
とりあえず治癒魔法で止血はしてもらったが、欠損部分の再生には、教会で高度な治癒魔法を受けなければならない。普通の冒険者の治癒士は怪我の治療が限度なのだ。
しかし治療するには治癒費用が高い上に治癒をしてもリハビリに時間がかかってしまう。よほどのパーティーでなければ怪我の治癒費用をパーティーとして負担することはない。
そもそも怪我したメンバーの欠損部分を再生するための治癒費用を出せるほど金銭的に余裕のあるパーティーは優階位以上のパーティーくらいしか無いのである。怪我などについては自己責任ということで処理されてしまう。
優階位以上だと、パーティーメンバーの補充が難しいこともあるし、報奨金も結構多くなってくるのでパーティー資金としてお金を貯蓄しているところも多いと聞いている。まあどこまで対応できるくらい貯めているかはもちろんわからない。
このため治癒をするには個人でお金を貯めて治癒することになるが、怪我をした冒険者が魔物退治でお金を稼ぐのが難しくなるため治癒できなくなっているのが実情だ。
それに備えてお金を貯めておけばいいといわれても生活にもお金がかかるし、装備の維持にもお金がかかる。実績ポイントを稼ぐためにより上位の魔物を狩るために装備をグレードアップしていくのでさらにお金がかかるので貯金ができている冒険者はほとんどいない。
優階位や特階位で収入が多くなっても相応の装備を維持するためにその分出て行くので引退するまで個人のお金があまり貯まっていないというのが実情だ。まあ討伐に成功したら飲み食いでお金がなくなるという点は否定できないがな・・・。
結局どうなるかというと、体の一部を欠損したのであれば新しいメンバーに入れ替えると言うことになるのである。このパーティーが3年間も人の入れ替わりもなく存続できたのはかなり珍しいことだと思う。できればこのメンバーと一緒に上に上がっていきたかった。
「とりあえず今回の精算まで済ませよう。」
そう言って狩ってきた土竜を査定に出す。狩った魔物は収納バッグに入れて持ってくるのでかなり楽だ。昔は収納バッグもかなり高かったらしいが、今では初期装備として小さなものはもらえるくらいになっている。小さいと言っても普通のリュックの5倍くらいの容量はあるのでパーティーメンバー全員の分を考えると結構な量を持ち帰ることができるのだ。
査定を終了したところで報奨金のプレートを受け取る。受け取るときにメンバーの人数を言うと、人数分の引き替えのプレートがもらえるのである。このプレートで普通は2000ドールとなる。レベル差があろうとなかろうと、パーティー登録したメンバーの報酬は頭割りだ。
「また縁があったら一緒に戦おう。」
そう言ってから他のメンバーたちは換金をしてまた狩りへと出かけていった。また一緒にと言うのはあくまで社交辞令であり、本気でそう思っている奴らはいないだろう。みんな上の階位になるのを目指すのだから、同情する暇なんてない。
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