Case.8 美しくも悲しき逆転劇

「あれ? ああ……」

 エントランスホールでの戦いの後、私は気配がする方へと向かったのだが……そこでひしゃげた電子ドアを見つけた。

「沙良かな。それとも関口刑事かな……出口をふさがれるのは嫌なのは、わかるけど……これはひどいですね」

 しかし、破壊されたままのほうが何かと都合がいいので、そのままにして、スタッフルームエリア兼従業員住み込みフロアへと進む。

「大分、黒幕への気配が近づいてきたようだが……あ」

 見ツケタ……。

 夏だというのに、凍えるような冷たさを持つ今回の黒幕。

 赤染様の配下、赤の眷属。そのまんまのネーミングセンスには少し物申したくもなるが、これ以上ない体を表しているので、悪くないのかもしれない。

 私は手に持つ相棒こと、委龍剣を一振りする。




「うわぁぁあああぁぁああああ! 助けてぇえええぇえ!」

 管理人室では容赦ない探索していた関口を、現実に戻したのは、こんな悲鳴だった。

「あ?」

 しかし、関口にはその声に聞き覚えがない。

 なぜ、こんな声変わりする前の少年のような声がフロア一帯を響かせているのか。

 奇妙だ。

 しかも、この悲鳴……胸の奥から尋常じゃないぐらい、むかむかする。

「それでも、助けを求めているからな……」

 この時、関口は直感ではなく、お役目のほうを重視。探索をいったん切り上げ、状況を確認するを選択した。

 そのことによって、彼は信じられない光景を目にすることになるのだが……結果的に考えれば、お巡りさんの職務に対する忠実さは、正気のやさしい世界を救うのである。



「ん?」

 探索をいったん切り上げ、廊下に出た関口が真っ先に目にしたのは、シャツの一部を……右肩を露わにした沙良だった。

 沙良の見た目から、そういう扇情的な服を好んできてもおかしくはない。だが、関口は眉をしかめるのは、彼女の服装ではない。

 彼女の後ろ右肩にある金色の竜だ。

 まるで生きているかのように躍動感のあって綺麗なこの刺青。

 確かに沙良によく似合っているが、インストラクターの仕事をしているのに、しっかりと彫るか?

 仕事中はダイブスキンスーツを着ているのだから、めったに見られることはないだろうが、接客業の人間が彫るというのは、好ましいとは思われないだろう。

「あ、刑事さん。探索が終わったのか」

 沙良は自身がジロジロ見られているのを気にせず、フレンドリーに声をかけてくる。

 まるで関口の心情なんか気にならないというか、気にもしていないというか。

 強面の刑事の視点なんか、全く怖くない。

 むしろ、一丁前に睨んでいるのが、なんか微笑ましいと思っている、強者の余裕そのものだった。

 ゾクリ。

 沙良のにこやかな微笑みの意味を知ってしまった関口は、全身の震えが止まらくなった。

「沙良、お前は……」

 さらに、関口は気がついてしまった。

 金色の竜の刺青は、かも助のソレとよく似ている……いや、似ているなんてものではない。

 たしかに、かも助こと地元の偉人が彫っていたこともあり、縁起ものとして、夢寐委素島ではこういう青波様の姿を体に彫る文化は廃れていない。

 熱心な地元の信者は直接肌に彫ることが多いぐらいだ。

 地元愛は世間一般な常識を覆すことも多々ある。

 だが、それも現代風のデザインの龍であり、沙良の刺青のような昔なじみのものではないはず。

 いや、沙良の刺青のような精巧すぎる龍を手掛けられる職人がいるのか。

 いるわけがない。

 そもそも、これは刺青なんて軟なものではない!

「……刑事さん、気がついたのか。伊達に幻想怪奇事件に何度も立ち向かったわけじゃねぇようだな……」

 東海林沙良という仮面が外れかけた……その時だった。

「助けてぇ、そこのおまわりさぁああん!」

 廊下に響き渡っていた汚い悲鳴を上げていた張本人が、関口の足元に飛びつく。

「お、お前は……」

 関口はあまりのことで言葉を失いかけた。

「久しぶりのシャバで調子に乗っていたことは謝ります。実験しまくったことも反省してます。十六年前に召喚に応じたのも、我が柱の暇つぶしというよりも、一眷属であるワレがおこがましくも、愉悦に浸るためにだけやってきたことも認めます。すべては、人間どもを嬲りたかったという自己中心的な考えでやりましたぁああ!」

 関口の足元に引っ付いているのは、雪だるまだった。

 季節外れにも程がある、見た目はファンシーではあるが、中身は直属の神、赤染と大差ないぐらいの真正のゲス。

 赤の眷属だ。

 普段なら邪悪な化身にふさわしい邪な期待に満ちていた顔で、口の端を吊り上げ、あざ笑う。

 絶対悪、そのもの。

 だが、今回は違う。

 死にはしないだろうが、生物として恐怖ゆえに、所かまわずなりふり構わず、いつもなら首を垂れることもない人間相手に懇願しているようだ。

「って、赤の眷属、お前が助けを求めてくるんかい!」

 関口がまず邪悪な化身にしたのが『つっこみ』だったのも仕方がないだろう。







「あ、関口刑事に、沙良……ちょうどよかった」

 私は生き残っている二人に声をかける。

 関口刑事の足元にあるのはちょうど先ほど私が取り逃がしてしまった、黒幕がいる。

 何やら、生き汚くも、刑事という職種の人間に頼って、私の怒りと憎しみを和らげようとしているようだが、そうはいかない。

 ここは素直に手渡してもらえるように、交渉しないと。

 私は今生で培った、探偵としての言いくるめと、この整った容貌を武器に、説得を試みる。

 その姿は険しくも愁いを帯びた瞳で、残酷なほど美しくも、悲しかったと、関口刑事は後に語ってくれた……。

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