幕間劇 エピソード2
前後逆転しようが、広い意味にすれば、音楽そのものを指す言葉。
私たち双子の名に一字ずつ入っている言葉であり、両親が音楽関係で成功しますようにという願いが込められている。
だが、私たち双子は平凡だった。
両親やご先祖様に申し訳ないが、私たちにはこれといった特異的な能力もなければ才能もなかったのだ。
それどころか、平均以下。人並みでもついていくのは大変だった。
追い越されて、抜かれて、嫉妬さえ感じられなくなるぐらい自尊心はズタズタになった。
それでも、重圧がかけられ続けた結果、修復不能なぐらい音楽に無関心になった。
好きどころか、嫌いにもなれず、ただ音が煩わしい。
妹なんかは家を出てまで逃げたほどで……。私は家から出る勇気も気迫も、心が折れていたのでできなかった。
ただただ、妹をうらやましいと思いつつ、妹が無事であることだけを願っていた。
だが、そんな願い事をしたって無駄だった。
妹は……妹が潜伏していた歓楽街で密かに騒がれていた、殺人鬼の魔の手によって帰らぬ人になったのだから。
両目をえぐり取られ、内臓を、臓物を、すべて外界にさらけ出させた状態で殺されたという。
しかも、生きたまま。
ご丁寧に部屋中に肉食系の蟲をばらまき、生きたまま喰わせてもいた。そのため、死亡時間と犯行時間が大幅にずれていると仮定されている。
どれほどの悪鬼ならば、そんなことが出来るのか。思いつくのか。
あまりにもひどい状態ゆえ、人伝でしか聞かされていないが……惨いことをする。
妹を恨む人間は大なり小なりいるだろうが、ここまでする必要はないだろうが……。
妹をこんな形で失った私は、完全にふさぎこんだ。
もともと大した素質もない私だ。両親も惜しくはない才能だった私を慰めはするものの、音楽関係の期待はもうしていない。
ただ、生きてくれればいいと。
妹のような死に方をせず、守られて……まぁ、孫ぐらいは見せろと。
おそらく、我が家代々続いているという音楽の才能を孫に期待しているのだろう。
滑稽だった。
だが、もう私にはそれぐらいの価値しかない。自分でも諦めがついている。
だが、妹をあんな形に失っていることもあって、一年ぐらいは喪に服したほうがいいと、いうことで実際はまだ何もしていない。
あとは、まぁ……外に出るのが怖くなった。
外では苦手な音楽が耐えず鳴り響き、妹を殺した殺人期は捕まっておらず、うろついているのだ。
精神的にも物理的にも重圧を受ける。
嫌だと思わないほうがおかしいだろう。
ひどいころは一人で外にも出歩けないほどで。
品行のためと黒く染めていた髪も、本来の茶髪に戻っていった。
くすんでいる、似合わない茶髪。
安い染料でもここまでまだらな色にならないだろうと、言われたこともある。
だからこそ、天然なのかもしれない。
外に出ないことで、今まで無理やりにでも気飾っていたものが薄れていく。
ある日、鏡を見れば、背伸びして伸ばしてきたものが一切消えた私が写った。
これが私なのかと、目を疑ったこともあるが、本来の私は、地味で、何もない人間なのだと思うと、妙に納得できた。
だが、今日は外に出なければならない大事な日なので、似合わなくても、場にふさわしい格好をしなければならない。
そして地味になったことで、逆に目を引かれずにすんだ。
ちくはぐな色使いだろうと、妹の死で悲しみに暮れているというウワサのおかげで、遠巻きにもされている。
騒がしい会場だというのに、静かな空間だった。
「あれ、律子君?」
死んだ妹の名で私を呼んだのは、桜井先生だった。
浮世離れした作家先生。
私に後に愛とは何かと教えてくれるお方ではあるが、この時はまだ最悪な出会いでしかなかった。
言い方を変えれば、出会いが最悪だったからこそ、これ以上悪くなることはなかったのかもしれない。
……今日という日が来るまでは。
(桜井、先生……)
先生は私を置いて死後の世界へと旅立った。
妹と同じく殺人鬼の魔の手によって。
そして、私も殺人鬼の魔の手によって、この命が終わろうとしている。
妹と同じように目をえぐり取られ、痛くて、怖くて、猿ぐつわをされているとわかっていても声を出そうと暴れた。それが癪に障ったのか。それとも、もともとその予定だったのか、殺人鬼はさらに私に下部から首元まで、焼けるような熱さと痛みを与える。
内側が熱いのに寒い、痛い、苦しい。
寒い、痛い、苦しい、寒い、痛い、苦しい、寒い、痛い、苦しい、寒い、痛い、苦しい、寒い、痛い、苦しい、寒い、痛い、苦しい、寒い、痛い、苦しい、寒い、痛い、苦しい、寒い、痛い、苦しい、寒い、痛い、苦しい、寒い、痛い、苦しい、寒い、痛い、苦しい、寒い、痛い、苦しい、寒い、痛い、苦しい、寒い、痛い、苦しい、寒い、痛い、苦しい、寒い、痛い、苦しい、寒い、痛い、苦しい、寒い、痛い、苦しい、寒い、痛い、苦しい、寒い、痛い、苦しい、寒い、痛い、苦しい、寒い、痛い、苦しい、寒い、痛い、苦しい、寒い、痛い、苦しい、寒い、痛い、苦しい、寒い、痛い、苦しい、寒い、痛い、苦しい、寒い、痛い、苦しい、寒い、痛い、苦しい、寒い、痛い、苦しい、寒い、痛い、苦しい、寒い、痛い、苦しい、寒い、痛い、苦しい、寒い、痛い、苦しい、寒い、痛い、苦しい、寒い、痛い、苦しい、寒い、痛い、苦しい、寒い、痛い、苦しい、寒い、痛い、苦しい、寒い、痛い、苦しい、寒い、痛い、苦しい、寒い、痛い、苦しい、寒い、痛い、苦しい ……。
グチャグチャっとされたときには、苦悶と恐怖で声も出せなくなっていた。
いや、もう……声は物理的に出せないのだろう。
猿ぐつわを取り外されたのは、声帯と思わしき場所が切り刻まれたからだ。
そして、あとは妹のように嬲り殺されていると、頭のどこかで理解した。
私は……終わる。
しかも、惨たらしく殺されて終わるのだ。
──だけど、ただ殺されるのはちょっと嫌だった。
何も残さず、何も伝えずに死ぬのは……ね、殺人鬼さん。
私はあなたのことはわからない。だけど、先生が先に殺された理由だけはわかったような気がする。先生の日記が、あなたの正体をつかむ手掛かりになるのでしょう。
桜井先生が、取り寄せを仕出した殺人鬼の資料。
あれこそが、あなたの狙いだって当たりをついているのだから……。
何もわかっていない私だけど、抗わせてもらうわ。
これが凡人なりの、最後の抵抗よ、って……探偵さんの推理を耳にした私は口元を緩ませた。
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