ヴァチカニアの神殿騎士と森の妖精の物語
藻知
第0話:プロローグ
樹海の奥へと続く、大地から隆起した断崖
大いなる大地の爪痕
樹海は断崖によって上下に分断され、翼あるものだけが往き来を可能とする
断崖を縁取り、寄り添うように流れる穏やかな大河
流れを感じさせないその緩やかな大河は、世界の屋根リートシュタイン山系から流れる
山の海から生まれた大河は多くの生命を育む
大河の
ランス王国の西端、ラーディン領のイーガン村
断崖と大河のわずかな狭隘の土地に、ひっそりと佇む小さな村
石造りの小さな家々は、白く濃密な霧の中に眠る
音さえも飲み込む霧の中で
◇◇◇◇◇
早朝、メアリーは肌寒さで目を覚ました。
まどろみながら虚空を見るとはなしに見ると、室内はまだ暗く「まだ夜なのか」と錯覚してしまう。いつもなら鎧戸の隙間から陽の光が射し込んでくるのだが。
(そうだわ……昨晩から大霧だったわ)
そう、今日は月数回ある大霧の日。
大河の向こうに広がる『 霧の森 』から、深く、濃い霧が流れ込み、すべてを白く飲み込む日だった。大霧は丸一日続くことが多い。今回の大霧は昨夕から始まったから、まだ霧が続いているのだろう。
メアリーは上着を羽織ると、隣で眠る夫の寝息を聞きながら窓ガラスを開け、鎧戸を開ける。
(ああ、やっぱり凄い霧だこと)
窓の外は見事な霧だ。
ただただ白い、真っ白いだけの世界。
細い路地を挟んで向かいの家が白くぼやけている。この村にきて数年経つけれど、やはり中々慣れない。吸い込むとせき込みそうになるし、じっとり濡れて寒くもなるから、鎧戸だけ開けてガラス戸は閉める。さあ食事の準備をしなくては。
ダイニングへ向かい、その鎧戸も開けると僅かに明るくなる。メアリーはこのダイニングが好きだった。薄いレンガを何層にも積み重ねた壁にはタペストリー代わりの飾り布をかけて。作り付けの棚には保存食の瓶、さらには生活雑貨を並べて。アクセントにドライフラワーや緑の鉢植え。見せる収納が調度品のようで独特の雰囲気を生み出す。
夫がこの領での仕事に就くまでは納屋のような家に住んでいたから、本当にうれしい。
(さあ、子供部屋の鎧戸も開けなくちゃ)
メアリーは夫婦の寝室横の扉を開けた。と、その瞬間。
モワアア……
「え!?」
霧が! 子供部屋を霧が覆っている!
「え!? 何で!?」
慌てふためくメアリー。子供部屋はベッドの位置もうっすらとしか分からないほど、白い霧に覆われている。メアリーは娘の名を叫ぶ。
「ケイティー!? 窓を開けたの!?」
しかし返事はない。「ケイティー!?」 名前を呼びながら、手探りで窓に行くと、ガラス戸も鎧戸も開け放たれている。ガラス戸を閉めると今度はベッドへと向かう。
「ケイティー!?」
ベッドに着けば、誰もいない。
布団はぐっしょりと濡れ、重く染み込んでいる。
「ケイティー!?」
叫びながらベッドの下を見たり、収納庫を見たり、トイレにいないか見たり。
慌てふためくメアリー。何が起こっているの!? 慌てて夫を叩き起こして事情を説明する。
「ええ!? トイレじゃないのか!?」
「トイレにもいないのよ!」
真白い霧の中、探しに行く夫婦。早朝の迷惑など考えていられない。大声でケイティーの名を呼ぶ。
「ケイティー!」「ケイティー!」
すると、別のところからも、別の子供の名を呼ぶ大人の声が響く。
「リエラー!?」「リエラー!?」
そう、村の入り口付近に住んでいるマルガの娘リエラーもまた、いなくなっていたのだ!
だが、それだけではなかった。陽が出てから分かった。
もう一人、十二歳の少年ロッドがいなくなっていたのだった。
それが、始まりだった──
◇◇◇◇◇
神に
その世界には三種の霊威が存在した
善良な奇跡の霊威『 聖霊 』
邪悪な奇跡の霊威『 邪霊 』
善でも悪でもない奇跡の霊威『 精霊 』
実体を持たない霊威たちは、生命と肉体の世界『 物質界 』を造り、多くの生命を生み出した
集団として生態系を支える生命の動物や植物
個として完結した生命の幻獣や魔獣
精霊の力と繋がりを持つ妖精や妖魔
聖霊、邪霊の力と繋がりを持つ人間や亜人、獣人
物質界には生命が溢れ、それぞれの役割を全うした
人間の住む世界には多くの国が興り、人々は慎ましくも穏やかに暮らしていたが、邪悪な存在、不可思議な存在がひき起こす不可解な事件、<怪異>に悩まされていた
聖霊信仰の中心、法王庁ヴァチカニアは聖霊の奇跡『 聖魔法 』を駆使し、剣技と融合させた聖剣技を操る聖戦士『 守護騎士 』を組織した
そしてその中からさらに不可解な怪異を解決する特殊な騎士『 神殿騎士 』を編成し、怪異解決の任を与えた
この物語は、一人の若き神殿騎士コークリットのお話
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