空いた気持ち

学校についた頃には、下校時刻は過ぎていた。誰もいない廊下は僕の足跡だけが聞こえる。教室の前に立ち、一度大きく深呼吸をした。いつもより重みのある扉をゆっくりと開けると窓を掃除していた担任がゆっくりと振り返り、優しく微笑んだ。

「来ると思ったよ」

「すみません。こんな時間に」

「いいよ。追いかけることは出来なくても、待つことは出来るからね」

優しく微笑みながらもカッコ良さそうな事を口にする担任を見て、少し頬が緩んだ気がした。

「体験談か何かですか?」

茶化すかのように問いをぶつけた。するとさっきまでとは違い、真面目な顔つきになり口を開いた。

「あるよ、何回も。人間はそうやって色々と諦めて成長していく」

諦めて成長していく‥‥か。

「でも、君たちは違う」

「え?」

「今は秒針が止まり、『時間』という長針だけが回っているのかも知れない。でも秒針が再び動き出したら、すぐに追いつき、追い越せる。それが心の時間と言うやつさ。」

「偉人の言葉って感じですね」

「だろ?だから、この言葉を流行らせて私を有名人にしてくれよ」

そう笑いながら日記を渡してくれた。

「ありがとうございます」

そう深く一礼して僕は教室を後にした。




 家に帰ってすぐは日記を読む勇気は出なかった。ひどく残酷な結末があるのではないかと思うと読めなかった。

 今思うとたった半年近くの思い出。それがこんなにも僕の人生を彩ってくれていたのだと思うと不思議と恐怖は無くなっていった。

 やっと勇気が出て、日記を開いたのは次の日の昼間だった。

 日記は僕とは違い、とても綺麗な字で丁寧に書かれていた。


4月8日

『今日から日記をつける。私と春樹の日記。春樹は嫌そうだったけど、絶対親友と呼べる仲まで仲良くなってやる。』


そんな感じで書かれた日記は旅行の日まで明るく書かれていた。

 

 旅行の帰宅後に書かれたであろう事に僕は言葉を失う内容を目にした。


 『病気が治った。よく分からないけどそうだと思う。泣いているのに記憶がある。とても辛い。これからどうしたらいいかが分からない』


病気が治った‥。僕は日記上にある現実を受け止められなかった。何で泣いたのかは何でもいい。喜ぶべきであることなのに、何故か僕も辛くなった。

 ページを一枚まくった。花火のことが書かれていた。


『嬉しかった。春樹が私をそんなふうに思ってくれているなんて。でも嬉しいとは逆に悲しくもなった。打ち明けるべきか、どうか。春樹は優しいから一緒に居てくれる気がした。でも私といると春樹が不幸になってしまう気がした。そう考えていたら、涙が出てきた。服で隠したけど、バレたかもしれない。いや、バレたほうがお互い楽になるかも知れない。でも私にはこの関係を断ち切ることは出来なかった』


なんで‥


『文化祭の決め事に口を挟んだら橋本さんから反感を買ってしまった。それから変な嫌がらせを受けた。水をかけられるなんてアニメの世界だけだと思ってたけど本当にされるなんて思わなかった。服が濡れて出てきた私を先生が心配そうに見てた』


なんで‥


『急にお父さんから電話があった。引越しの手続きは済ませたとだけ言われた。学校も転校することになった。携帯も取り上げられて私は何もすることが出来なかった。何やら学校からいじめられてると思われていたらしい。春樹に会いたい。でも会わないほうがいいのかもしれない。これもまた運命ってやつなのかな。学校に挨拶に行くときに、お父さんにバレないように日記を渡すつもり。だから届いて欲しい』


それを最後に日記は終わっていた。それからは何も書かれていない。静かに日記を閉じた。


 なんで言わなかったんだ


 日記を持ち上げた時に一つの便箋が落ちた。








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