優しいモノノ怪

ねるこ

優しいモノノ怪

貴方が好きだ。

だけど、私は貴方のことを何も知らない。


彼は丘の上のクスノキの下に佇んでいる。


いつも電車の窓から夕陽の中に人影を見つけると、駅のホームを飛び出して、丘を駆けた。


私は学生カバンを揺らしながら彼に会いに行く。


「また、来たのか?」


「何よ、図々しく通う暇なやつって言いたいわけ?」


彼はにんまりと笑うだけ。


「今日は、珍しいお菓子を持って来たの」


鞄から包みを取り出すと、飴色の包装紙を開いて見せた。


「新作だそうよ」


「小倉をまぶしたドーナツだろう?」


「っ、もう噂が広まってるのね。ほら」


不格好に割れた片方を差し出す。


「いらないの?」


彼はドーナツをしばらく見つめた後、無言で受け取った。


「お前も物好きなやつだ。自分で言うのも何だが、こんな怪しいやつに会いに来るなど」


まあ、確かに。


隣に腰掛ける男は、時代錯誤な着流に、腰には立派な刀をさしている。


でも。


「貴方は、悪い人ではないわ」


だって、本当の悪ならば他にもたくさん……。


震える身体を抱きしめる。



若葉の香りが鼻をくすぐり、気づけば秀麗な顔が目先にあった。


「また、殴られたのか?」


彼は優しく制服の袖を巻くしあげ、

赤黒く変色した私の腕をさする。


熱を帯びた傷痕に、ひんやりとした彼の手が心地よい。


「隠してたんだけどな」


「ここに来る時はいつも、目が腫れているからな」


思わずこぼれた涙は彼に拭われる。


「無理するな」


ささやくような声は鼓膜をくすぐった。


「やっぱり貴方は、悪い人じゃない」


ふわふわの生地を噛むとほのかな甘味が口いっぱいに広がる。



どこかから、鐘の音が流れてきた。


私は慌てて立ち上がる。


「行かなきゃ」


「もう、ここには来るなよ」


別れ際にはいつも、彼は眉間にシワを寄せて渋い顔をした。

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