第6話 熊殺しのウェイン
「い、いや、それはダメなんです!」
「え、何で?」
バルカスに熊を殺してはいけないと言われたウェインは考え込んだ。
そしてバルカスは続ける。
「その、キャンプとは自然回帰ですから、食糧が無い時以外は生き物を殺すなんてもっての他なのです」
「……自分が襲われてもか?」
「そ、そうです。剣やナイフなどは使わずに、素手で倒してそっと森に返してやるのです」
「素手だと……!?」
「そ、その通りです! (――素手は流石に無理があったか!?)」
しばらく沈黙したウェインだったが、じっとバルカスの顔を見つめて再び口を開いた。
「素晴らしい考え方だな! そうか素手なら熊にも傷が付かないかもな! ……いや、でも待てよ。素手となると相当苦戦する事になるだろ?」
「それでも素手で熊は追い返すべきなのです! (こいつマジかよっ、苦戦とかのレベルじゃねえんだよ!剣を使ったって、熊が相手なら即死するだろがっ!)」
「……そ、そうか。本当のキャンプとは相当に過酷な物なんだな」
「そうなんです。だから生半可な気持ちではキャンプは出来ないのです。とりあえず無理はせずに屋敷に帰った方がいいでしょう」
「いや、俺は師匠の言葉に感銘を受けたんだ! 熊を素手で倒せる男になってみせるさ!」
「ええーっ? そ、そんなの無理ですって!」
「え、だって師匠はそれが出来るんだろ?」
バルカスはウェインのもっともな問いかけに、ギクッとした。
(ま、まずいぞ! ここは何と返答するべきか!?
熊を素手で倒せるって言ったら、「マジか! ぜひそれを見せてくれ!」って言われるだろうし。
考えろ!考えるんだバルカス!
こんな奴に四六時中付け回されてたまるか!
頭を回転させろ! 俺はそうやって生き残って来たじゃないか!
でも時間がない! ここで沈黙が長引けば奴に嘘だと勘繰られるに違いない!)
そしてバルカスは言った。
「わ、私は熊と友達になる事が出来ます」
バルカスの言葉に、ウェインは口を開けたまま絶句した。
「それが、キャンプを極めた者の極意なのです」
真剣な眼差しで語るバルカスを前にし、ウェインはさらに口を大きく開けて呆然としている。
し、しまった、何かとんでもない事を言ってしまった。
こんな嘘は子供にだってバレるだろがっ!
何でこんな事を口走ってしまったんだ!?
バルカスがそんな風に自分を責めていると、ウェインは静かに話し出した。
「……俺はバカだった。帝国の一領土を治めたくらいで有頂天になっていた。家臣に裏切られるのも当然だ。世の中にこんな凄い人がいたなんて!」
「……え!?」
「世の中に機械や銃が現れて近代化が進む中、俺は大切な何かが失われていくような気がしていたんだ。でもそれを言葉に出来なかった。でも師匠はそれをはっきりと言葉にしてくれた」
「え!?……え!?」
「本当のキャンプ―――原点回帰。俺は自分の行くべき道がはっきりと見えた。師匠には何と言ってお礼を言うべきなのか俺には分からない。でも本当にありがとう!」
帝国の一領主であるウェインが、帝国に雇われたに過ぎない中年の傭兵に深々と頭を下げた。
「あ、頭を上げてくださいウェインさん!」
「ありがとう師匠! 本当にありがとう!」
「そ、そんな……(何なんだよこいつは!? どうしてそうなるんだよ!?)」
やっと頭を上げたウェインは、にこっと笑うと嬉しそうにバルカスに告げるのだった。
「よし、これから熊を探しに行って、素手で倒せるようになってみせるぞ。まあちょっと時間がかかるかもしれないが、待っていてくれ師匠!」
「……え!?」
ウェインは走り出し、その姿は夜の森の暗闇にあっという間に消えていくのであった。
♨♨♨
「まったく世の中には凄い男がいたもんだ! まさか猛獣と友達になれるとはな! 俺もまずは素手で熊を倒せるようになろう。やはりどんな分野でも『基本』は大事だからだな」
ウェインは闇夜の森の中を走っていた。
しかし、1時間、2時間と熊を探し回ってもその姿は見えない。
「う~ん、熊は確か夜中でも活動しているはずなんだが。こちらを警戒しているのか? ……ていうか、流石に疲れて来たな」
熊を探して走り回ったウェインは、森の茂みの中に仰向けになり休憩する事にした。
すると一日の疲れが一気に出て来て、ついうたた寝をしてしまうのだった。
しばらくの間、ウェインがいびきをかいて眠っていると、異様な殺気を感じ取ったのですぐに彼は飛び起きた。
すると獰猛そうな大型の熊が3匹、ウェインの周りを取り囲んでいたのだった。
「くっ……3匹か! やはりキャンプ道とは険しいものだぜ!」
ウェインが身構えると、一番近くにいた熊が鋭い牙を剥き出しにして、ウェインに襲いかかった。
ウェインは咄嗟に真横に飛んで熊の一撃をかわす。
すぐに懐の剣に手を伸びるが、バルカスの言葉を思い出した。
「素手で追い払い、自然に返してやるのです。……やるのです。……やるのです(エコー)」
ウェインは剣から手を離し、渾身の右ストレートを熊のみぞおちを狙って叩き込む。
――――グゥべエェエェエーっ!!
悶絶したような声を上げた熊だが、すぐに体制を整え反撃に出る。
がしかし、ウェインも抜群の反射神経で間一髪の所で熊の爪をかわす。
「マジか!? 俺の右ストレートを食らって倒れなかったのは、お前が初めてだぞっ!さすが熊だな!」
残りの2匹は、戦いを静かに見守っている。
しばらくウェインと熊の死闘は続くが、だんだんとウェインのスタミナが無くなっていった。
「ハア、ハア……。俺をここまで追い詰めるとはな。お前こそ熊の中の熊だ! こうなったら奥の手を使うしかねえ!」
ウェインの奥の手とは「怒りの力」だった。
彼は思い出していた。
信じていた家臣ギルトンの裏切りを!
正室アデルが、ずっとウェインには指一本触らせないでいた事を!
そしてその2人はデキていた!
自分は辺境の地に追放された!
「……あいつら~、俺のいない所でええー、イチャ付いていやがったなあああぁぁぁあああーっ!」
怒りの力がウェインに宿った。
とてつもない殺気を感じ取った熊に、本能が告げていた。
――――やべえ、こいつは危ねえ奴だっ! や、殺られる!!
熊は咄嗟に逃げる!
がしかし、ウェインは超人的な脚力で大地を蹴り、今にも熊に追い付きそうだ。
――――な、何なんだよコイツはっ!? 人間のくせに熊に戦いを挑むなんて、狂ってるだろ!?
「うおぉぉおーっ! ギルトンっ、てめえは地獄に落ちやがれえぇぇぇえーっ!」
ついにウェインは、猛ダッシュで逃げる熊に追い付いた。
そして、熊の背中に飛び乗り、両腕で熊の首にチョークスリーパー(首絞め)を決める!
――――ふ、ふざけんな! コイツは熊の最高時速は50kmだって知ってんのかよ! それにギルトンって一体誰なんだよ!?
チョークスリーパーをウェインにガチ極めされた熊は、どうにも堪らず前足でウェインの腕を2回叩く。
だが怒りで我を無くしたウェインは、熊のギブアップのサインに気付かず、そのまま熊の首を締め上げ、熊を完全に落としてしまったのだった。
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