第4話 森の中のスパイ
ウェインは今、森に囲まれた湖畔に来ている。
領主邸から森の湖畔まで歩いて30分ほどかかったが、ウェインはギルトンやアデルの裏切りを思い出しては、激しい憎悪で体を震わせながら歩いて来ていた。
「許さねえぞギルトン、アデル! 平民出だから俺が気に入らなかったのか! ふざけるなよクソ領民ども! 戦の無い時こそ有事に備えて徴兵するべきだろうがっ! 平和ボケしやがって、何が近代化だっ!」
ウェインは怒りを湖畔の木々達にぶつけて、その太い幹に拳を打ち付けた。
次第にウェインの拳は自身の血で真っ赤に染まっていくのだった。
そしてその様子を、木陰に隠れてじっと見ていた中年の男がいた。
「あ、あいつは新しい領主のウェインじゃねえかっ! 何だってこんな森の奥まで1人で来てるんだよ!?」
中年の男の名はバルカス。
実はこの男、ウェインを裏切ったギルトンとアデルの手先だった。
バルカスはギルトンに命令され、辺境の地で苦しむウェインの状況を報告するように言われていた。
そしてギルトンに敵対するような事を始めたら、「殺してもいい」とさえ言われている。
ウェインは血に染まる拳を気にせず、まだ大木を激しく打ち付けている。
すると、ついにその大木にヒビが入り、心なしか大木が少し傾いて来ているようだった。
「何だあいつ!? なんかすげえ危ねえ奴なんじゃねえのかっ!?」
バルカスはウェインが放つ狂気に背筋が凍るようだった。
「誰が危ねえ奴なんだ?」
「う、うわああぁぁああーっ!?」
驚いた事にバルカスの背後には、いつの間にかウェインが立っていたのだった。
「オヤジ、こんな所で何してんだ? 暇なのか?」
「い、いやその、……私はちょっと森林浴をしていたんですよ、そう森林浴!」
「何!? 森林浴だと!?」
「そ、そうです! 嘘じゃないですって!」
バルカスの顔を間近でじっと見つめるウェイン。
それを見て、背筋がますます凍りつくバルカス。
「か~、いい趣味してんじゃねえかオヤジ!」
「へ!?」
「やっぱ大自然はいいもんだよな~」
「そ、そうなんですよ! 私も自然が大好きで!」
何とか誤魔化して一安心したバルカスだったが、再びウェインは大木を拳で激しく打ち付けるのだった。
「うおらああぁぁああーっ! くたばれ、ギルトンっ!!」
大木はミシミシと音を立て始める。
「あ、あ、あの……、ちょっとお兄さん!!」
「あん? 何だオヤジ?」
「あの、やはり自然は大事にしないといけないのかなって……」
「何……!?」
「いや、ご、ごめんなさい!」
再びバルカスの顔を覗き込むウェイン。
引きつった笑顔を浮かべるバルカス。
「……そうだな。あんたの言う通りだ。ちょっと木が可哀想だったな」
「そ、そうでしょ!?」
「ああ、俺はダメな奴だな。木に当り散らすなんて」
「い、いや、そんな事ないですよ。誰にでも嫌な事ってあるから……」
「オヤジ、いい事言うな。……そうなんだ、俺はちょっと嫌な目に合わされてな。相手をぶっ殺してやりたいと思っていたんだよ」
ウェインは怒りに満ちた表情を浮かべる。
まさに鬼の形相だとバルカスは思い、足が震え出した。
「お、お兄さん、ま、まあ落ち着きましょう!」
「……あ、すまんすまん。つい色々思い出してな」
「いえいえ、そ、それより周りの大自然を見て下さいよ」
「……そうだな。せっかくいい所に散歩に来たんだからな」
ウェインはバルカスに促され、大地に寝そべってどこまでも続く青空を見上げた。
空高くそびえ立つ針葉樹。
どこからともなく聞こえてくる、鳥達のさえずり。
そして優しい風が、ウェインの顔や体を通り過ぎていった。
「ど、どうです? 素晴らしいでしょう?」
ウェインは言葉を失ってしまった。
あまりに大自然が美しく、優しかったからだ。
「……俺はちっぽけな男だな。あんな下等な奴等に腹を立てて」
「そ、そうそう、腹を立てていたら、この大自然は楽しめませんからね!」
「そうだな。……それにしても心地いいな」
「そ、そうなんです。大自然は誰に対しても平等ですから!」
しばらくウェインは大自然を見渡していた。
――――そしてバルカスは思った。
……ふう、ウェインの奴、ようやく落ち着いてきやがったか。
まったく危ねえ奴だよ。俺まで殺されるかと思ったぜ!
バルカスがそう喜んでいると、ウェインが何やら鼻をヒクヒクさせて何か臭いを嗅いでいるようだった。
「何だこの匂い? 何か食欲を刺激する匂いがするな」
「あ、ああ、それは私が魚を焼いている匂いですよ。良かったら食べますか?」
「何!? いいのか!?」
「も、もちろんですよ。すぐそこですから来て下さい」
「悪いなオヤジ」
「いえいえ、遠慮なく召し上がって下さい!」
ウェインはバルカスの野営場所に案内された。
そこには、枯れ木などを使った手作りの寝床、河原の石を積み上げた釜戸があった。
釜戸には串に刺さった魚が焼かれている。
ウェインはバルカスに勧められるがままに、焼魚を思いっきり頬張った。
すると口いっぱいに脂の乗った焼魚の旨みが広がった。
「旨いっ、めちゃくちゃ旨いぞ!? 何だこれ、特別な魚なのか!? 」
「いえいえ、普通の魚を焚き火で焼いただけですよ」
ウェインはしばらく食べていなかった焼魚の味に、深く感動したのだった。
「大自然の中で食べれば、普通の焼魚でもご馳走になるもんですよ。はは……」
「な、なるほど! あんた凄い人なんだな!」
「そ、そんなとんでもない。……あっ!?」
バルカスが気が付くと、ウェインはバルカスの分の焼き魚も食べていたのであった。
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