第217話 ハルカの努力

 何度も何度も練習し、いつの間にかうっすらと空が白み始めていた。


「どうかな? 私の姿と気配、消せてた?」


 姿は鏡を使えばわかるが、気配はマキアスに探ってもらわねばならない。だからハルカは何度も確認していた。

 そしてようやく、マキアスが頷いてくれた。


「やった! あとはカイルの居場所を聞き出さないと……。もう私が何もできないと思ってるから、エミリアさんは教えてくれるはず。それと……」


 城の中といっても広すぎるので、闇雲に探してもきっと見つける事はできない。だからどこにいるのか確認が取れ次第、ハルカは姿を消してそこへ向かおうとしていた。

 けれどふと、思い留まる。


 カイルを助けたいけど、私が行ったところで、足を引っ張るかもしれない。

 それならいっそ、ルイーズに直接話した方がいいかもしれない。

 一時的にここから逃げられたとしても、ずっと追われる身になるのは目に見えてる。

 それに、ルイーズ達の目的も、私の目的も、一緒だよね?

 この世界の人が自分らしく幸せに生きてほしいって思うなら、今からでも遅くない。

 先に、ルイーズと話そう。


 そう考え、ハルカは計画を変更した。


「ルイーズは今日も来るはず。その時、私が知った真実を話したら、きっと考えも変わるはず……」


 誰かを犠牲にしなくとも、この世界はちゃんと、ルイーズ達の想いに応えてくれるから。


 外を眺めながら、ハルカはそう心の中で呟いた。


 ***


 眠っていた時間は短かったはずなのに、ハルカの目は冴えていた。

 そして魔法の練習で空腹を感じていたので、ハルカはしっかりと朝食を食べる。

 そんなハルカの様子を、穏やかな眼差しでエミリアさんは見つめていた。


「何か、吹っ切れたようですね」

「はい。私にできる事は、こうして過ごす事だなって思えたので」


 魔法の練習がバレていない事に安堵しつつも、自分が何をしようか悟られないように、ハルカは必死で笑顔を作る。

 そして、聞いておきたい事をさり気なく尋ねた。


「あの、今日って聖王様はいつ頃ここへ来ますか?」

「もうここへ来られる事はありません」

「えっ!?」


 どうして!?


 ルイーズと話せなければカイルの命が危ない。だからハルカは動揺し、声が上ずった。


「どうされましたか?」

「い、いえ。まだいろいろと、話したかったなと、思って」

「聖王様が次にハルカ様と顔を合わせる時は、ハルカ様を元の世界へ送り届ける時です。その時には会話もできる事でしょう」


 それじゃ遅すぎる。


 その前にどうにか話さねばと思い直し、ハルカは違う質問をした。


「それじゃ聖王様って、今日はどこにいるんですか?」

「お待ち下さい」


 エミリアさんはそう言うと、自身の後ろ側に手をやり、この王城の見取り図を出してきた。


 そういえばエミリアさんのベルトに、小さな輪っかがぶら下がっていた。

 あれがエミリアさんの収納石?


 なんだかヒモみたいな不思議な形をしていた事が気になったが、ハルカはこの城の地図に集中する為、その事を頭の隅に追いやる。


「もうわずかな時間ではありますが、ハルカ様もこちらで王城の散策を楽しまれて下さい」


 エミリアさんが何事にも丁寧な人だという事は感じていたが、ここまでしてくれるとは思わず、ハルカは緊張した。

 けれど同時に、もう自分には何もできないだろうと思われている事に、安心感も覚えた。


 疑われる前に居場所を聞き出して、そこへ向かおう。

 でも扉は開かない。

 それなら、どうやって……。

 開けてさえくれれば、いいんだけど、そんな事……。


 そう思いながら、ハルカはある人物を思い浮かべた。


「ハルカ様は今、こちらにおります」


 目線を下げているエミリアさんは、説明を始めた。


 巨大な庭園の奥に王城があり、ハルカのいる場所は、正面から見て右端の小さな塔だった。


「そして聖王様は、こちらの執務室におられます。ですが、本日はハルカ様を元の世界へ帰す準備をされていますので、こちらには記載されていない場所におります」

「え?」


 必死に見取り図を覚えていたのに、まさかここに書いていない場所にいるとは思わず、ハルカは声をもらした。


「特別な場所ですので、記されていないのです。そこまでの案内はさせていただきますので、お気になさらずに」

「えっと……、お城の外って、事ですか?」


 少しでも手掛かりが欲しくて、ハルカはなんとか質問した。


「いえ、中です」

「そうなんですね!」

「どこか遠くに行くと思われましたか?」

「そ、そうですね。少しでもカイルのそばにいたいので、離れるのはちょっと……」


 嘘の理由を言っているわけではないのだが、ハルカの心臓は早鐘を打っていた。


「大丈夫です。昨夜も申し上げたように、同じ部屋ではありませんが、同じ場所にはいられますので」

「わかりました。あの、大体の場所なら教えてもらえますか? あと、その、カイルがいる場所も……」


 聞き方がどうこうより、もうちゃんと聞き出してしまおうと思い、ハルカは必死になる。

 すると、エミリアさんは厚意的に解釈してくれたようで、説明を始めてくれた。


「ハルカ様にはお伝えしても問題ないでしょう。先程の執務室に仕掛けがあり、そこから階段を下りますと、ハルカ様を元の世界へ帰す為の部屋へたどり着きます。そして彼は、今いるこの塔から、真っ直ぐ進んだこちらの大きな塔内におります。ここがわたし達、特殊部隊専用の塔となっております」


 ハルカのいる右端の小さな塔の真正面には、三角屋の小さな家のような建物が連なっている。それは巨大なお城の端に繋がっていて、執務室は小さな建物を抜けた先の2階に存在してた。

 そしてお城を挟んだ向こう側にも建物が連なり、カイルがいると言われていた巨大な塔が建っていた。


 これなら、私でも覚えられる!


 姿を消す魔法がどこまで使い続けられるかわからなかったが、見取り図を見る限りは近いように思え、ハルカは内心喜ぶ。

 しかし、気になった事がもう1つあったので、ハルカはその事も尋ねてみた。


「あの、執務室の仕掛けって……」

「ハルカ様はいろいろな事に興味を持たれるのですね」


 まずい、質問しすぎた!


 エミリアさんの様子が変わったように思え、ハルカは目線を逸らし、ずっと横にいてくれたマキアスを見る。

 しかし、エミリアさんの声は弾んでいた。


「新たな知識を得る事はとても素晴らしい事です。この状況下でもそれを見失わないのは、ハルカ様の長所なのでしょうね」

「あ、ありがとうございます……」


 目的があるからいろいろ質問していただけなのに褒められ、ハルカは小さな声で感謝を口にした。


「ですが、仕掛けについてはお答え致しかねます」


 やっぱり、簡単には教えてくれないよね。


 穏やかな表情ではあるが、エミリアさんは見取り図をしまい出し、これ以上教えてくれる雰囲気ではなくなった。

 けれど、ハルカは食い下がる。


「そうですよね。無理を言ってすみません。でもやっぱり、気になっちゃって。元の世界には魔法がないんですけど、その仕掛けもこの世界なら、魔法の仕掛けとかなのかなって思ったんですけど、違いますか?」


 お願い、少しでも何かヒントになるものを教えて!


 ハルカは汗ばむ手を握り直しながら、目線だけで訴える。


「ハルカ様の世界は魔法が存在しないとは聞いておりましたが、本当にそのような世界があるのですね。だから余計に、気にされるのでしょう」


 エミリアさんは話を終わらせてしまうかと思ったが、最後に言葉を付け加えてくれた。


「まぁ……、お連れした時にわかる事ですので、簡単に説明させていただきますね。ハルカ様のおっしゃる通り、魔法の仕掛けとなっております。秘密の場所へ向かうなら、姿を見られてはなりません。ですので、そういった魔法が必要になります」


 もしかして、姿を消す魔法?


 習得したばかりの魔法が役に立つかもしれない事に、ハルカは嬉しさの余り顔がにやけそうになるのを必死で堪えた。


「そこまで教えて下さって、ありがとうございました!」


 エミリアさんにお礼を言いつつ、ハルカは我慢していた笑顔を向ける。

 すると、エミリアさんも微笑んでくれたが、予想外の言葉を口にした。


「いえ。ハルカ様はいろいろな事に熱心なようで。だからなのでしょうか。昨晩、魔法を使い続けていたのは」


 う、そ……、バレてる!?


 一気に汗がふき出すのがわかったが、ハルカはどうにかこの場をやり過ごすべく、必死に頭を働かせた。

 そんなハルカを落ち着かせようとしているのか、マキアスが心配そうにハルカの手を舐める。

 そのおかげか、何とか考えが浮かぶ。


「あ、えっ、あの。勝手に魔法を使って、すみません! で、でも、もう魔法が使えなくなっちゃうなら、最後まで魔法を使っていたいなって、思って!!」


 こ、これで見逃して!!


 微笑みを崩さないエミリアさんの考えはわからないが、ハルカはどうにか言い訳を口にする事ができた。

 すると、エミリアさんはさらに笑みを深めた。


「咎めているわけではありません。わたしにも似たところがあるので、よくわかります。特に問題にならない魔法の種類だと感じましたので、お声がけしなかっただけです。攻撃魔法等はさすがに止めさせていただきますが、それ以外でしたら、存分にお使い下さい」


 よ、よかったぁ……。


 緊張が解け、身体が脱力するのを感じながら、ハルカはそれを悟られないよう、姿勢を整えた。


「あ、ありがとうございます。それじゃまた、使わせていただきますね。それと……」


 お礼を言いながら、ハルカはこの部屋を抜け出す為に思い浮かべた人物の名前を出した。


「リクトに会いたいんですけど、会えますか?」


 本当なら顔を合わせるのも怖い。けれど、外からここへ人を呼ぶのに不自然じゃない人物はリクトなのではないかと、ハルカが考えた結果だった。

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