第156話 同郷

 全身を影へと変えたクロムを見て、カイル以外のみんなはそれぞれが驚いた顔をしていた。

 しかし、いち早く嬉々とした表情に変化したサンが尋ねる。


「すっげぇな! どうなってるんだ?」

「自分の影を利用して同化してるだけだよ。物陰を利用してもいいんだけれど、いきなり何かあった時にはこの方が便利だからね」


 いきなり何かあった時ってなんだろう……。


 サンは興味津々にクロムに話しかけていたが、クロムの楽しそうな声色に違う響きが含まれている気がして、ハルカは深く追求する気になれなかった。


「それに合わせて『ぜつ』」


 その言葉を合図に、影の姿のクロムが完全に消えた。


「凄いわ! 消えてしまえるの?」

「気配が掴めないとは……、やはり隠密行動に長けているのですね」


 ミアとリアンは目を見開き、クロムを褒めている。

 しかし急に、ハルカの目の前に存在がぼんやりとしているようなクロムが姿を現した。


「わっ! びっくりした!!」

「うーん。やっぱりしっかりと意識しないと、ハルカちゃんには通用しないみたいだね」

「えっ? そこにいるの?」


 ハルカが驚きの声を上げると、クロムは自身の顎に手を当てて首を捻っていた。

 それを不思議そうにミアが見つめてきた。


「あれ? みんなには見えていないの?」

「声も聞こえていないはずだよ」

「えっ!? そんな事もできるの?」

「ハルカちゃんは1人で何を驚いてんだ?」


 ハルカの問いにクロムが可笑しそうに笑い、その様子をサンが首を傾げながら見てきた。


「これはまずいなぁ。もし特別な黒を捕まえる時は、魔法の効果を高めて維持し続けないといけないね」


 そう呟くクロムの存在が、ハルカにはよりはっきりとした気がした。


「おわっ! 全っ然、わかんなかったぞ! クロムは隊長なだけあってすげーのはわかった」

「クロムはもともと気配を消すのが得意だからな。この魔法を使われたら、俺もわからない」

「素晴らしい才の持ち主なのね」

「ハルカの様子から会話していたように思えましたが、声すら隠せるなんて……」


 それぞれがクロムの魔法に対しての感想を述べる中、クロム本人が微笑んだまま説明をしてくれた。


「言葉に色々な意味を込めているからね。絶で気配を消すと同時に周りの景色に同化するように意識しながら、『他者がぼく自身へ意識を向けない』ようにもしているんだ。脳が認識していないから姿も声も聞こえない、ってわけ」

「それなのに、なんで私にはわかったの?」


 クロムの話を聞いて、ハルカは困惑した。


「それはね、この魔法は『黒が得意な魔法』だからだよ。黒が得意な魔法は、黒に対して効きにくい。けれど、ハルカちゃんほど効かないのも珍しいなと思って。やっぱり異世界の人間は少し違うのかもね。今後の参考になったなぁ。ありがとう」


 目を細めて笑うクロムから感謝され、ハルカも少しだけ嬉しくなった。


「少しでもお役に立ててよかった。でもクロムは緑の魔法使いだよね? それなのに黒の魔法も得意なの?」


 ハルカの言葉に、クロムはにっこりしながら頷いた。


「うん。ぼくは天才だからね」


 あれ?


 思わぬ返事に、ハルカは一瞬固まった。


「うぉっ……、言い切ったぞ。あれだ……、アルーシャ属性だ」


 サンが頬をひくつかせながら妙な事を口走った。


「アルーシャ属性?」


 ミアが不思議そうに繰り返し、リアンもきょとんとした顔をしていた。


「キニオス出身のAA級冒険者で青の魔法使いがいるんだけどよ、髪が青紫色で青の魔力が強ぇんだ。そいつの名前がアルーシャなんだ。でな、アルーシャも他の属性の魔法がある程度使えんだよ。なんで使えんだ? って聞いたらよ、『僕なら使える、と思ったら使えた』って言ったんだぜ? もう訳わかんねぇよな」


 クロムとアルーシャさんの妙な共通点を見つけるも、ハルカは不思議と納得できた。


 きっと、信じる事を疑わない人だから使えるんだろうな。


 意思の力はこんな所でも発揮できると知り、ハルカは信じる事の凄さを改めて実感した。


「あっ。でもぼくは、治癒の魔法は全く使えない。それにね、黒が得意な理由は他にもあるんだ」

「全く? 黒なら苦手なのはわかるけれど、そういう事もあるのね」


 クロムが肩をすくめながら言った言葉に、ミアが反応した。


 そういえば、治癒の魔法は試した事なかったな。

 私も使えないかも……。


 自分が黒の魔法使いなので、ハルカはそう考えた。けれど、それを確認するよりも先に、クロムの言葉に引っかかったものを感じた。


「クロムが今言った、『黒が得意な理由は他にもある』ってどういう事?」


 ハルカは気になった言葉を口にすると、クロムが満面の笑みを向けてきた。


「ハルカちゃんがそれを尋ねてくれるのが嬉しいなぁ。あのさ、『カンジャ』もしくは、『ラッパ』って言葉に聞き覚えはない?」

「カンジャ? ラッパ?」

「あれ? 今は違う言葉なのかな? えーっとねぇ、『主に仕え、敵の情報収集をする一族』って心当たりない?」


 クロムは一瞬天井に視線を向け、顎に手を当てて首を捻った。そしてまたハルカを見つめ直すと、そう尋ねてきた。

 この言葉に、サンとミアとリアンも首を傾げていた。


 主に仕え……、敵の情報収集って……。


 しばらく考え込んでいたハルカに、カイルが異世界の記録が書かれている本を取り出し、あるページを見せてきた。


「これはクロムが持っていた記録を模写したものなんだが、見覚えはあるか?」


 カイルの言葉に、クロム以外のみんなも立ち上がり覗き込む。

 そこには、夕暮れの空のように深い赤茶のようなクレ色の、忍び装束を着た人物が描かれていた。


「これ、忍者だ! あれ? クロムがなんで忍者を知ってるの?」


 ハルカの言葉を聞き、クロムがパッと笑顔になった。


「今はニンジャ、って言うんだね。そこに記録されているのはぼくの先祖の事。この世界に来た時、主となる人と出会って前の名前は捨てちゃったみたいで、本名は知らないんだけどね。でね、カイルがこの記録の中にハルカちゃんの本名の『アマサキ』の文字と同じような文字を見つけたって言ってたから、もしかして同じ世界の人間かも? と思ったんだ」


 よほど嬉しかったのか、クロムは楽しげな声で説明をしてくれた。


「ん? クロムの先祖が、異世界の人間……?」


 サンが混乱気味にクロムに声をかける。


「そういう事。だからね、その血が濃く受け継がれているようで、ぼく達一族は『仕える主に忠誠を誓う魔法』が使えた。更にはそのニンジャが得意としていた事が黒の魔法に近いものがあって、得意ってわけさ」


 まさかの真実に、カイル以外のみんなは目を見開いた。


「うっそだろ!? 異世界に関係する人間がこんなに普通にいんのか!?」

「ちなみに、俺の先祖もそうだ」


 サンが頭を抱え叫び出したのに、カイルはさらっと真実を口にした。


「はぁっ!? そんなの、1回も聞いた事ねーぞ!!」

「言った事がなかったからな」


 サンが座っているカイルの真上から怒鳴り、カイルは上を向きながらしれっとした顔で答えていた。


「2人も異世界の血が……?」


 ミアが呆然としながら呟き、リアンはあさっての方向を見つめ、考える事を放棄していたようだった。


 まさか、クロムの先祖が忍者だったなんて!

 だから気配をここまで消せるんだ……。


 そう考えるハルカに、クロムは目を合わせてきた。


「だからね、そういった意味でもハルカちゃんはぼくにとって特別な存在なんだ。同郷……っていうのも変かもしれないけど、元同じ星出身の縁がある者として、よろしくね?」

「う、うん! まさか先祖が地球の人と出会えるとは思ってなかったけど……、改めてよろしくね! それとさ、いつかクロムの一族にも会ってみたいな!」


 驚き戸惑うハルカの様子を、クロムは右目の眼帯に触れながら目を細めて笑っていた。

 けれど、ハルカが伝えた最後の言葉でその表情は消えた。


「ごめん。ぼくの一族はたぶん滅んだ」


 理解しがたい言葉に、部屋に沈黙が訪れる。


「……それってもしかして、3年前の……」


 戦争で?


 ハルカが続きを言い終わる前に、クロムが首を振った。


「違うよ。もっと昔に……争いに巻き込まれてね。ぼくと同じように逃げ延びた奴もいるかもしれないけど、もうわからないんだ」


 寂しげな笑みを浮かべたクロムが、視線をカイルへ向けた。


「けれど、その時のぼくを救ってくれたのが、カイルの一族だったんだ。だからね、気になった事はどんどん聞いてくれるかな? ぼくにとっては乗り越えた過去の話だから、遠慮はいらないよ」


 本当に何事もないように穏やかに微笑むクロムの過去が明かされたが、部屋には重々しい空気が流れていた。

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