第126話 見ている世界の違い

 穏やかな空気をつんざくような女性の声に驚き、ハルカはライオネルくんから受け取った精霊獣の卵を危うく落としそうになった。


「ナンシーおばさん?」


 ライオネルくんが不思議そうに、顔を真っ赤にしたエルフ族にしてはふくよかな女性に声をかけた。

 そしてその後ろには、2人のエルフ族の衛兵の姿もあった。


「ライオネル坊や! その女に何か魔法を掛けられているんだろう? もう心配ないよ。こっちへおいで!」

「え? えっ? 何言ってるの?」

「大丈夫。あたしはあんたがそんな見た目だろうと、優しい子だって知ってんだ。すぐに助けられなくてごめんよ……。さぁ、とにかくその女から離れて!」


 ナンシーと呼ばれた女性が何かを勘違いしているのはわかったが、ハルカもライオネルくんもすぐには反応ができなかった。


「ナンシーさん、あの方は精霊獣の卵を探している冒険者の方々のお仲間ですよ?」

「はんっ! そんなの、あの女が人を操る魔法でも使って逆に精霊獣の卵を集めていたんだろうよ! さっきあの女がライオネル坊やを抱きしめていた時から、嫌な予感がしてたんだ。たまたまあたしがここを通りかかってよかったよ……。それに、よりにもよって見た目が特殊なライオネル坊やを使うだなんて! このっ、卑怯者!!」


 エルフ族の衛兵は、お互いに困ったように目線を合わせていた。

 そして、ナンシーさんがライオネルくんを守りたい気持ちは伝わるのだが、その言葉が彼を傷つけている事には気付いていないようだった。


「何を勘違いしているのか知りませんが、私はそんな魔法、使っていません」


 これ以上ライオネルくんを傷付けさせないように、ハルカはライオネルくんを守る為、前に出ようと動いた。

 その瞬間、ナンシーさんが自分の太ももを叩きながら魔法を使った。


「動くな、この化け物!! 『切り裂け!!』」


 ピッと、ハルカは肌を露出している様々な部分が、弾けたような気がした。


「ナンシーさん、やり過ぎです!! 人を操る魔法は許可なく使う事を禁じられているのを、ご存知ですよね!?」

「あとは私達に任せて、ナンシーさんは大人しくしていて下さい!」

「うるさいっ!! あの女はここから見ても黒すぎる黒の魔法使いだ! そんな常識、通用するはずないだろうっ!? それに、いつ得体の知れない魔法を使ってくるかわからないんだ。これぐらいで済んで、有り難いと思え!!」


 そんなに、私の存在が怖いんだ。


 ハルカがナンシーさんの態度に困惑していると、ライオネルくんの叫ぶような声が聞こえた。


「ハルカっ!! 血が……、血がっ!!」

「えっ?」


 ハルカはライオネルくんの言葉で、自分の手に目線を落とした。そしてようやく、自分の頬や腕から血が滴り落ちているのを認識した。


「僕のせいだ。ごめんなさい……、ごめんなさいっ!!」

「大丈夫、大丈夫だからね」


 本当は気付いてしまった時から、傷がズキズキと痛み始めていた。けれど、大粒の涙をこぼしているライオネルくんの心の痛みに比べたら、ハルカは痛みなど気にならなくなっていた。


 こんな傷は、すぐに治る。

 けれど心の傷は、すぐには治せない。


 ハルカは両手で精霊獣の卵を持っていた為、卵を片手に寄せる事をもどかしく思いながらも、青ざめるライオネルくんを早く抱きしめてあげたいと思った時、心強い声が聞こえた。


「ハルカ!!」

「ハルカちゃん!?」

「そのままそこにいて! すぐに治すわ!!」

「なんて酷い事を……!!」

「ハルカにこんな事をした奴はどいつだ!!」

「わ、私も治すから!!」


 ナンシーさん達から少し離れた所から、カイル達が姿を現した。


「ハルカ様!? 衛兵から連絡を受けて来てみれば、いったいこれはどういう事だ!!」


 最後に姿を現したウィルさんは、凄い剣幕で衛兵達に詰め寄った。


「あんた達も動くんじゃない!! みんな、その女に操られているんだろっ!? 早く、どうにかしておくれ!!」

「そいつを押さえておいてくれ」


 ナンシーさんは更にパニックになりながら、キーキーとした声を衛兵にぶつけていた。

 そしてカイルは忌々しそうに衛兵に向かって言葉を吐き捨てると、こちらに向かって走り出そうとしていた。


「来ちゃだめ! 私は大丈夫だから!」


 これ以上ナンシーさんを刺激したら何をしでかすかわからないので、ハルカは大声でカイルと共にこちらに駆け寄ろうとしていたみんなを止めた。


「やめてっ!! 精霊獣の卵を持ち去っていたのは僕なんだ! ハルカは関係ない!!」


 そして同時に、ライオネルくんは必死に訴えながらハルカを庇うように両手を広げ、震えながら目の前に立っていた。


「あぁ……、なんて可哀想なライオネル坊や。そんな嘘を言わされて、さぞかし辛いだろうに。魔法が解けたらちゃんと話を聞いてあげるからね」

「違う! 本当に僕が——」

「もう、そんな嘘を喋らされるぐらいなら、口をお閉じ。さぁ、早くこっちへおいで」


 この言葉で、ライオネルくんの両手が力なくゆっくりと下がった。


 ここで、『プレセリスからもらった』という言葉を使えば全てが丸く収まるのだろうか? ううん、絶対に違う。

 それに、ナンシーさんは自分の信じた世界からしか、ライオネルくんを見ていない。

 私という、黒の魔法使いに恐怖を抱くのは構わない。

 けれど、ライオネルくんをこれ以上傷付ける事は、私を犠牲にしてでも止めてみせる。


 ライオネルくんの本当のこえを、これ以上失わせはしない!!


『パキッ』


 ハルカの想いに応えるように生誕石が熱を帯びたと同時に、不思議な音が聞こえた。


 そしてハルカは、服の中にしまっている自身の生誕石が砕けるのを感じた。

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