第113話 精選所

 ミアさんの実力を試す為にコルトのギルドへ依頼を受けにきたのだが、サンが今、手こずっている依頼をみんなで受ける事になった。


「精霊獣の卵ってどこにあるの? なくなっちゃう事なんてあるんだね」

「この町の中央にある、1番大きな精霊の大樹の根本に『精選所せいせんじょ』がある。通常はそこで管理されているはずなんだが……」


 そこに私の精霊獣の卵もあるのかな? って、いけない、いけない。

 今は、依頼に集中だ!


 そんな事を考えながら、改めてカイルを見てみると、壁に貼られている依頼書を眺めながら不思議そうに首を捻っていた。

 後ろでは、笑いを抑えられなくなったサンに対してミアさんは更に怒り、リアンさんがミアさんを止める、という構図が出来上がっているようだった。

 なので、ハルカは振り返って声をかけた。


「あ、あの! ミアさん、ここギルドですから、落ち着いて下さい」

「ミア。私の事はミアとお呼び下さいと、先程食事をした時にお伝えしました。それに言葉も、もっとくだけたもので構いません」

「うっ。ミ、ミア、落ち着いて。じゃあミアも、普通に話してね?」

「わかりました。あのね、ハルカ。この失礼で軽薄そうな大男の黙らせ方を教えて」


 家柄の事もあって、ミアと呼べなかった事を注意されつつも、ハルカは同性の仲間が出来た事を密かに喜んでいた。


「だってな、そんな不審な事が身の周りで起きてんのに、リアンの存在に気付かねぇって……ぶはっ!」


 そういえばサンって、笑い上戸だったよね……。


 初めて会った日に、カイルを紳士と言った事をひたすら笑われたのを思い出し、ハルカは苦笑した。

 するとカイルはそんなサンを無視して、外に出ようとしていた。


「それは普段から酔っ払っているような男だから、ほっとけばいい。早速、精選所に行くぞ」

「酷い言い草だな、おい。俺はそんな変な男じゃないぜ。ミアもリアンも誤解しないようにな!」


 カイルの言葉に正気に戻ったようで、サンはニカッと笑いながらそんな言葉を口にしていた。

 ミアは納得がいかない様子だったけれど、リアンさんは真面目な顔で頷いていた。


「サンは少し黙っておけ。依頼を優先したいところだが、少しだけ時間がほしい」

「どうしたの?」


 ハルカの問いかけに皆も同じ事を思ったのか、黙ってカイルの返事を待った。


「朝と昼過ぎに1回ずつ、契約時間が設けられていたはずだ。今なら間に合うだろうから、先にハルカの精霊獣を探してもいいか?」

「いいの!?」


 精選所で精霊獣の卵が管理されていると先程カイルから聞いた時に、自分の精霊獣を探せないか淡い期待を抱いていた。だからこそ、ハルカは驚きで大きな声を出してしまった。


「ハルカちゃん、まだ精霊獣と契約してなかったのか」

「あら、それは大変。きっとハルカの精霊獣が待ちくたびれているわ」

「精霊獣は良き相棒です。ぜひ、先に契約を済ませましょう」


 3人からも同意を得られ、ハルカは高鳴る胸を抑えつつ、自分の精霊獣はどんな姿なのかを想像しながら精選所へ向かった。



 精霊の大樹は間近で見たら、不思議な光の粒をまとう、巨大な木の壁にしか見えないほどの大きさだった。

 そして、黄色の葉に不思議な色の実をつけたイチョウのような木々が、精霊の大樹の幹に沿って並んでいた。

 

 それにしても、可愛い精霊獣がいっぱいいる!


 本当は気持ちを声に出して走り寄りたいところをぐっと我慢して、ハルカは精霊獣達を観察した。


 まず、不思議な淡い色や濃い色の実をかごに入れ、一生懸命運んでいる二足歩行の猫達が目に入る。大きさはハルカと同じ背丈ぐらいの猫達が、立派なお腹を揺らしながら歩いている姿はあまりにも可愛くて、頬が緩む。

 その近くには、瞳がとても大きな妖精達がくるくると空を舞いながら、蝶のような鮮やかな緑色の羽を煌めかせ、輝く軌跡を描いていた。

 そして、つぶらな瞳で頭の毛がふわふわとしている青い鳥が、ある小屋の屋根に止まった。


 その小屋の屋根は、不思議な色の実を真似ている飾りをつけていた。その飾りがカラフルな丸いチョコレートに見えるせいか、お菓子の家のようにも見える。


「みんな、精霊獣だよね?」

「そうだ。精霊使いと共に卵を管理している精霊獣もいれば、契約者がそろそろ来るとわかって、待ちきれずに産まれている精霊獣もいるそうだ」

「契約者が来る事もわかるんだね! って事は、あの不思議な実が卵?」

「木の実に見えるかもしれないが、その精霊獣の属性の色に染まっている卵だ。そして、この町に生えている木は大小関係なく、全て精霊の大樹と言われている。それと不思議な事に、コルトの1番大きな精霊の大樹の根本にあるあの木々にだけ、卵が出現するそうだ」


 カイルの説明にうんうんと頷いていたら、サンが顔を覗き込んできた。


「ハルカちゃん、コルト自体、初めてなのか?」

「うん。だからわからない事だらけで……」

「カイルの親戚だから、こういう事には詳しいと思ってたんだが……」


 ま、まずい。


 ハルカは内心ぎくりとしながらも、動揺が顔に出ないように必死だった。

 ミアとリアンさんがいなければ、このタイミングで異世界から来た事をサンに話していたかもしれない。けれど状況が違うので、約束だけは取り付ける。


「……それについては、またきちんと話したい事があるの。だから今度、少しだけ時間をくれる?」

「改まって、どうしちまったんだ? まぁ、ハルカちゃんの話ならいつだって聞くから、なんだって話してくれ!」


 サンは笑顔でそう言ってくれたけれど、この約束の言葉を言うだけでも、ハルカの背中を汗が伝う。

 すると、カイルが会話に加わった。


「その言葉、忘れるなよ」

「なんだよ、カイル。そう怖い顔すんなって。本当に、どんな話でも大丈夫だ」


 カイルがハルカの言いたかった事を理解したようで、そんな牽制をしていたが、サンは穏やかに微笑んで流していた。


「ハルカ、話は済んだ? ほらほら、お待ちかねの精霊獣を探しに行きましょう!」


 ミアは目を細めて楽しそうに笑うと、ハルカの手を取り、可愛いお菓子の家のような小屋へと歩き出した。

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