第111話 温室育ちからの脱却

 簡易テントの中で、団長のフレディさんからミアさんと旅をしてほしいと頼まれた瞬間、ミアさんと先程の白銀の鎧をまとっている男性が連れ立って入ってきた。


 ミアさんは普段の格好に戻ったようで、銀灰色の前下がりのおかっぱの髪と目の色になっていた。

 そして服装は、首元から手首、足首までの長さでしっかりと覆われた純白の修道服ような服を着ており、足元は皮の紐で出来たサンダルのような靴を履いていた。

 腰を飾る金のベルトの左側には、小さな琴のような美しい弓だと思われる武器が装備されている。


「遅くなって申し訳ありません」

「いいんだ。さぁ、まずは謝罪だ」


 ミアさんがフレディさんに話しかけると、そう促され、こちらを向いた。


「数々の無礼を、どうかお許し下さい」

「ミア様! その前に無礼を働いた——」

「黙りなさい」


 ミアさんが頭を下げた瞬間、一緒にいた男性はそれを止めようとして、ミアさんに一喝されていた。


「いや、こちらもやり過ぎた。その男が護衛なのだろうと思って試したが、知らなかったのなら驚いただろう。すまなかった」


 カイルはミアさんと男性を見据えて、謝罪を告げた。

 すると、フレディさんが話しかけてきた。


「さぁ、お互い謝罪は済んだ。ミア、自分を連れて行ってほしいと願うなら、包み隠さず話しなさい」

「……はい」


 少しの沈黙の後、ミアさんは静かに話し始めた。


「まずは、私の名から。私はミア・クリスタロス。白の魔法使いで、年齢は19になります。出身は王都でございます。そして、この騎士は私だけの騎士、リアンと申します」

「リアン・アーティスと申します。同じく白の魔法使いで王都出身。年齢は22になります。幼少期よりミア様だけの騎士として、誓いを立てた者であります」


 ミアさんと白銀の鎧の騎士、リアンさんはそれぞれの自己紹介を始めた。

 リアンさんはミアさんよりも黒い黒灰色の髪を短く切りそろえ、精悍な顔立ちの好青年に見えた。落ち着いた声の持ち主で、背はカイルより少し大きめだが、かなりの長身のサンよりは小さい。澄んだ瞳の持ち主だからか、安心して頼れそうな空気をまとっているように感じる。

 そして左腰には、金の十字架の模様が輝く白銀の盾が装備されていた。剣の持ち手の部分の柄が盾の上部から見えているので、一緒に組み合わせて持ち歩ける武器なのだろうと思った。


「王都のクリスタロス家か。なんでそんな家柄の女が旅芸人をしている?」


 最初にミアさんの言葉に反応したのは、カイルだった。


「私がお父様に、外の世界を知りたいと無理を言ったのです。そして昔から舞台を間近で観させてもらい、王都に立ち寄るたびに歌や踊りを教えてもらっていた団長にお願いして、外へ連れ出してもらったのです」

「あー、ちょっと待った。話がわからねぇ。騎士がいるって事は相当な家柄だとは思うが、何をしてんだ?」


 サンが質問をしてくれた事に、ハルカはほっとしていた。質問せずに聞いていたら、更に訳がわからなくなりそうだったからだ。


「失礼しました。我がクリスタロス家は、王家に仕える騎士や治癒師を数多く輩出している一族なのです。ですから、時期が来れば、私の自由は完全になくなります」

「自由がなくなるって、どういう事なんですか?」


 名誉ある仕事のように思えたのに、ミアさんは心からそれを拒んでいるように見えたハルカは、思わず尋ねた。


「私の場合、王家専属の治癒師として仕える事が決定しています。そして数年間務めを果たしたのち、同等の立場の白の魔法使いと婚姻を結び、白の血統を保つ事に専念するのです」


 ある程度働いたら、好きな人でもない人と血筋の為だけに結婚するって事?


 ミアさんの取り乱し方の理由が悲しいものであったのに違いはなく、ハルカは胸が痛んだ。


「ミアさんが自由になるには、誰かと結婚するしかないんですか?」

「お父様から言われたのです。『外の世界へ出て、もし、一生を共にしてもいいと思える男性がいたら、その男性と普通の生活をして構わない』と」


 ミアさんのお父様の言葉には、娘を想う気持ちが溢れんばかりに詰め込まれている気がした。

 たぶん、それに反応したであろうサンが言葉を口にした。


「あのよ、父親にそこまで想われているなら、何も家を飛び出す事はなかったんじゃねぇか? なんでわざわざ旅芸人しながら伴侶探ししてんだ?」

「それは、昔から音楽や踊りが好きだったので。それに自分で伴侶を見つけるなら、様々な土地を巡るのがいいかと。そして……、お父様には言えなかった理由があります」


 サンの言葉に、淡々と答えていたミアさんの表情が険しくなった。


「ミア様、これ以上は——」

「リアン、私には時間がないのです。お父様は快く送り出してくれたと思っていたのに、あなたを側に付けていたなんて……。いつまでも私は、1人では何も出来ない子供のままに見られているのでしょうね」


 リアンさんがミアさんの何かを止め、それをミアさんが悲しげな顔で押し留めた。


「……では、僭越ながら、『封鎖ふうさ』」

 

 フレディさんと共にリアンさんも一瞬、顔を曇らせたが、リアンさんがすぐに何かの魔法を使った。


「ありがとう。これで誰もここには入ってこられません。もちろん音も。最初にお詫びします。私がこれから告げる話が迷惑になると思われます。なので気分を害されたら、途中で止めて下さい」


 そう言ったミアさんのあまりにも真剣な表情に、ハルカは息を呑んだ。それぐらい、覚悟がいる事をミアさんが話そうとしているのが伝わり、ハルカは頷いた。

 カイルもサンも同様に頷いたようで、ミアさんは静かに話し始めた。


「私が家を飛び出した理由、それは3年前の、数多くの犠牲者が出た戦争がきっかけなのです。あの時、癒し手である私は、何も出来なかった。……いいえ、出来たのにしなかったのです。親の言いつけに従う事しか出来なかった私は、私に失望したのです」


 当時を思い出しているのか、ミアさんの目に涙が溜まっていく。

 そして、ミアさんは唇を震わせながら、ある事実を告げてきた。


「この時から、私は王家に仕える気がなくなりました。何故なら、前王自らの口から、王都の民に危険が及ぶ事は避けねばならぬ、と民が外に出る事を禁じられたのです」


 そう言い切ったミアさんは、悔しそうに顔を歪めながら、綺麗な涙を流していた。

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