204話 失った者は多い
「団長は雇い主についてだけは断固として喋ってくれませんでしたが、他の方からいくらか聞けたことがあります」
ただし、と付け加えられた。
「その、酔っ払いの話半分なのです。数人から聞いた話をわたくしなりに推測しただけですから、すべて合っているかはわかりません。そこは念頭においてくださいませ」
「大丈夫です。続けてください。……ですけどその団長は、団員さんが話すのは見逃してくれたんですね」
「あくまでも団長が話していないという事実が重要なのです。彼らのことですから、なにを聞かれても酒の席の戯言だったと笑って誤魔化すでしょう」
ちらりとライナルト側を見やると、興味がないのはシスだけで、どうやらライナルト自身もマルティナの話に耳を傾けている。
当時ライナルトとヴィルヘルミナ皇女はそれぞれファルクラムの制圧を目論んでいたが、組織としては完全に別物だ。加えて彼は皇太子の地位を得るべく単独で功を得る必要があったから、帝国側の動きを全て把握しているとは言い難い。マルティナが語るのは傭兵団側から見た視点だから興味があるのだろうか。
この話をヴェンデルに聞かせるのは迷いがあるけれど、いまのヴェンデルなら教えてもいいと、ウェイトリーさんも同じ判断で止めなかったのではないか。ただ、このあたりの私の行動については別途話す必要がある。
「おそらく彼らの雇い主は帝国の官僚、あるいはそれに近いだけの地位を有する人物です。コンラート領壁の破壊に伴う護衛と戦を依頼されたそうで、かなりの大金だったと言っていました」
「……城壁の破壊?」
マルティナの言葉にはひっかかりを覚えた。彼女も理解しているのか、続けたのである。
「初めはコンラート領との戦と聞き引き受けたようです。ですから領民……については契約にはなかったそうで、かなり揉めて上乗せという形で決着を付けたようです。ただごねたことで信頼を損ねたのか、雇い主が同じラトリア筋の傭兵をいくらか補充したと言っていました。その人達のことは本当に知らないそうです」
「……お金で動く傭兵にも仕事を断る場合があるの?」
ヴェンデルの疑問は私たちの疑問でもあった。お金次第でなんでも行う荒事屋のイメージが強いのだが、マルティナもそのあたりは聞いてきたらしい。
「両親のいた傭兵団は、言葉は悪いですがお金次第では本当になんでもやる人達ですが、その反対もいます。団の方針にもよりますが、無抵抗の女子供に老人、或いは男性でも戦う力のない者は極力手を掛けない、略奪は厳禁と決めているところもあります。そのあたりで有名なのはベルトランド・ロレンツィ様の率いる傭兵団ですね」
意外な人の名がでた。ただ、こんな方針を立てられるのもひとえにベルトランドが高名だからであって、普通は依頼のえり好みで食べてはいけないと語る。
「話を戻しましょう。……彼らが雇われてから領内でなにがあったかはわたくしよりも皆さまがご存知でしょう。彼らがこなしたのは陽動、雇い主が仕掛けたのは毒薬と武器。そして壁を壊した不思議な粉です。粉は城壁に仕掛けを施し火を点けただけで大爆発を起こしたと言っていましたが、出所はわからないといっていました」
「……マルティナ、彼らは的確に領内を把握していたように感じます。誰か偵察していたと言っていましたか」
ウェイトリーさんの指摘は伯が言っていた疑問だ。あのとき急襲が的確だったからこそ後手後手になったのである。
「いいえ。計画は初めから雇い主とその配下が決めていたので、彼らは実行部隊です。実行前は領内のおおまかな見取り図を見せられたから、事前に手配できるだけの大物のはずだと疑った人はいましたが、傭兵を使ってこんな仕事をするだけ……」
雇い主は領主一家の顔も把握しているし、公には出来ない事情があるのだろうと気付いた人は察したようである。そして彼らにとって、こんな仕事はそれほど珍しい話でもない。
貝のように口を噤んで、己の仕事を全うする。どんなに汚れ仕事でもそれが生き様、悪い気分は報酬を受け取って金と酒で洗い流すのだ。
そしてここからが肝心だ。
彼らに厳命されたのは領主一家の命だ。
「領民はある程度取りこぼしても構わない、ただ領主一家は絶対に取り逃さないようにと、一人につき金貨百枚を上乗せだったと聞いています」
沈黙が流れた。ヴェンデルはクロを抱きしめ、ウェイトリーさんは固く口を噤んだ。手の甲が痛いと思ったら爪が肌に食い込んでいて、慌てて力を緩めたのである。
「誰か、逃げた領主夫人を討ち取ったと言っていた人はいなかった。もう一人の領主夫人の、首を……」
ウェイトリーさんに質問させるのは酷だろうし、私が問うのが義務だと口を開いた。それはあの日、私の身代わりになって囮を買って出たヘンリック夫人の首の行方である。あのときはニコが私と、ヘンリック夫人がエマ先生と勘違いされたからこそ囮が意味を成したのだ。
マルティナは記憶を探るように沈黙したが、やがて思い当たったようにそういえば、と言った。
「もう一つの傭兵隊が、外に逃げた女性を持ち……連れ帰ったのを自慢していたといっていました。結局別人だったみたいで、喧嘩していたとか」
「首は?」
「……あの語り口では、おそらく弔うこともなくな……投げ捨てられた、かと」
ヘンリック夫人の首は最後まで見つからなかった。だから予想できていた答えだけれど、言葉は出なかった。特にウェイトリーさんは上体を折り、両手を結んで瞼を閉じていた。一度だけ「リズ」と呟いた声は震えていたのである。
「……しばらく時間をおきましょうか?」
「いいえ、リズは立派に役目を果たしたとわかっただけ充分です。それよりもその雇い主とやらが我が領土内に侵入していたとなれば、やはりどこかの商隊に紛れていたと考えるべきでしょう。気付けなかったわたくし共の失態です」
「予測できなかったのだから仕方がない……とは言わんが、過ぎたことを悔やんでもしょうがないと思わんか」
「わかっていますよ、クロード。わたくしが目を向けるべきは過去ではなくいまのコンラートです。故人を悼むのは後にしましょう」
ヴェンデルはすでに顔面蒼白で気分が悪そうだが、少年にはまだ引けない理由があった。
「マルティナ。父さんのことは誰か言ってた?」
「はい。……しかと確認して参りました」
コンラート伯カミルの死の真相である。あの時はライナルト達が伯の身を整えてくれたけれど、伯の死に様は伝えてある。表現はかなり控えめにしていたが滅多刺しになったことをヴェンデルは知っていたし、いまさら下がりなさいとは言えない。
「コンラート伯は強かったそうです。年寄りだと侮っていたほとんどは返り討ちに遭い、二、三人を同時に相手取ってもなお目的を達せなかったと言っていました。嘘を語る必要はありませんし、その様子もなかったから真実でしょう」
伯は追い詰められたようだが、最後は一緒に残った護衛と共に部屋に籠城して立てこもろうとしたようだ。おそらく時間稼ぎなのだろうが、途中で割り込んだのは彼らの雇い主である。指示に撤するばかりだった男が突如前に出たかと思えば剣を振るった。それは見事な豪腕で、不意があったとはいえ護衛を一刀に伏せたという。
……もしかしてそれが伯がいた部屋の近くの廊下で亡くなっていた護衛だろうか。
「……父さんはその人に負けた?」
「いいえ。数度打ち合うと引き下がったようですが、見ていた方によるとまるで腕試しみたいだったと」
「じゃあ、マルティナの知ってる人達?」
「それも違います。……庇っているわけではありませんよ。彼らは、特にこちらのラトリア人系の傭兵は報酬次第でなんでもやりますが、奇妙なことに腕に覚えのある剣客に対しては相応の礼を持ち合わせています。散々罵られ、汚れ仕事ばかりでも畜生には成り下がらないための最後の矜持と申しましょうか。もちろんもう一方の人達のように全てではありませんが、少なくともわたくしの知る彼らはそういう人達です」
これは私たちにはわかり得ない、傭兵を親に持つマルティナだから持ち合わせる感覚なのだろう。
「……彼らなりに言えば報酬は確実でした。孤立しながらも奮闘するコンラート伯には一対一で決着を付けるべきだと……団長は判断したようですが」
それに従わない、従う必要のない者がいた。
雇い主が別途補充した傭兵だ。彼らは撤退までの時間を惜しんで、雇い主との戦いで弱ったコンラート伯に一斉に襲いかかった。
「制止できるのは雇い主だけですから、あとは撤退した。逃げ遅れたのはほとんどが彼らだったと」
この時点で伯の最後を知ったヴェンデルが席を立った。目を真っ赤に充血させると、詳細はあとで聞くと離脱したのである。
金品強奪について聞いてみたけれど、よほど上から厳しく統制されない限りそれらも込みで仕事になるのが当たり前のようだ。
マルティナはヴェンデルが席を立ったのを確認すると、少し安堵したようだが、今度はライナルトの存在を気にしだした。
「ヴェンデルの前で雇い主の正体を言うのも酷かと誤魔化しました。その、殿下の御前でこのようなことを口にするのはどうかと思いますが、名をかたらずとも、皆から聞いた話でいくらか推測ができたのです。公ではラトリアの策略となっているようですが、おそらくは……」
「官僚ではなく帝国騎士ね? かなり高位の人という点だけ合わせたのでしょう」
私の口からすんなり出たことに吃驚された。クロードさんもこれには身を乗り出したのである。
「……なにか知っているのかね」
「知った、というか行き当たるだけの手がかりを得たのは今日の宮廷です。……そのあたりはまた別の機会にしましょう。マルティナ、他に聞けたことはありますか」
他に彼女が話したのは、彼らが辿った経路といった話である。途中別の領地を通過した際は領主に金を積み口封じをしたことなどだが、その貴族はファルクラム陥落の際にライナルトの執政の煽りを食らっている。ウェイトリーさんがますます落ち込むばかりだったが、大体の話を聞き終えると一度解散となったのであった。
話すことは終えたと覚悟を決めたマルティナには、ウェイトリーさんの無言の懇願を受けて命令させてもらった。
「即刻魔法使いの治癒を受けて、自宅療養すること。今後についてはおいおい話しましょう。……シス、この場に居合わせたついでにお願いできますね」
「明日でいいならいいよー」
まったく呑気な返事だけど、ずっと黙っていただけシスにしてはできた方だ。
マルティナにしてみたら罵倒や即刻クビくらい覚悟していたようで、しばらく言葉の意味を理解できなかった。
「……わたくしは、放逐も覚悟していたのです、が」
「ウェイトリーさんがそれを望みませんし、ヴェンデルは余裕がないだけで、この場にいたらあなたの治療を望んだでしょう。私も……手に掛けようとまでは思いません。傷だらけになってまでこれを取り返してきてくれたのだもの」
いったん離すのは療養目的もだが、使用人さん達にいくらかの経緯を説明する必要もあるからだ。
「わたくしは……」
「……両親の罪が子に及ぶのは違うでしょう」
親が犯罪者だから子供も同じ扱いを受けるのか、石を投げてもいいのか、差別してもいいのか。……答えは否だ。帝都で離れ住んでいた子が親の罪を被る必要はない。それでもマルティナが覚悟を決めていたのは帝都、そしてファルクラムにおいてすら、一人の罪は血縁の罪と考える連鎖の気質が存在するためである。
私たちにおいては感情的な部分が伴うからなおさら難しい。だからいったん距離を置いて、ウェイトリーさんなり、私から説明しないといけない。
特に説明が必要なのは使用人勢だ。他に身寄りがないからコンラートに身を寄せた彼らとマルティナはうまく折り合いを付けなくてはならない。本人も黙っていることはしないだろうから尚更だ。
コンラート陥落時、私の家族は生きていて、ヴェンデルには私たちがいて、ウェイトリーさんにはヴェンデルが残った。だけど庭師のベン老人は娘夫婦や孫、護衛の二人ですら親しい人を、使用人二人は夫や子供を亡くしている。吹っ切ったように笑ってみせるけれど、ヴェンデルを見てわかるとおり傷が塞がったわけではない。瘡蓋の下にはむき出しの傷が生々しく蠢いていて、血が止まるのをのをじっとこらえて待っているのである。
復讐の連鎖といった意味では……実はマルティナの両親には思い当たる節があるのだけれど、いまはよしておこう。マルティナはクロードさんが送ってくれるから、万が一の危険はないだろう。
彼女について話し合いたいことは多いけれど、その前にライナルトと大事な話を付けなければならない。
どの道向かうつもりだったから向かう手間が省けたのはシスが奇妙な勘を発揮させたおかげだけど、このタイミングの良さは一体なんなのだろうか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます