181話 誰かの世界を奪う魔法

 まさかの告白だった。

 ここまで話してくれるとは余程話し相手に飢えていたのか、それとも信頼の証か……おそらく前者としての意味合いが強そうだ。


「儀式を……ってナーディア様だけでできるものなのですか?」

「難しいとは思っていたわ。山の都が滅ぼされたときに書物は燃やされたし、残った記録もわずかなものだった。サンドラがいたからなんとかできたようなものよ」

「サンドラさんが?」

「彼女はいまでこそ使用人の立場だけれど、もしいまも山の都が存在していたのなら神官にもなれた人よ。本人は女官で充分だといってくれるけど……」


 山の都が滅んだ際、わずかな神官は身分を偽装し生き残ったのである。女官サンドラはその子孫であり「御使いの儀」を代々記憶していたようだ。

 儀式を行うに至った経緯を四妃ナーディアはこう語る。


「いまでこそ慣れたけれど、昔はカールの顔を見るのも嫌で……とにかく誰でも良いからたすけてほしかった。縋れるものがあるならなんでもよかったのでしょうね。ふと、御使い様なら助けてくれるんじゃないかと思ってね」

「それで実行された、と」

「……それがね、そんな簡単にできたらよかったのだけど」


 御使いの儀は魔方陣と力ある言葉を用いるらしく、前者はナーディア、後者はサンドラに伝えられていた。それだけならすぐさま実行に移せそうだが、儀式の方法が載っていた書物は失われているし、二人とも記憶だけを頼りに準備を行ったようだ。その時の頃を目を細めながら懐かしそうに語っている。


「カールは書物は燃やしたと安心していたから、私たちが儀式を伝え聞いていると知ったら命は無かったでしょう。儀式は満月の日限定だったし、ゆっくりと時間をかけて記憶を遡って準備を整えた。大変だったのよ、安直に絨毯の下に魔方陣を書けばいいというものでもなかったから、場所の選定から入って……」


 いまだ彼女がここに囚われているのは儀式が意味を成さなかったことに他ならない。それ故か、過去を振り返る眼差しには落胆の色も窺えたのである。

 儀式の結果は、当然失敗である。

 少なくとも目に見える変化は無かったが、なんと彼女は「儀式」を二回行った。

 何故二回も、と思うだろう。理由は以下のように挙げられた。


「儀式のやり方が最後まで思い出せず、欠けた記憶のまま実行したのよ。すぐに失敗に気付いて翌月に儀式をやり直したけど、そちらも失敗したわ。けど当然ね。魔方陣には欠けも多くて、到底形になっていなかったもの」

「色々とあるんですね。三回目は行わなかったのですか?」

「二回も試したのだもの。三回も実行に移す頃には色々あったから……疲れてしまって」


 こうして御使いを呼びだす儀は失敗に終わったようだ。


「……不思議ね。いままでこんな子供じみたおとぎ話を実行したなんて話、しようとも思わなかったのに」

「ナーディア様?」

「きっと貴女がわたくしの話を真剣に聞いてくれるから、なのかしら。山の都や御使い様のお話もだけど、笑わずにちゃんと聞いてもらえるのってこんなに嬉しいのね。カールには散々馬鹿にされたから……」


 皇帝カールはこの伝承を知っていたようだ。というより、彼の皇帝はこの伝承が本当に嫌いなようである。元々山の都の曰くを知っており、このため王族に近づいたような節があったが、御使いの話をナーディアから引き出すなり怒り狂ったようだ。当時はちょっと機嫌を損ねるだけで地方に飛ばされることもままあったらしく、その元凶になったナーディアは肩身の狭い思いをしたらしい。

 彼女がいまも宮廷外に出られない理由はここだ。自身の「神」を信奉する皇帝カールにとって、山の都の、なにより実在が噂される神など到底認められないのだ。

 寂しそうに笑う彼女を慰めたい衝動に駆られたが、どうしても確認したい事があった。


「あの、つかぬ事を伺いますが、儀式を行ったのはいつ頃なのでしょう」

「いつ? そうね……二十年くらい前……のような気もするけど、そんなに重要かしら」

「い、いいえ。ちょっと興味がわいただけなので」

「なんだか顔色がよくないのだけど、具合が悪いのなら横になる?」

「い、いいえ。お気遣いなく、凄い話だなあとびっくりしているだけですので」


 ひとつ懸念がある。

 ここまで聞けばおわかりかもしれないが「御使の儀」を実行した年月と、その回数、そして私とエルという転生者の数との関連である。ナーディア妃は詳細な年月を記憶していなかったが、もう少し詳細を聞き出せば、年齢は微妙に一致している気がする。

 安易に関連付けるのもどうかと思うが、私たちの転生に山の都の生き残りであるナーディア妃が関係している気がしてならないのだ。もちろんただの推測に過ぎないのは重々承知しているけれど、かといって無関心ではいられない。

 けれど……。


「あの、もし儀式が成功していたら……」

「気をつかってくれてありがとう。けれど、いいのよ」

「……いい、とは?」

「あのときもしも、なんて仮定の話をするにはわたくしは年を取り過ぎました。それにいまとなっては失敗して良かったと思うの」


 失敗してよかったとはどういう意味だろう。この問いにナーディアは「器を用意できなかった」と答えたのである。


「あ、そうか。魂を……」

「そういうこと。成功しても宮廷のどなたかの身体を奪う形になっていたし、説明も間に合わなかったでしょう。向こう見ずな儀式だったわ」


 ここに関してはナーディア妃よりもサンドラさんの方が詳しかった。ナーディア妃がわざわざ彼女を呼び寄せ、説明に当たらせてくれたのである。

 儀式の詳細に興味を持つ私に、初めサンドラさんは難色をしめした。しかし主の後押しに、なにより彼女自身も隠し事をし続けていくのに疲れていたようで、決して口外しないことを条件に教えてくれたのである。

 それによれば、かつての山の都王族は御使いを正しく招くために器たる「御子」を用意したのだという。


「器たる御子は本来男女数名を小さいころから養育して用意します。御使いの魂が正しく肉体を扱うためですね」


 儀式が成功すると御子が「御使い」になる。そうすると器は主導権を奪われ、魂はゆっくりと削れやがて消失するが、完全体になった「御子」の元で国は繁栄に導かれるのであった。

 つまり肉体の共存ではなく乗っ取りだ。

 これには少々――いやかなり言葉に迷ってしまった。サンドラさんはさもありなん、と頷いたのである。


「ですから御子は用意されるものなのです。器の一生を御使い様と国に捧げる代わりに、残された家族の将来を保証する。家族と本人も納得して役目に挑むのです。他国の方には理解しがたい風習でしょうが、山の都では神聖な役目として受け入れられてきました」


 本人も納得尽くめの儀式だったというわけだ。

 

 それとナーディア妃が儀式を強行した理由だが、これはサンドラさんがこっそり教えてくれた。彼女は「器」をどうでもいいと思っていたわけではない。カールが殊更山の都のすべてを否定したのも理由にあったそうで、当時は山の都は偽りの野蛮な風習を信じ続けた蛮族の集まりだと揶揄され続け、同時に相手が誰ともわからぬ虐めも横行していた。家族恋しい主の心は疲弊して痩せ細り、縋るものがなければ生きていけなかった、と話したのである。


「こんなことを貴女様に話してどうなるわけではありませんが……お許しください。夫人のお顔を見ていると、なぜか、どうしても……。いえ、真実を知ってくれるお方を前に、私も語らずにはいられなかったのでしょう」


 最後に……実を言えばこちらの方が私の心中を複雑にさせた原因だ。

 ナーディア妃が自ら野菜を選びに行った隙に、サンドラさんに質問をしている。


「必ず御子から器は選ばれたのでしょうか。しっぱ……もし違う器に宿ったら、なんてことはなかったのですか」

「……驚きましたわ。コンラート夫人は私共の伝承を信じてくださるばかりか、慧眼でいらっしゃいますのね」


 例外もあったようだ。

 ナーディア妃は知らないようだが、神官の一族だったサンドラさんはこの事例についての記録を知っているようだ。

 それによれば、用意された器以外に御使いが宿った例は存在した。ただ器の人格、謂わば魂が消失するのは変わらないし、違和感が発生するので、きちんと見つけ出せたらしい。


「御使い様は悪戯好きなのか、時には私共になにも言わず民の暮らしを見守っていた方もいたのです。その場合もすぐにお迎えし、王宮においでいただいたようです」

「最初の発見はどうやって? うまく溶け込めた御使いもいるようですし、やっぱり魔力の違いとか……?」

「私の知る例だと、しばらくして母親が記憶を失ったとありました。異常に気付いた家族が神官に訴え、それから調査を行ったところ発覚したとか」


 言葉を忘れた。母親が記憶を失うというワードは私の身近にも存在する。


「母親は何故か御子となった我が子の記憶をすべて消失しておりました。調べてみれば御使い様が宿られ器の魂が消失する日付と一致したようですから、我が子がいなくなった悲しみを忘れられるように、御使い様が魔法を施したのだとされています」


 この「魂」が消失する経過年月だが、一年から二十年と非常に幅があるようだ。ただ「御子」として育てられた器は比較的早く「御使い様」に身体を渡しこの世から消失するようだ。

 ……言いたいことはたくさんある。

 聞いた限りの山の都の歴史の割には例外実例が多い気がするのだ。彼らがどれほどの「御使い様」を呼び続けたのだろう。数をこなしていたのなら、山の都の繁栄が限定されているのも不思議だった。それこそ帝国が書物を燃やそうとも大陸中に伝承が知れ渡っていてもよさそうなのに、噂の範囲があまりに限定されている。

 いや、これはただの偏見だ。本音としては、私には「山の都」の「御使の儀」が四妃ナーディアや女官サンドラが信じるような美しいものとは思えなかったから、そのこじつけである。

 けれど、けれども。

 いま悩むべきはそこではない。

 帰り道、四妃に持たされた野菜を抱えながら、つい溜息が漏れていた。


「カレン様、この南瓜はどうしますか」

「……まさか捨てるわけにもいきませんし、スープにでもしてもらいましょうか。一個はライナルト様に渡しましょう」

「殿下にですか?」

「ちょっと文句があるから」


 正直考えたい話ではない。件の話とキルステン当主妻の記憶喪失を繋げるには、これだけで判断して良いのか迷いがある。

 私たちを目撃したどこかの侍女に二度見された。そうだろう、後宮の道を堂々と野菜を抱えた女二人が歩いていれば、当然目立つ。


「ところでゾフィーさん、ライナルト様とナーディア様の関係は知っていました?」

「知っていましたが、忘れていました。お話中に忘れていたことを思い出しました」

「……忘れていたのを思い出した?」

「シスです」

「ああ……」


 なるほど、退役者にはこういう措置もとるわけね。

 足早に後宮を後にするとそのままライナルトの執政館に駆け込んだのだが、彼はシスと共に遅い昼食をとっていたらしい。パンにハムやチーズを挟んだ簡素なもので、添えてある小さな果実を一口で食べたところだった。


「ご機嫌ようライナルト様! それにシス! 随分ゆっくりしていらっしゃいますね!」


 私は大変だったのに!

 勢いのおかげか、襲ってくる眠気も吹っ飛んでいる。大股でやってくる私に、ライナルトは平然とした調子でパンをかじった。


「ナーディアと話はできましたか」

「ええ、できました。ライナルト様のお望み通り、色んな話を! おかげでびっくりさせられましたけど!」


 優雅にご飯なんか食べちゃって! ナーディア妃のところで出されたのは甘味ばかりだったから、しょっぱいのが恋しいなあ、なんて欲がわいたけれど、食欲に引っ張られる私じゃない。

 ところが次の文句を言ってやろうとしたところで、突如とした彼の行動で口を塞がれた。素早く新しいサンドイッチを掴むと口元に突き出され、条件反射で顎を動かすとハムのほどよい塩気が口いっぱいに広がっていく。求めていた満足感が脳を満たしていくが、誤魔化されてはいけない。そのおかげで喋れないのだ!


「彼女は甘いものばかり好みますからね。お疲れ様でした」

「ひはうー!!」


 文句くらい言わせてよー!! 

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