124話 いつか必ずお招きします

 いままでもジェフやウェイトリーさん相手に踊らせてもらったが、やはり相手が変わると勝手が違う。強気なライナルトにどうなっても知らないと訴えてはみたものの、いざ足を踏んでしまうと慌ててしまうからだ。


「す、すみませ」

「顔を下げない、姿勢を崩さない。カレン、貴方に必要なのは自信をもって堂々と背を伸ばすことだ」


 靴を踏んでしまう弊害は、まずヒールが高く、なおかつ相手の革靴が脆い場合は足を痛めることだが、これは靴によっては防げる可能性がある。どちらかといえば問題なのは、ミスの誘発。焦ってバランスを崩してしまうと支えようとした相手まで道連れにしてしまう。もし自分の衣装の裾を踏んでしまったら、それはもう悲惨だろう。嘲笑は防げないし、二度と上流階級の社交場に行きたくないくらいのダメージを心に受ける。

 自身で容易いと言っていただけに、確かにライナルトのダンスは上手い。私はといえば、ほとんど彼に振り回される状態だから目も当てられない。何度もバランスを崩しては支えられ、辛抱強く助けてもらうけれど一向にリズムは取れないばかり。


「だから言ったのにぃ……」

「弱音よりも足を動かす。姿勢が崩れましたよ」


 わかってたけど彼も鬼教官の資質を備えている。体に回された手の平は大きく力強い。そのおかげで練習への安心感は抜群だけど、それに足が付いてきてくれたら世話ない。そして皇子が指導してくれたからといって突然踊れるようになるような夢の展開なんて設けられてはいなかった。次第にライナルトは考え込むようになり、私も申し訳なさで口数が少なくなってくる。

 きっと彼の想像をこえて下手くそだったせいだろう。泣きたいのはこちらの方だった。


「私が相手を務められたのならばなんとか誤魔化しようもあるが」

「余計目立ちます。勘弁してください……」

「……モーリッツをお貸ししようか。あれならばご老体より御身を支えられる」

「ううぅぅぅ」


 ライナルトなりの慰めなのだろうが、下手くそである。これは明らかに誕生祭までに上達の見込みがないって宣告されたようなものだ。

 どうしてこんなにも踊れないのかって? 

 私の方が知りたい!!

 珍しくこちらの気迫に圧されてくれたのか、動きがゆっくりになり、なんとかついていけるスピードになる。


「素直に下手くそっておっしゃってくださってもいいんですよ、私はいまさら傷つきません。ええ、ええ、他の人にも散々言われてますとも。最近は弟にだって呆れられてる始末です」

「頼まれていた件ですが」

「誤魔化したでしょう。誤魔化しましたね」

「腕飾りの件ですよ。カレンから細工師を紹介して欲しいと連絡してきたのでしょう」


 いつになく近くから見上げたライナルトの表情は困ったような、言葉を選んでいるような、珍しくもこの人にしては気遣わしげな困惑が混ざっている。

 運動神経の差をまざまざと見せつけられ、精神に傷を負わされたぶん、八つ当たりをしてやりたい気持ちがあるけれどぐっと堪えた。仮にも皇子だし、主君だし、気安すすぎても失礼だろう。


「……直接お伝えになるということは、やはり紹介状は難しかったですか」

「紹介状は用意できるが、おそらく今度の誕生祭には間に合わない。それをお伝えしようと思っていました」

「構いません。今回に間に合わずとも、あれはちゃんと持っておきたかったんです」


 ニーカさんに渡してもらったライナルト宛ての用件は、コンラートで盗まれた腕飾りに関する話だ。盗まれてしまったのは残念だが、嘆いたところで戻ってくるものでもないのだ。ただあれはデザインや色使いがすごく気に入っていたから、どうしても持っておきたくなった。

 で、今回の誕生祭だ。私の手持ちの装飾品では帝都の衣装に合わない。これは新調が必要だということで、せっかくなので彫金師を紹介してもらおうと考えた。他の職人に依頼するのも考えたが、あれを贈呈し、なおかつ修理してくれたのもライナルトだ。故に紹介状が欲しい、と彼に頼んだわけである。

 ライナルトには紛失からの経緯を説明してある。きっと教えてくれるだろうと思っていたが、答えは予想より若干斜め上だった。


「紹介状はお渡しするが、件の腕飾りについてはもう一度私からお贈りしよう。ですのでカレンは別の品を見繕うといい」

「はい? いえでもそれは……」

「貴方にと作らせた品だ。故意になくしたわけでもないならば、贈らせてもらいたいのですよ」

「ですが修理の時もライナルト様に負担してもらいましたよね。やはりいくらかは代金を……」

「カレン」

「……お願いします」


 おかしいな、さっきまで私の方が圧してたはずなのに。

 ライナルトにはお金を出してもらってばかりな気がするし、大丈夫だろうか。

 ここでライナルトと体が離れて、形ばかりの礼を取る。ようやく地獄の時間から解放されたと思えばなんともいえない安心感があった。


「先ほどの練習はともかく、施していただいてばかりで申し訳ない気持ちになってきます。なにかお礼ができるといいのですけれど」

「話し相手になってもらっている。充分気晴らしになっていますよ」

「私が美味しい思いをしてばかりで、どうもライナルト様の助けになっている気がしないのです」


 しかし私の特技ってなんだろうなぁ。

 顔の広さは当然として、資産すら敵わないし、エルみたいに技術が提供できるわけでもない。多少会計ができて、顔役としての面の皮が厚くなってきたくらい。

 あとは…………鹿や兎の解体くらいよ?


「美味しいと言えば……。そうだ、ライナルト様は野兎の肉は食べられます?」

「ええ、一応は」


 我ながら突然の話題の転換だ。けどまあ、その、解体ができるのはちょっとだけ自慢なのでこのまま続けさせていただく。

  

「この間、息抜きにって久しぶりに解体したらうまくいって、香辛料の配合もいい感じの煮込みが作れたんです。臭みもほとんどなくって、一言多いシスが手放しで喜んでくれたんですよ。いつかご馳走しますね」


 思いつくままに誘ってみたら、なんだかひどく意外そうな、意表を突かれたような顔をされてしまった。彼のこんな顔を見たのは何度目だっけ。決して多くないのは確かだ。


「……やや誇張しました。香辛料の配合はうちの料理人がほとんど配合しております」


 和食や、昔コンラートで兄さんに振る舞ったような出汁を生かすあっさり系なら自信があるのだけど、日本人の時でさえ香辛料の配合なんて馴染みが薄かったから……。


「あ、美味しいのは本当です」


 ここまで言っておいてなんだけど、誘う相手を間違えているという疑問は正解である。反射神経で会話をしない方が良いという良い例だ。

 ただ、この話題は殊の外ライナルトのお気に召したらしい。謎なのは、その手の平が私の頭の上に乗って、ぐしゃぐしゃに混ぜられたことだ。


「ライナルト様?」

「なんでしょう」

「……いえ。よかったら食べに来てくださいね」

「ええ」

 

 髪が乱れてしまったのだけど……顔を見たら小言を言う気が失せた。ま、髪は直せばすぐだしね。

 残りの時間は真面目な話。バーレ家との面談には、ライナルトも時間が合えば顔を出すようだ。先の話の通り彼の目的はバーレ家当主なので、実父問題に絡んでくることはなさそうだが。

 あとはそう、彼の父親である皇帝カールである。

 ライナルトにはこのように忠告された。これが本題だったんじゃないかってくらい真剣であり、目や口元に一切の遊びはない。


「皇帝がなにを考えているかは不明だが、いずれにしても回答には気をつけるべきだ。カレン、あれを拒否するのは当然だが、理解を示してもいけない」


 賛同して褒めるのも駄目ということ?

 王に会えば臣下として当たり前の行動になりそうなものだが……。聞き返そうとしたが、指で唇を押さえられた。駄目だ、ということらしい。


「いま、あなたは質問してはならない。……よろしいですね」

 

 何度も首を縦に振って返事を返す。食事の際もだが、ライナルトは平然と皇帝について話をしていたから、おそらくこの忠告はなにかしら意味があるのだろう。今度宮廷外で聞いてみたいものである。

 さ、ライナルトとの会食はここでおわり。

 わざわざ時間を割いてくれた彼とはお別れして、お互い次の予定に向けて出発だ。ライナルトは宮廷奥へ、私は宮廷を出て紹介された仕立て屋へ。

 ガタゴト揺られてお店に向かうわけだけど、途中道を逸れてとあるご婦人を拾った。


「遅いわ。どのくらい待ったと思ってるのよ。お茶なんてお代わりしてしまったわ」

「ごめんごめん、でもそんなに遅れてはいないはず……」

「謝罪が軽くってよ!」

「ごめーん」


 我が従姉妹マリーである。今日も変わらず派手な衣装だが、すでにリリー・イングリット・トゥーナ公爵を拝見した後なので、彼女の露出など可愛いものである。マリーを誘った理由は簡単。衣装合わせのご意見参考人である。なんだかんだで、以前彼女が見立ててくれた服は良かったのだ。

 私ではまともな謝罪を得られないと気付いてくれたのか、マリーは憤慨しつつも腕を組む。

 

「ガルニエで衣装を仕立てられるの、本当でしょうね」

「それはもう間違いなく本当です。私では意匠や細工に疎いから、助けてもらえるのならマリーのことを紹介させてもらいます」

「ええ、全力で助けて差し上げるから、約束なさいよ」


 衣装合わせが予定より遅れてしまったのはわけがある。リューベックさんから硬貨を受け取った翌日、早速蕾の薔薇ガルニエ店とやらに足を運んだのだが、生憎店主が不在であった。副支配人が対応してくれたのだが、案の定予約は一杯で余裕はないとの返答。諦めて回れ右でよかったのだが、そうはいかないのがガルニエ店だ。

 なにせ私がリューベックさんから渡された硬貨を所持していた。それは蕾の薔薇ガルニエ店が特別な客に渡している特別仕様硬貨であり、リューベックの名を聞くと顔色を変え、請負を約束されたのである。手隙の針子がいないとのことで一旦帰ったのだが、この日に再度来店してほしいと使いが来たのであった。


「普通じゃ到底紹介してもらえないから、一度見てみたかったのよね。ああそうそう、紹介とは別で帽子を作ってちょうだいな。こっちはガルニエじゃなくても構わないわ」

「助けてくれるんだったらなんでもいいですー。……ついでに私のも発注してよ、お昼の余所行きに使えるお洒落なやつ」

「任せなさいな。人様のお金なら使ってあげるのは得意よ」


 鼻歌でも歌いそうなマリー。頼もしいお言葉で涙が溢れそうである。

 ガルニエ店だってプロだ。衣装のアドバイスはもらえるだろうし、間違いない……と思うのだが、それでもあえてのマリーである。

 彼女の助言はガルニエ店でも遺憾なく発揮された。

 笑顔が麗しい店主ガルニエ夫人を前にしても、マリーは物怖じしなかったのである。針子が持ってきて合わせた布地を見て、彼女はピシャリと言い切った。


「あら、お待ちになって。その子に菫色は合わないわ。駄目とはいいませんけれど、そのお色だと顔色が衣装に負けてしまう。もっと別のお色にしてくださいませ」

「リューベック家の方々は紫を好まれるのですが……」

「この子はリューベック家のような高貴なお家の方々とは違いますし、なにより外国から来たばかりの家がそのようなお家に合わせるなんて失礼にあたります。もっと別のお色の生地を見せてくださいませ」

「彼女の言うとおりですよ! 私は本当に気まぐれでご紹介もらっただけですから、どうか別の色を見せてください。あ、そちらの曙や朱色もお美しいですね!」


 一人より二人で押し切ろう作戦であった。リューベック家の紹介ってあたりに嫌な予感がしてたので、念のためにと思ったら案の定だ。これはマリーに感謝、圧倒的感謝。ありがとうマリー、最高よマリー。いまのあなたはあまねく空を照らす太陽より華やかに輝いて見える……!


「帝都は宝飾品の細工が細かいから、前面はすっきりして膨らみは控えめよ。刺繍細工が主で後ろ側が派手になってるわね」

「細工が映えるように?」

「そうそう、ファルクラムは全体の形に膨らみを持たせて、薄衣を重ねたりするのが多かったから大きな宝石が目立つようになってたわね。……そういえば首飾りとかはどうするのよ」

「後で見て回るけど、こちらでも見せていただけるって。そうですよね、ガルニエ夫人」

「もちろんでございます。当店が提携している彫金師を呼んでおりますので、心ゆくまでご確認くださいませ」


 おわかりだろうか。

 潤いの少なかった日々のなか、私はいま、女子トークをしているのである……!

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