第29話 最強の吸収
若い青年騎士を筆頭にしてその下には2000人の兵士達がいた。
若い青年騎士には神官様が2人ついている。
2人とも女性であり、とても厳粛な神官様であった。
「今日も異常はありませんわね、騎士様」
「そうだな、こういう日が続けばとても嬉しい事です」
「それにしてもあの塔に封印されているメイアリナ聖女の心臓の事を思い出すと虫唾が走りますわ」
「そう言わないでくれ」
優しい方の神官様はリリアンナと呼びメイアリナ聖女の文句を言った方がキラビアナという名前である。若い青年騎士はショディスという貴族の生まれという事になっている。
3人とも庭園の王国出身であり、3人とその配下の2000人は故郷が滅びている事に気付いていない。
ジョディス騎士を慕うリリアンナとキラビアナの2人の女性神官達には暗い話がついてくるという事に青年騎士は知っている。
この2人は当時神官学校で同期であったメイアリナの事を虐めていたそうだ。
いくら虐めてもメイアリナ聖女は屈する事はしなかった。
あろう事かそれをバネにして聖女を勝ち取ったのである。
それを今でも妬むのがキラビアナであれば、優しそうなリリアンナは影ながら未だに兵士達へとメイアリナ聖女の悪口を呟いている。
「ではわたしは神へお祈りをして参ります。さすればメイアリナ聖女の心臓の封印が強くなるのであろうから」
「うちは訓練で怪我をした人達を治療してくるよ」
「2人とも気を付けてくれ、まったく、メイアリナ聖女の事でなければ、とてもいい性格をしている2人なのにな」
ジョディス青年騎士が務める場所は神融合の大陸のど真ん中であった。
そこには無数のモンスター達がいる。しかしメイアリナ聖女の心臓のおかげで砦にモンスターが侵攻してくるという事はなかった。
ジョディス青年騎士は知っている。
7人の最強者【エンペラー】達の心臓を使う事で、この神融合の大陸を召喚したのだ。
そして人々は素材不足となったとこちらに引っ越す為に、開拓を始めた。
なぜかエンペラー立の心臓の周りにはモンスターがやってこない事を利用して、開拓を始めた。
現在、神融合の大陸には7つの拠点がある。場所によって砦だったり基地であったり、そのまんまの拠点であったり、色々な名前となっている。
理由は7つの王国が協力したからだ。
ジョディス青年騎士はこの事を後世に伝えていければいいと思っていた。
早く故郷に帰り、弟や妹たちにモンスター討伐の武勇伝を聞かせてあげようかと思っていた。
そんな矢先に、人々の悲鳴が巻き起こった。
「どうした」
ジョディス青年騎士は慌てて馬を走らせた。
ここの砦は遊牧民のような形となっており、丸平の建物が沢山とその真ん中には大きな塔が設立されている。
ジョディス青年騎士は基本的に真ん中のテントにて待機している。
なので四方からではなく1つの咆哮から悲鳴が上がると、彼は走って向かった。
「ひぃいいいいい、さっきまでここに人がいたのに、衣服だけになってるぞ」
「ぎゃああ、こっちもだあああ。衣服だけに」
「あああああ、どういう事だ。おい部隊長殿、どこに消えたああああ。鎧があるぞおおおお」
「こっちもだあああ。さっきまで歩いていたら消失したぞ」
ジョディス青年騎士は何が起きているか理解出来ない状況になっている。
新種のモンスターの侵攻か何かだろうか?
しかしモンスターはここには近づけないし、真ん中から離れれば離れる程モンスターが入れるが、それでも嫌なオーラを感じているのか近づいてくる事はない。
その時だった。金髪の頭に黒い衣服を身に纏ったリリアンナが走ってきた。
その後ろからは白髪の頭に黒い衣服のキラビアナが走っている。
ジョディス青年騎士はそちらに顔を向ける。
次の瞬間、キラビアナの姿が消滅した。
しかも衣服だけが風にたなびいていた。
それを目撃した瞬間、ジョディス青年騎士の本領が発揮される。
殺人鬼のジョディス。それが彼のあだ名である。
この世界は理不尽であり、飢えで苦しむと家族を殺す必要がある。
その時父親はジョディスを殺して口減らしをしようとした。
だがジョディスは巧みなククリ裁きで父親を殺した。
母親は病弱であり息絶えるのを見て、父親と一緒に燃やした。
ジョディスに残されたのは弟と妹であった。
2人はジョディスの大切な家族であった。そこは小さな村であった。
配給される食べ物は限られている。
次から次へと殺しまくった。
配給される食物を奪った。
その結果村には3人の子供しかいなかった。
ジョディスはその力を買われて国王から騎士に任命された。
そして彼はこの土地へとやって来た。
条件は弟と妹に腹いっぱいご飯を食べさせる事であった。
殺人鬼のジョディスは跳躍すると共に、右手だけでリリアンナの手首をつかんだ。
その地面には水たまりがあった。
「やはり、スライムであったか、それも高レベルの、しかしモンスターは近づけぬが」
その時になると、周りの兵士達は2000人から約500人位にまで減っていた。
沢山の衣服が落ちているだけであった。
もちろん500人の兵士達はパニックを引き起こし、次から次へと聖女の心臓の塔から逃げて行く。
もちろん森や沼や川や荒野には恐ろしいモンスターがおり、ここは神融合の大陸の真ん中の草原でもあり、その四方には数えきれない凶悪なモンスターがいた。
次から次へと至る所から悲鳴が響き渡って来る。
大勢の兵士達がモンスターに食われているのだろう。
彼等は密集体系を取り、チームワークを活かせば最強なモンスター達でも対応出来るはずであった。
しかし彼等は現在パニックになり、チームワークを生かす事が出来ず。
ただひたすら逃げまとい、ハンターと化したモンスター達に食われるのを待つだけとなった。
草原に残されたのはリリアンナと殺人鬼のジョディスであった。
「まったくこんなにスライムがいたのか」
殺人鬼のジョディスは辺りを見回している。
リリアンナもきょろきょろとしている。
「どうやら、あなたには吸収戦法は使えないようね、スライムの雨なんかどうかしら、でもあれをやると色々と疲れるし、ならバトルって奴かね、あの世で槍くらいは使えていたのだからね、てか、あなたはリリアンナじゃない、なつかしいわね、いじめられっ子を覚えているかしら? そうか先程の奴はキラビアナね、食べちゃったよ」
無数のスライム達が次から次へと1つの形へと融合していく。
人の形をとりとめて行く中、そこには伝説の女性がいた。
彼女こそが。
「聖女メイアリナ、生きていたのですね」
「死んでいたわよ、無理矢理転生したようなものね、スライムに、あなた達の国は滅ぼしたから安心してあの世へ逝ってちょうだい、この大陸には庭園の王国は存在していないのよ」
その発言を殺人鬼のジョディスの心に響いた。
「存在していない? 弟は? 妹は?」
「おあいにく様、恐らく死んでるね」
その時何かがぷつんと途切れた。
人間であるべき尊厳とか、命の大切さとか、でも父親を殺して、村人を殺しつくした辺りから、何かが狂ってきていた。
それが当たり前な事なのかもしれない、それが生きて行く事なのかもしれない。
それが飢えで死ぬ事なのだろう、苦しんで苦しんで、そしてもがき続ける。
ゴールはどこにもない、そして弟と妹はジョディスを置いて人生のゴールに辿り着いた。
それが死なら。
「どうしたのですか、ジョディス青年騎士、命を懸けてこのわたしを守りなさい」
「うるせいババア」
ジョディス青年騎士は2本のククリナイフを引き抜き、そのリリアンナの首を一瞬で両断していた。
コロコロと転がる首を見て、その頭の上に足を乗せるジョディス。
「これからは殺すか殺されるかだ。いい人を演じるのはやめよう、弟と妹を大事にする良いお兄ちゃんを演じる? それも飽きた。その2人はいないのだ。もう人生が終わった。未来はない。なら次からは自分の楽しみだけに生きればいい、殺して殺して殺しまくる。それが拙者の本性であるんだ」
「やっぱりあなたは普通ではないようね」
「なぁババアにとって普通ってなんだよ」
「まぁ花を見て感動したり、星空を見て感動したり、ご飯を三食食べたり、それとわたくしはババアではなくてよ」
「拙者にとっての普通は父親を殺し、同じ村人を殺し、そして燃やす事だ」
「うん、それは普通とは言えないけどあなたにとっては普通なのね」
「そのとーりでーす」
聖女メイアリナはスライムの体から何か棒のようなものを取り出すと、それが槍へと変貌した。
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