第173話「ツンデレラと黒獅子②」
場面は再びランスへ寄港中のテメレール号の艦長室へと戻り、人買い商人をサンドバッグにした理由を問われたレオノールが物憂げな表情になったところから。
「ああ、実は昔……姉さんを拐われたんだ」
レオノールはその美しい顔を悲しげに歪めながら手に持った空のグラスを見つめ、静かにそう言った。
「え?」
そんな彼女の予想外の反応を見たエリザは思わず目を見開いたが、
「……て言っても物心がつく前の話だから、レオニー姉さんのことをハッキリ覚えてる訳じゃないんだけどな」
レオノールは苦笑しながらそう続けた。
「そうなのですか……あの、ごめんなさい……」
見た目はアレだが本当は心優しいエリザは、よく考えずに理由を聞いてしまったことを後悔して彼女に謝った。
「ん?そんなの気にしなくていいって!アタシも自分で話すって言ったんだしさ。だからエリザ、しょげるなって!な?」
するとレオノールは少し慌てながらそう答え、話を続ける。
「それで話を戻すんだけど……まず、ウチは海軍軍人の家系なんだ。オヤジはランス海軍で艦長をやってて、滅多に家に帰ってこなかった。だから、家には母さんと双子の娘達……つまりアタシと姉さんだな、の三人でいることが多かった」
「はい」
「で、そんなある日、突然庭で遊んでた筈の姉さんが消えたんだ。勿論、使用人とか近所の人達も一緒に姉さんを探したらしいんだけど、全然見つからなかった。当然、その後役人も呼んで調べて貰ったんだけど、その時分かったのが、姉さんらしき女の子を載せて走り去る怪しい馬車がいたらしいってことと、ブラックマーケットで滅多に見ないようなとびきりの美少女が売られていたってことだ。つまり、姉さんは人買いに拐われたと分かった訳だ」
「そんな……酷すぎますわ!」
そこまで聞いたエリザが憤慨して叫んだ。
すると、
「本当に酷い話だよな……姉さんは何も悪くないのに。まあ、こう言っちゃアレだが、当時からアタシ達姉妹は可愛くて有名だったらしいし、もっと気を付けとくべきだったんだろうな。まあ、アタシは今じゃこんなんだけどね」
男顔負けの凛々しい軍服姿のレオノールは、そう言って肩をすくめて見せた。
「そんな!漢らしいレオノールさんはとっても魅力的ですわよ?貴方がその気になれば大概の女性は落とせますわ!」
すると、彼女のそんなセリフに対してエリザは直ぐにフォロー?した。
「ふふ、ありがと」
だが、優しいレオノールは的外れな彼女のフォローに礼をいってから再び話を続ける。
「えーと……そう、それからもオヤジと母さんは事故で死ぬまで姉さんを探し続けたんだけど、ブラックマーケットに流れた後の足取りが全くダメだったらしい……」
「と、言うことは……」
結論を察したエリザが悲しそうに呟いた。
「ああ。残念だが姉さんはきっともう見つからない……多分もう……それに万が一見つかっても、娼婦か貴族の愛人ってとこだろうな……」
レオノールはそれに力無く答えた。
すると、そんな悲しい話を聞き終えた心優しいツンデレラは涙が止まらなくなってしまった。
「うう、そんな……お姉様ばかりか、ご両親まで事故で……あんまりです……ぐす」
「……仕方ないさ。まあ、その所為で人買い共を捕まえるたびについ殺っちまうんだけどな!アッハッハ!だから、泣くよエリザ」
そんなエリザを見たレオノールはそう言って、誤魔化すように豪快に笑って見せた。
まあ、『つい』で殺られる側は冗談ではないだろうが……ドナ◯ドではあるまいし。
「すん……そうですわね、レオノール艦長……」
当のレオノールがそう言っているので、エリザは悲しい気持ち何とか抑えて泣き止んだ。
それから少し時間が経って落ち着いたところで、
「ところでエリザ、これから先はどうするんだ?」
レオノールが話題を変え、少し心配そうに言った。
「えーと……正直、わかりませんわ。何をすればいいのか、どこへ行けば良いのか……国を追われたアタクシなど何も出来ませんし……」
するとエリザは珍しく自信なさげに言った。
「そうか、困ったな……まあ、ルビオン出身だし、ランスに助けてくれる知り合いなんている訳ないしなぁ。やっぱり素直に亡命の申請をするしかないか……」
と、それを聞いたレオノールがブツブツ呟いていた、その時。
「え?……ランスに知り合い?……知っている方……あ!あの!」
エリザが何か閃き、声を上げた。
「ん?」
「艦長、このお船は一度ランスへ戻るんですわねよ?」
「ああ、明日の朝にはルーアブルの港に着く予定さ、それが?」
「はい、アタクシ……ランスの王都へ行きたいですわ!」
「いきなりどうした?何で急に王都なんだよ?……あ、もしかして陛下に会って亡命を申し込むのか?」
「いいえ……アタクシ、あるお方にお会い……いえ、あるお方を見たいのです!例え一目でも!そうすればきっと勇気と元気が出て、良いアイデアが出て来る筈ですわ!」
そして、エリザは力強くよく分からないことを言い出した。
「ええ!?おいおい……本気か?あと一応、理由を聞いても?」
流石のレオノールもエリザの突然の思い付きに驚き、いきなり訳の分からないことを言い出した彼女にそう聞いた。
「え、あ、その……」
すると、理由を問われたエリザは何故か急に恥ずかしそうな顔になり、言葉に詰まってしまった。
「え?あー……勿論、無理にとは言わねえけどさ」
不遇な少女には優しいレオノールは、思わずそう言ったが、
「いえ、レオノール艦長にはお姉様のことをお話し頂きましたし、アタクシもちゃんと全てをお話しいたしますわ」
エリザは意を決してそういうと理由を語り出した。
その『お方』の素性と、出会いを。
………………。
…………。
……。
約十分後。
「……ぐす、アイツ、いい奴だなぁ」
見た目の割に結構涙脆いレオノールが泣いていた。
「はい!あのお方は本当に素敵な方でしたわ!」
逆にエリザはイキイキしながら目を輝かせ、久しぶりに思い出補正をかけまくったシャケの虚像を熱く語っていた。
と、そこで今までエリザの補正入りまくりの思い出話を聞いて泣いていたレオノールが、
「ぐす……そっかー……でも、アタシもそれは何となく分かるよ」
意外なことに、そう言ってエリザに同意した。
それはまるでマクシミリアンのことを知っているかのように。
「え?もしかして艦長、貴方もあの方にお会いしたことが?」
エリザはそれに驚きつつ、思わずそう聞いた。
「ああ、実はアタシも昔あの王子様に会ったことがあるんだ……まあ向こうは覚えちゃいないだろうけどさ」
そして、意外な事実が発覚。
「あら!まあ!それはいつ頃のことですの!?」
普通なら嫉妬しそうな場面なのだが、何故か嬉しくなったエリザはテンションアゲアゲで更にそう言った。
「アレは今から十年ぐらい前、新しい任地へ向った両親が船ごと行方不明になって、アタシは食い詰めて仕方なく海軍に入ったんだ。そんな頃だった。まだフレッシュな士官候補生だったアタシが乗ってた戦艦に王族が視察に来ることになったんだ。それが……」
「それがあの方だったのですわね!?」
言いかけたレオノールに、エリザが食い気味に言葉を被せた。
すると、レオノールは苦笑しながら、
「ああ、そうだ。今みたいにバカだシャケだと言われる前の、まだ神童とか呼ばれていた頃の第一王子様だ」
そう言った。
「ほほう、それで?」
エリザ、興味深々である。
「いやー、正直痺れたぜ!あの王子様は凄かったよ」
そして、レオノールはこれまた意外や意外。
シャケを褒める?ようなことを言い出した。
「えーと、痺れた?」
だがエリザは言葉の意味がよく分からず頭に?を浮かべた。
そんな彼女を見ながらレオノールは楽しそうな顔で語り出す。
「王子様は艦内を回りながら偉いさんだけじゃなく、アタシみたいな士官候補生や下士官、水兵にまで声を掛けてくれたり、気遣ってくれたし…… 特にアレは嬉しかったな、まだ小娘だったアタシに王子様は優しく……いや、何でもない」
「まあ!やはり今でもあのお方はとてもお優しいのですわね!ふふ」
それを聞いたエリザはまるで自分のことのように嬉しそうだ。
「ああ、そうだ。で、問題はその後だ。一通り視察が終わった後、王子様は随行した海軍の提督や艦長達に提案をしたりしたんだけど……」
「提案?あの方が?」
「ああ!例えば……さっきぶっ放したチェーンショットとか、ライムとかレモンを必ず積めとか、色々な」
「え?大砲の弾種は兎も角、果物を積むことがそんなに凄いことなんですの?」
それを聞いたエリザは戸惑ったような顔で聞き返した。
「ああ!勿論!なんたってそのお陰で壊血病が無くなったんだからな!」
すると、レオノールは即答した。
「ええ!?本当ですの!?」
エリザは世界有数の海洋国家であり、同時にその病に悩まされる国ルビオンの姫として、その事実に驚愕した。
因みに壊血病とは長年船乗り達を悩ませてきた病気で、脱力や体重減少、筋肉痛関節の鈍痛に加えて皮膚や粘膜、歯肉の出血およびそれに伴う歯の脱落などが起こる。
原因はビタミンCの極度の不足であり、長期間船に乗っていると塩漬け肉やビスケット、酒ばかりの食生活になるので、帆船時代にはよく発生していた。
「な?凄いだろ!?」
そしてレオノールもまるで自分のことのように彼のことを誇り、自慢した。
が、しかし。
皆様のお察しの通り、実際には調子に乗ったシャケが現代知識をひけらかしただけである。
「しかも、その提案をした時に頭が固い提督連中が渋るのを見て躊躇なく『やれ!』って一喝したんだよ!あれは痺れたぜ!」
と、続けてレオノールは熱くシャケのことを語った。
だが、これも実際には単に気分よくひけらかした現代知識を軍人達が素直に受け入れなかったので、シャケがキレて『やれ!』と叫んだだけである。
「凄いわ!アタクシも見たかったですわ!」
だが、何も知らないエリザは目を輝かせた。
反対にレオノールは少しだけ顔を赤くしながら、
「……正直、ちょっと惚れちまったよ、年下のガキに」
消え入るような声で、恥ずかしそうに言った。
「当然ですわ!あの方に惹かれない女性などおりませんし……それにしてもレオノール艦長まであの方の虜になっていたとは……これは何という偶然!きっと神のお導きに違いありませんわ!ね!?」
エリザは力強くそれを肯定し、なんだかヤバそうなことを言い出した。
「お、おう……そうかもな?」
そんな暴走気味のエリザに若干引きつつ、レオノールは取り敢えず同意した。
「絶対そうですわよ!……さあ、時間はたっぷりありますし、アタクシの知らないあのお方について詳しく教えて下さいまし!」
「ああ、分かったよ」
そして、意気投合?した二人は、そのまま一晩シャケの魅力について語り尽くし、翌朝、船は無事にランスの港町であるルーアブルに到着した。
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