第171話「ツンデレラと黒獅子①」
「アタシはそこのテメレール号の艦長をやってるレオノール=レオンハートだ。アンタは?」
と直前まで人買い商人をサンドバッグにしていた女性はそう名乗り、ニィッと笑いながら座り込んでいるエリザに手を差し出した。
「あ、ありがとう……あ、アタクシはエリザ……あー……そう!アタクシ、エリザと申しますの!(ウ、ウソは言っていませんの!)」
と、エリザはお礼を言いながら、レオノールの手を取った。
「そうか、エリザか。宜しくな」
「……ぐぇ」
レオノールはそう言うと、どさくさに紛れてエリザに気絶させられた手下Aを踏みつけながら、優しく彼女を引っ張り起こした……のだが。
「あ、あら?脚に力が……きゃ!」
彼女は座り込んでいた所為で脚が痺れて上手く立てず、バランスを崩してしまった。
「ん?……危ねえ!」
すると、それを見たレオノールはそんなドジっ子エリザを即座に自分の方へと引っ張った。
「むぎゅ!?」
「おい、大丈夫か?自分で歩けるか?」
そして、優しく彼女を抱きとめると整った美しい顔を近づけて心配そうに言った。
その問いにエリザは顔を真っ赤にしながら、
「はぅ!は、はい!大丈夫ですの!……でも、まだ歩けないです……」
何とかそう答えた。
それを見てレオノールは少し考えた後、持っていたカットラスを鞘にしまい、
「そっか、じゃあ仕方ねえな……よっと!」
そう言って躊躇なく意外と重いエリザを軽々と抱き上げた。
「ふぇ!?」
所謂お姫様抱っこの状態で。
この男装の麗人が美しき姫を抱き上げる様は、まるで宝◯のワンシーンのようである。
「レ、レオンハート艦長!?」
突然イケメン(♀)に抱き上げられてしまったエリザは珍しく慌てた。
「気にすんな、サービスだ。ちゃんとアタシの部屋まで運んでやるからさ」
すると、レオノールは笑いながら見当違いのセリフを返した。
「うぅ……そ、そういうことでは……それにアタクシには心に決めたお方が……(ああ、でもこの方も凄く素敵!もしかして、これがモンロー効果というやつかしら!?)」
エリザは突然の事態に混乱し、そんなことを思いながら恥ずかしさのあまり両手で顔を押さえたのだった。
因みにこれは『吊り橋効果』の間違いであり、『モンロー効果』で有名なのは、RPG7等の対戦車兵器である。
「さあ、行こうか」
「うぅ……はい」
そして、レオノールがそう言うと、エリザベスは観念?し、真っ赤な顔をしながら消え入りそうな声で呟いた。
「あ、あの……優しく……してくださいまし」
「ん?優しく?おう、勿論だ!安心しな!」
レオノールは笑顔でそう答えると、エリザを抱えたまま横付けしたテメレール号にヒョイっと飛び移り、自室へと戻ったのだった。
その後、密貿易船にプライズクルー(拿捕した船を回航する要員)を残し、艦長室へと戻ったレオノール達は……。
「……どうだエリザ?」
「ん……ん、は、はい……す、凄くいい……ですわ」
「そっか、じゃあ次行こうか」
「つ、次だなんて!アタクシこれ以上はもう……いえ、でも、もっと欲しいかも……」
と、欲望に抗えず、そんな声を上げていた。
「遠慮すんなって!なんつったって……育ち盛りなんだし!……それにこんな時こそ無理にでも食って体力をつけないと、な?」
「は、はい!そうですわね!それにしてもこのマトンのロースト、本当に美味ですわ!」
『食欲』という名の欲望に支配された、そんな声を。
そう、実はエリザを運搬中に彼女のお腹が鳴った為、レオノールの計らいで現在二人は艦長室で食事中なのだ。
「むぐむぐ……ん、そうだろう?まあ、元々ルビオンよりランスのが食い物が美味いのもあるんだけど、実は作ってるコックが一流なんだよ」
そして、レオノールはマトンのローストを頬張りながら、無意識にルビオンの食文化をディスりつつ、そう言った。
「うぐ……ま、まあ確かに我が国の料理の評判があまり高くないの事実ですが……それは兎も角、軍艦のコックが一流とは珍しいですわね?」
エリザは一瞬、顔を引き攣らせたあと、そう聞き返した。
「まあ、普通はそう思うよな。でも、アイツは本当に凄いんだよ、色々とな」
「そうなのですか?」
「ああ、料理の腕だけじゃなくて、メチャクチャ強いんだ」
「強い?」
「そうなんだよー、あ、因みにあの密貿易の下にいた連中、殆どあのコックが一人で片付けちまったんだぜ?」
レオノールは楽しそうに言った。
「ええ!?」
「因みに決めゼリフは『キッチンでは負けたことがないんだ』なんだよ」
「意味がわかりませんわ……一体何者なんですの?」
「まあ、実はアタシも素性とか詳しく知らねえんだけど、なんか元海軍軍人で、今は引退して王都で店をやってるらしい。それでよくわかんねーけど、若い連中が頑張ってるのを見たら久しぶりに船に乗りたくなったらしくて、偶然欠員が出ちまったアタシの船のコックになった訳だ」
「は、はあ……」
と、特に意味もない雑談をして空気が和み?、食後の珈琲が運ばれてきたところでレオノールは話を切り出した。
「さてエリザ、一応聞いておきたいんだが……向こうで何が起こってんだ?よかったら教えてくれないか?」
「えーと……それは……」
エリザは一瞬、恩人ではあるが、敵性国家であるランスの軍人に国の内情を話していいかどうか、逡巡した。
すると、それを見たレオノールは、
「あ、勿論辛いなら無理に言わなくていいからな?」
と、その美しくもおっかない見た目とは裏腹に、心配そうに付け加えた。
そう、彼女は不遇な女性にはとても優しいのだ。
「いえ、お話致します……いえ!お話させてくださいまし!」
そんなレオノールの姿を見たエリザは彼女を信用することにし、一部をぼかしながら、逃げてきた経緯やルビオンの政治情勢を話した。
すると、
「ふぇ!?」
いきなりレオノールがエリザを抱きしめた。
「……そっか、大変だったな。辛かったな」
そして、優しく頭を撫でた。
「は、はい……」
はじめはいきなりのことでビクリとしてしまったエリザだが、直ぐに彼女に身を任せ、そのまま大人しく頭を撫でられた。
「あと、よく頑張ったな」
「ふぇー……」
そして、なんとエリザは人生で初めてシャケから浮気しそうになってしまう……が、しかし。
「あ、あの!」
ギリギリのところで耐えて、そう叫んだ。
「ん?どうした?」
「一つお聞きしても!?」
「おう!アタシは隠し事はしねえから、ぶっ殺した人数でも、胸のサイズでも、何でも聞いてくれ!」
すると、レオノールは豪快にそう言った。
「え?い、いや、そういうのは別に……コホン、えーと、アタクシがお聞きしたいのは……何故あそこまで人買い商人をフルボッコに?」
そして、助けられた時から気になっていたことを聞いた。
「ん?ああ、そっか。見てたんだもんな。気になるよな?はは、そっかー、だせーとこ見られちまったな……」
問われたレオノールは、ばつの悪そうな顔をして頭をポリポリとかいた。
「はい、まるで親の仇でも見ているかのようでしたわよ?」
「うーん、まあ……大体そんな感じだ。まあ正確には『姉の仇』なんだけどな」
「お姉様が?」
「ああ、そうさ。と、その前に……と」
レオノールは先程人買い商人からせしめた上等のウイスキーのボトルを取り出し、グラスに注いだ。
そして、それを一気に煽った。
「プハー!美味え!あのデブ、中々いいもん持ってるじゃねーか」
「あ、あのー……」
「ああ、分かってるって。この話は少し長くなるし、重いんでな。遂、酒が欲しくなっちまうんだよ」
戸惑うエリザにレオノールは苦笑しながらそう言った。
「それで?」
エリザが先を促すと、
「ああ、実は……昔、姉さんを拐われたんだ」
レオノールは今日初めて悲しそうな顔になり、特に意味もなく手に持った空のグラスを見つめながら、静かにそう言ったのだった。
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