第59話「尋問③」

「お兄ちゃん……って呼んでもいいですか?」


 ノエルが上目遣いで、恐る恐ると言う感じで聞いてきた。


「え?お兄ちゃん?」


 え?何でお兄ちゃん?


「うん、ダメ……かな?」


 更に甘えるように聞いてくる。


 困ったな……。


 あ、どうもリアンです。


 いきなり意味不明な展開で皆様は混乱されているでしょうから説明致しましょう。


 一言で言うと、尋問したら義妹が増えました。


 ええ、私も意味が分かりません。


 ですが、これが事実なのです。


 まあ、私の作戦がマズかったと言うか、ハマり過ぎたと言いますか……。


 内容を冒頭から説明すると………。


 さて、レオニーも頼んだ通り頑張ってくれたようだし(寧ろやり過ぎ?)、私も張り切って行こうか。


 そう、意気込んで尋問室のドアを開けた私は……穏やかな笑顔を浮かべながら中に入った。


 部屋の中には私を襲ったノエルという少女が、真っ青な顔で座っていた。


 可哀想に、ガタガタ震えている。


 よっぽどレオニーが怖かったようだ。


 そして、私は椅子に座ると穏やかに彼女に話しかけた。


「こんにちは、初めまして。悪逆王子のマクシミリアンだ」

 

「あ、悪逆……王子。ああ、ボクもう、ダメだ……」


 あれ?滑ったかな?


 ノエルは私の顔を見た途端に絶望に打ちひしがれていた。


 えぇ……、そんなに凶悪な顔をしているのかな?一応顔だけは自信があったのだが……。


「はは、嫌われてるね……。私は君と話がしたくて来たんだよ」


「ボク……と話?お、前と話すことなんかない!」


 怯えながらも必死に抵抗するノエル。


 健気だなぁ、きっと根はいい子なんだろう。


「まあまあ、落ち着いて。私は君をとって食おうと言う訳ではないよ」


「え?」


 苦笑しながら話す私に、ノエルは困惑している。


「話がしたいだけだし、嫌なら無理に話すことはないよ」


「え?ええ?」


 と、そこでノックが聞こえ、メイドが一人入ってきた。


「ちょうど、お茶も来たようだし、休憩にしようか。疲れただろうし、昨日から何も食べてないだろう?」


「え?うん……」


 そして、紅茶とアップルパイを運んできたメイドはそれらを粗末なテーブルに準備して退出した。


 ノエルはそれを呆然と見ていた。


 さて、少しサービスしてやるか。


「砂糖はいくつ入れる?」


「え!?さ、砂糖!?いいの?」


 ああ、そういえば砂糖は高級品だからな。


 驚くのも無理はないか。


「じゃあ二つ入れておくから、足りなければ自分でね」


 私は勝手に角砂糖を二つ入れると、ティーカップを彼女の前に差し出した。


「うん」


 おずおずとそれを受け取ったノエルはゆっくりと口を付けた。


「美味しい……」


 すると彼女は思わず笑みを浮かべた。


 甘く温かい紅茶に思わず緊張が緩んだのか、素直な感想が出たようだ。


「あと、昨日から何も食べてないだろう?アップルパイもあるよ」


「えっ?本当にいいの!?」


「ああ、勿論。さあ、どうぞ」


 私がイカサマスマイルと共にそう勧めると彼女は夢中で食べ始めた。


 さて、ここで皆様の疑問にお応えしましょう。


 何故、私が自分を殺しに来た者に優しくするのか、と。


 今、お前がロリコンだからだろう?と思った方、違います。


 私は至ってノーマルです!


 で、答えは、ちょっと試したいことがあったからだ。


 グッドコップ・バッドコップ(良い警官・悪い警官)と言う言葉をご存知だろうか。


 これは映画やドラマで良くある方法なのだが、辞書的には以下の通りである。


「悪い警官」は対象者に対し、粗暴な非難や侮辱的な意見、脅迫などの、攻撃的かつ否定的な態度を取り、基本として対象者との間に反感を作り上げる。これにより、対象者に同情的な役割を演じる「良い警官」の活躍の場が整えられる。「良い警官」は対象者に対し支援や理解を示すように見せかけることで、基本として対象者への共感を演出する。また、「良い警官」は対象者を「悪い警官」の締め上げから庇護する。

 対象者は「良い警官」への信頼感や「悪い警官」への恐怖から、「良い警官」と協力関係が結べるのではないかと思い込み、結果として「良い警官」へ協力するために、色々な情報を話してしまう。


出典 Wikipedia


 要は、対象の人物を路地裏でチンピラ役の仲間に襲わせたあと、自分が正義の味方として助けて信頼を得るようなイメージだ。


 で、これをやってみよう思い、こんなことをしているのだ。


 だから私は、レオニーにノエルを軽く?脅させ、今はこうしてスマイルと紅茶とアップルパイのセットを提供している訳だ。


 さっきから少しずつ態度も軟化してきた気がするし、順調ではないだろうか?


 と、そろそろ彼女がアップルパイを食べ終わったようだ。


 笑顔を浮かべる彼女は、空腹と恐怖から解放されて、少しリラックスしてきたようだ。


「さあ、話をしようか」


「あ、うん……」


「あ、でも無理に答えなくてもいいよ?」


 あくまで私は優しく振る舞う。


「え?」


「それで、良ければ教えて欲しいのだけど、君はどうして私を悪逆王子と呼ぶのかな?」


 これは私の純粋な疑問である。


「ごめんね、正直に言って私は全く身に覚えがないんだよ。もし知らないうちに誰かを傷付けていたのなら謝りたいしね」


 実際覚えがない。


 それに人の恨みは怖いから事実なら謝罪なり賠償なりしないと、後が怖い。


 折角自由になったのに、翌日には路地裏で刺されて転がっているとか嫌すぎる。


 あと、自分で言うのもあれだが、私は放蕩王子ではあったが、流石に無実の民を虐げるようなことはしていない……はず、多分。


「え?え?本気で言ってるの?」


「ああ、勿論だ。お願いだ、良ければ教えてくれないか」


 私は真剣な表情を作りつつ、促す。


 流石に気になるし、刺されたくないし。


「……うん。わかった」


「そうか、ありがとう」


 お、落ちたな。


「でも、その前に知りたいんだ。お前は、いや、貴方は本当に第一王子マクシミリアン……様なんですか?」


「え?そうだよ?始めに言った通り、私がマクシミリアンだ。でも、どうして?」


 今更何を?


「えっと、話に聞いていたのと随分違ったから……」


「そうか、一体どんなふうに違うのかな?」


「えっと、ボクが聞いてたのは、第一王子は自分の贅沢の為に必要なお金を国民、特に立場が弱い僕たちみたいな存在から搾り取ってるって聞いたんだ。あと、国中から美女を集めて囲ったり、一日中美酒に酔いしれて酒池肉林の限りを尽くしてるとか、逆らうものは皆殺しとか……」


 おい、誰だそれは?


 女を囲ったりしてないし、人も殺してないぞ……。


「……それで?」


「他には公爵令嬢セシル様を権力で無理やり婚約させたりとか、妹のマリー様も無理やり自分の妻にするつもりだとか……」


 えーと、あの婚約って無理矢理じゃないよな?確かスービーズ家側から打診があったような……それもかなり強い押しがあった気が……。


 あと、マリーは可愛いが、流石に私はロリコンではないぞ。


「……ありがとう、もういいよ。なるほど、それは酷いな」


 いや、酷すぎる!


 こんなの絶対おかしいよ!


「えっと、やっぱり全部嘘なの?」


 と、ここでノエルが意外な反応をした。


「ああ、全部嘘だよ。酷い話だね。まあ、信じられないだろうけど……」


「いや、ボクは信じるよ!」


「え?」


「だって、王子様は話してたら聞いてたのと全然違うんだもん。それにボクは結構人を見る目があるんだ。王子様の目は悪い奴の目じゃないもん。王子様は絶対良い人だよ!」


 何か良い人認定されたな。


「そうか、ありがとう」


「それに、こんな悪いことをボクに優しくしてくれたし……。家族とはぐれてから今までボクに優しくしてくれたのは王子様だけなの。だから……嬉しくて」


 ノエルはその美しいブルーの目に、涙を浮かべながら言った。


 そんな純真な目で見られると、何か後ろめたい。


「そうか、今まで大変だったんだね。でも、もう大丈夫だよ」


 少なくともレオニーや赤騎士に拷問されないようにはしてやろう。


「え?本当に?」


「ああ、本当だ」


 私はエセスマイルを浮かべながら答え、そのまま普段からマリーにしていた癖で頭を撫でる。


「あっ!」


「あ、ごめんね。義妹に良くやっているから癖でね」


「ううん、もっと撫でて」


 だが、ノエルは嬉しそうにしている。


「それは良かった。では、申し訳ないけど私はそろそろ行かないといけないんだ」


 悪いな、私は忙しくのだ。


「え?行っちゃうの?」


 それを聞いた途端、彼女は捨てられた仔犬のように不安そうにしている。


「大丈夫、もう酷い目にはあわせないから。約束だ」


「うん!」


「よし、では直ぐに代わりの人間が来るから、その人に知っていることを全部話してくれるかな?」


「わかった!」


 よし、任務完了。


「では私は戻るけど、何かあるかな?何でもいいよ?無ければこれで……」


 さあ、戻って珈琲でも……。


「だったら……あ、あの……お兄ちゃんって呼んでもいいですか?」


「え?お兄ちゃん?」


「うん、ダメ……かな?」


 まあ、別にそれぐらいいいか。


 話を聞いたらもう関わることもないだろうし。


「構わないよ」


 私はゼロ円スマイルでそう答えた。


「うん。ボクは一人っ子だったから、こんな素敵なお兄ちゃんが欲しかったの」


「そうか。私も可愛い妹が増えて嬉しいよ」


 サービスで頭撫で撫でだ。


「はぅ!」


「ではこれからよろしくね、ノエル」


 もう会うことはないだろうが。


 あ、別に用済みになったら始末すると言う訳ではないですよ?


 そのうち小銭を持たせて適当にリリースする予定です。


「うん、よろしくお願いします。お兄ちゃん!あと、殺そうしてごめんなさい。お詫びにボク、お兄ちゃんの為なら何だってするよ!気に入らない奴がいたらボクが代わりにやっつけてやるからね!」


 殺そうとしてごめんなさい、とか字面にすると恐ろしいな……。


「あ、ありがとう?」


 あれ?何か、またヤバそうなのが増えてしまった?




 因みに壁一枚横では……。


「何が『お兄ちゃん』ですか!ふざけないで下さい!私は絶対認めませんよ!」


 マリーが激怒して暴れ出していた。


「まあまあ、落ち着いてマリー」


「そうですよマリー様、義妹として器の大きなところを見せませんと」


 ニヤニヤしながら赤い鎧と、巨乳メイドがマリーを宥めようとしたが、


「これが落ち着いていられますか!?私のアイデンティティの危機なんですよ!?」


 マリーは更にヒートアップ。


「別にいいじゃない、減るものではないし」


 だが、さっき笑われた仕返しか、赤い鎧がマリーを煽る。


「減りますよ!色々と!それに私から妹属性を取ったら残るのは腹黒王女と言う部分だけ……」


「なんと!自覚はあるのですね」


 そして、今度はレオニーが続くが、


「否定しなさいよ!」


 キレられた。


「えぇ……」


「もういいわ!あんな小娘死刑よ!死刑!今すぐ家畜の餌に……」


 遂にマリーはとんでもないことを叫び出したが二人ともスルーして、レオニーとセシルが冷静にツッコんだ。


「小娘って……同い年では?」


「それに、彼女を死刑にするとリアン様の努力が無駄になるのでは?」


 年上二人の容赦のない指摘に、マリーは遂に発狂した。


「ぐぬぬぬぬぬ!!ムッキー!!」

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