第41話「悪役令嬢爆誕⑤」

「申し訳ございませんでした奥様!」


「「!?」」


 突然のことに私もリディも訳がわからず困惑してしまいました。


 すると、マルセルが続けて喋り出しました。


「セシル様の件は私の、私の責任でございます!」


 しかも目に涙を浮かべて。


 あの何が起きても眉一つ動かさない鉄面皮のメイド長マルセルが!


 まさに驚愕の一言です。


「セシルお嬢様が傷つけられ、貶められることを防ぐことができませんでした。このマルセル、一生の不覚でございます!」


「……」


「奥様からお嬢様を託されて早8年、セシル様は強く美しく成長されました。卑しくも今や我が子同然でございます。しかし、あのような不甲斐ない結果に……本当に申し訳ありませんでしたナディア様!」


 マルセルはそのままガバッと平伏し泣きながら謝罪をしました。


「……」


 どうやらマルセルは私を何故かお母様と間違えているようです。


 それは兎も角、まさか何時も私に厳しく接していたマルセルが、本当はこんなに私のことを思っていてくれたなんて……。


 私の為だったのね、まさに親の心子知らず、という訳ですね。


 ごめんなさい、マルセル。


 私も貴方のことが大好きよ。


「つきましては私の命に替えてもあの女と皇太子殿下を討ち果たす所存でございます!」


「!?」


 ちょ、ちょっとこれはまずい展開です。


 何とか止めなければリアン様が危ないです!


「私とてスービーズ家に使える者、我が武芸、未だに衰えてはおりません!必ずや憎き奴らを仕留めてご覧にいれます、ナディア様」


 マルセルは鬼気迫る勢いで捲し立てています。


 くっ、どうすれば……ああ、こんな時にお母様がいらっしゃれば……と、そんなことを考えた時でした。


 私は急に不思議な感覚に襲われました。


 何というか……スーっと身体の中に何か入ってくるような感じです。


 でも、嫌なものではなく、私は何故かとても温かい気持ちになりました。


 まるで、優しく愛情で包まれていくような感じです。


 しかし、これは一体?


 そして、気が付けば私の身体が勝手に動いていました。


 と言うか、身体が私のコントロールを受け付けません。


 普通ならあり得ないですし、恐怖でしかないのでしょうけど、何故か私は優しく温かいものを感じていました。


 ですから、取り敢えず見守ることにしました。


 そして、私?は言いました。


「マルセル、顔をお上げなさい」


「はい、奥様」


 マルセルは恭しく応じます。


 たったこれだけのことですが、絶対の忠誠を彼女から感じました。


「貴方がセシルを思う気持ち、しかと受け取りました」


「はい……」


「ですが、復讐は許しません」


 まさかの主からの否定に戸惑うマルセル。


 不謹慎かもしれませんが、今日の彼女は表情豊かで、なんだか微笑ましい気持ちになりますね。


「そんな!奥様!私は……」


 しかし、当のマルセルは必死に食い下がります。


 そこで私?はマルセルに寄り添い、彼女の手を取りながら優しく微笑みました。


「大丈夫、貴方は十分役目を果たしました。ありがとうね、マルセル。でも、あの子はもう自分のことは自分で決められる筈ですから、信じてあげて?」


「ナ、ナディア様」


 私?の言葉で漸く考えを改めたようです。


 良かったです。


 これでリアン様は安全ですし、私もマルセルを斬りたくはありませんから。


 そして私?は続けます。


「大儀でした、これからはもっと自分を大切になさい。今の貴方はセシルの母親同然なのですから」


「うぅ、奥様……」


 そして、マルセルは泣き崩れ、私?はそれを優しく抱きしめました。


 因みに私の身体は相変わらず自分の意志とは無関係に動いています。


 これ、もしかしたら本当にお母様がいらっしゃったのかもしれませんね……なんて、そんな訳は、


「あ、マルセル。最後に一つだけ」


 思い出したように私?は付け加えました。


「はい、なんなりと」


「もしエクトル様に女がすり寄って来たら……斬りなさい。一切の躊躇は許しません」


 その瞬間の私?はきっと恐ろしい顔をしていたと思います。


 見えないはずなのですが、私には何故かわかりました……。


 なんだか凄く、怖いです……。


「はっ!この身に替えても必ずや!」


 今度は主命とあって生き生きしながら快諾しました。


 マルセル、貴方まさか本当に殺る気では……?


「宜しい。これで安心してあちらに帰れます。マルセル、あとは任せましたよ」


「はい、奥様」


 マルセルは恭しく最敬礼です。


「エクトル様とセシル、それに皆を宜しくね。では、ご機嫌よう」


 私?は穏やかな笑みを浮かべ、それを最後に身体に宿った何かが消えていくのがわかりました。


 そして身体の自由が戻りました。


 全く不思議な体験でした。


 ですが一つ言えるのは、あれは間違いなくお母様でした。


 自信があります、絶対そうです!


 え?何故わかるのかって?


 そんなの決まっています。


 あの嫉妬深さはお母様の他にあり得ませんから!


 お母様のお父様への愛情は深過ぎましたからね……。


 娘の私がゲンナリする程でしたよ。


 と、そこでマルセルがよろめき倒れました。


 私は床にぶつかる寸前で何とか彼女を受け止めることができましたが、様子を確認すると気を失っているようです。


 やはり緊張の糸が切れたのでしょうか?


 まあ、あんな体験をすれば当たり前な気はしますが。


 さて、取り敢えずマルセルをベッドに寝かせて、と。


「リディ」


「はい……お嬢様?」


 先程の様子を見ていたリディが私に恐る恐る返事をしました。


「大丈夫、私はちゃんと私だから」


 私はリディにニッコリと微笑んで見せます。


「はい!」


 ちゃんと私だと知って安心したようです。


「マルセルが体調を崩したと言って人を呼んでちょうだい。後、さっきのことは……」


「他言無用ですね?」


 心得ました!と言う顔も可愛いですよリディ。


「ええ」


「畏まりました!では、行って参ります!」


 物分かりがいい娘は素敵です。


 まあ、誰かに話しても信じては貰えないでしょうが……。


 それから暫くして、別のメイド達によってマルセルは運ばれて行きました。


 因みに他の若いメイド達は私のこの姿を見ても、普通に驚いただけでした。


 そして、私はマルセルを運んだメイドに今日は仕事を休んで休養するように言伝を頼み、一度自室に戻ろうとリディを伴って廊下に出ました。


 すると、ちょうど窓からこちらへ向かってくる馬車が見えました。


 「ああ、お父様ですね、もうこんな時間ですか」


「はい、今日は色々ありましたから……」


 一緒に不思議な体験をしたリディは少しだけ疲れた顔で答えました。


「そうね」


 私はそう答えつつ、心の中で彼女に謝りました。


 巻き込んでごめんなさいね。


 そんなやり取りをしながらお父様の馬車を眺めていると、ふと、良いことを思いつきました!


「リディ、折角だからこの格好のままお父様をお迎えしようと思うのだけど、どうかしら?」


 私はちょっとした悪戯を思いつきました!


「ああ、いいアイデアですお嬢様!先程のマルセル様の反応からして今のセシル様は奥様そっくりの筈です。ですから、きっと旦那様も驚かれますよ!」


 リディも賛同してくれました。


 私、ノリが良い子は好きです。


「ええ、そうよね!では、早速お父様を驚かしに行きましょうか」


「はい、お嬢様!」


 私達は悪戯っぽく笑い、玄関へ向かいました。


 そして、ちょうど私が階段を降りている時にお父様が玄関に着き、こちらへ入って来ました。


 あら残念、ドアを開けたところで待っていようと思いましたが間に合いませんでした。


 仕方がないので少し遠いですが、ここから悪戯を仕掛けましょうか。


 あのクールなイケメン中年のお父様が驚くところが楽しみです!


 あと、ここで私はふと思いました。


 どのような台詞がお父様を驚かすのに良いかと。


 流石にお父様なら一目で私がお母様ではないことに気付くでしょう。


 ですから、一瞬だけでもお父様に、え?と、思わせれば十分です。


 なのでインパクトがある台詞がいいですわね。


 お母様がよく仰っていた台詞は何があったかしら……そうよ、あれがいいわ!


 後は、折角なので演技もキメたいところですが……、そうだ!これは自分に当て嵌めて考えればいいのです!


 さあ、準備は整いました。


 では、女優セシル、参ります。


 私は背後にしかつめらしい顔のリディを引き連れ、優雅に階段を降りながらお母様の真似を始めました。


 そして、第一声。


「あら旦那様、お早いお帰りでございますね」


 さあ、お父様の反応は?

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