タラコ唇便秘ババアと妖怪ビチャビチャうんこジジイ 2
*
「おう恵子、遅かったな。メシは?」
「大丈夫。食べてきたから」
「いや俺の」
「知らねぇよ!」
と、私はバッグを放り投げた。ソファに転がって呑気に腹を掻いているのは父・掛川優一である。去年定年退職して以来、それまでバリバリ働いていたのが嘘みたいにすっかりウンコ製造機と化していた。
つい一時間前まで陽くんと同じ空気を吸える夢の空間にいたというのに、あっという間に現実に押し込まれた気分だ。余韻もクソもありゃしない。
「勝手にカップ麺でも食ってりゃいいでしょ。ウンコらしく便所で」
「いやホント、人がご飯食べてる時に隣で大するヤツなんなの?」
「出たよ学生時代の武勇伝。よっしゃアンタがトイレでご飯食べてる時に合わせてコーラック飲むわ」
「え? 何で俺が女子トイレでご飯食べてたの知ってんの? マジ止めとけって」
「アウト!」
ひとしきり冗談を言い合ったところで、私は台所に向かった。
中学生のころに事故で母を亡くして以来、家事全般は三つ年上の姉と私で担当してきた。父が自力で用意できるのはインスタントの麺かレトルトくらいである。味噌汁すら、ダシを入れることを知らず味噌風味のお湯を生成する始末だ。
昔から父は、結婚相手にするのは一人暮らし経験があって身の回りのことを一人でこなせる男にしろと口うるさかった。家事がからっきしな自分に多少の負い目があるのかもしれない。
姉はもう結婚して家を出た。父もそろそろ料理の一つくらいできるようになってくれないと困るのだが、スーパーの総菜売り場が冷蔵庫代わりという光景が目に浮かぶ。毎食コンビニ弁当よりはマシか。お惣菜おいしいし。
冷蔵庫に貰い物の明太子が入っていたので、秒でメニューが決まった。
明太子の皮を剥いで中身を取り出す。
パスタを半分に折って茹でる。短くした方がフォークでクルクルしやすいのだ。
フライパンにバターを溶かし、牛乳、マヨネーズ、明太子、茹でたパスタを投入。
できあがった明太子パスタに、ベーコンとほうれん草のインスタントスープを添えてテーブルに並べた。
「お、顔に明太子付けたヤツが明太子パスタ作ったぞ。共食いか」
「誰がタラコ唇だ、髪の毛ブチ抜くぞ。あ、抜くほどないか」
「あるわ。抜くほどあるし。横の方とか」
「それ、本当に毛なのか確かめた方がいいよ。藻か苔じゃないかね?」
もぞもぞと起き出した父は、テーブルについてパスタを食べ始めた。フォークでクルクルするのが面倒になったのか、途中で箸に持ち替えていた。
前傾姿勢の父を見て改めて思う。気付けば随分老けたものである。おでこから頭頂部にかけてまばらな髪。側頭部に残る髪の毛だか藻だか苔だかも、白髪だらけだ。
姉とセーラームーンごっこをしていたはるか昔、タキシード仮面役をやってくれる時だけは父がイケメンに見えていた。髪の毛もふさふさだったのに。時間とは残酷である。もっとも、その残酷さは万人に共通らしく、「戦う女の子カワイイ! 大きくなったら私もこうなれるんだ楽しみ~~」と、ときめいていた私は、二十七になった今、滝のように汗をかく便秘がちでタラコ唇の妖魔になっている。
父曰く、私は明太子の付いた茹でダコ。何だその海の幸おばさんは。というか実の娘に失礼千万である。
「風呂入ってくる。食べ終わったら水に漬けといて」
「いい機会だから久しぶりにお父さんとお風呂入るかい?」
「ウンコはウンコらしく下水に入ってろ」
「嫁入り前の娘がウンコウンコ言ってんのもどうかと思うぞ、便秘おばさん」
「便秘は職業。お父さんもウンコ製造機以外の職業見つけた方がいいよ」
「俺だって酸素を二酸化炭素に変える仕事ちゃんとしてるし。便秘を職業と言い張って下っ腹のお肉を職業病で済ませるのはホント良くない」
「私の下っ腹は脂肪じゃないもん。希望が詰まってるだけだし」
とは言うものの、少し気になってお風呂前に素っ裸で体重計に乗ってみた。体重の数値は陽くん効果でむしろ減っていたくらいなのに、鏡に映るボディーラインが緊急事態宣言している。アラサーを迎え、肉がたるんできたのかもしれない。
しゃらくせぇぇ! 和楽器のプロ奏者のような顔つきでリズミカルに腹太鼓を叩いた。音色とお肉の揺れがいい感じだ。
明日は日曜日。いつも通り炭酸飲料とお菓子を開けてゲームしようと心に決めて、私は風呂の戸を開けた。
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