知っていますか?
小紫-こむらさきー
1
暑苦しくて目が覚める。
ゴン……ゴン……ゴン……。
何か硬いものがぶつかる音だ。
枕元のスマホを手に取って時間を確かめる。まだ夜中の二時だ。寝直そう。
きっと風が強くて、何かが扉に当たっているのだろう。
ゴン……ゴン……ゴン……。
ゴン……ゴン……ゴン……。
ゴン……ゴン……ゴン……。
音が気になって眠れない。
暑苦しくて息も苦しい。
そうだ。エアコンをドライにしよう。
立ち上がるついでに、扉の外を見てみればいい。
幽霊の正体見たり枯れ尾花って言葉もある。音にビビるくらいなら、実際に見てしまえば良いんだ。
ちょうど良く、布団から出る言い訳を見つけた俺は、エアコンのリモコンを取ることを後回しにして玄関に向かう。
スマホのフラッシュライトを付けて、扉にチェーンを付けたまま俺は玄関をそうっと開いた。
風は吹いていない。
少し生臭さの漂う温かな風が、隙間から入り込んできて頬を撫でる。
うっと少し嘔吐きそうになりながら、俺は隙間からフラッシュライトをかざして辺りを見た。
音の正体が見つかるはず。
しかし、扉にあたりそうなものは何もない。
「っかしいなー」
怖さを誤魔化すように、大きめな声で独り言を呟きながら俺は扉を閉めた。
息を潜めて玄関の扉の近くに座る。でも、しばらく待っても、さっきまで聞こえていた鈍い音は聞こえてこない。
なんだよ。
少し残念に思いながら、エアコンのリモコンを手に取ってドライモードに切り替えた。
なんだか目が冴えてしまった。
スマホを片手に青い鳥のアイコンをタップする。
『さっきからなんかゴンゴン扉に当たってたんだけど見てきたらなにもいなかった』
他愛のないことを投稿して、しばらく濁流のように流れるタイムラインに意識を委ねる。
相互フォロワーがオススメしてきたマンガを読んだりしていると、もう時計は三時をすぎた時間を示している。
「寝ないとな」
マンガの感想だけ呟いて寝るか。
そう思って青い鳥アイコンをタップした。
『それアカピッピミシミシガメですよ』
「は?なんだよそれ知らねーよ」
一件のリプを見て思わず声を上げる。
アカピッピミシミシガメってなんだよ。
『ミシシッピアカミミガメのことです?』
『いえ、アカピッピミシミシガメです』
こわ。
なんだよこいつ。ランダムIDでたまごアイコンの見知らぬアカウントが怖くて、俺はそのままそいつをブロックした。
アカピッピミシミシガメをスマホで調べてみてもミシシッピアカミミガメの間違いでは?というページしか見つからない。
誰かのいたずらか?
さっきのアカウントが猛烈にムカついてきて、スクショを撮って晒してやろうという気持ちがムクムクとわいてきた。
ゴン……ゴン……ゴン……。
スマホでさっきのアカウントの発言が載っているスクショをタップしたときに、音が再び聞こえたことに気が付く。
ゴン……ゴン……ゴン……。
ゴン……ゴン……ゴン……。
ゴン……ゴン……ゴン……。
気のせいだ。そう思おうとしたけれど、音は止まらない。
心なしか、先ほどよりも大きくなっている気がする。
ゴン……ゴン……ゴン……。
ゴン……ゴン……ゴン……。
ゴン……ゴン……ゴン……。
『アカピッピミシミシガメ、ですよ』
見ている画面にスッと、また同じようなランダムIDからリプが浮かび上がる。
情けないことに、小さな悲鳴を上げて、俺はスマホを布団の上に落とした。
『いい加減にしてください。知らないです。そんなものいません』
ゴン……ゴン……ゴン……。
ゴン……ゴン……ゴン……。
ゴン……ゴン……ゴン……。
『アカピッピミシミシガメ来ちゃったみたいですねえ』
ゴン……ゴン……ゴン……。
ゴン……ゴン……ゴン……。
ゴン……ゴン……ゴン……。
『アカピッピミシミシガメ知らないですか?』
『アカピッピミシミシガメのこと知りたくない?』
ゴン……ゴン……ゴン……。
ゴン……ゴン……ゴン……。
ゴン……ゴン……ゴン……。
ゴン……ゴン……ゴン……。
ゴン……ゴン……ゴン……。
ゴン……ゴン……ゴン……。
『アカピッピミシミシガメのこと、本当は知ってますよね』
ゴン……ゴン……ゴン……。
ゴン……ゴン……ゴン……。
ゴン……ゴン……ゴン……。
『おい』
『返事よこせ』
『バカ』
次々とブロックする間もなく、同じアカウントからのリプライが増えていく。
なんなんだよアカピッピミシミシガメ……そんなもの知らねーよ。存在するわけがないだろ。
ゴン……ゴン……ゴン……。
ゴン……ゴン……ゴン……。
ゴン……ゴン……ゴン……。
やっと我に返った俺は、そのアカウントもブロックした。
もう限界だ。誰か俺を特定していたずらしてるんだろう。
相互で家を知ってるやつは確か……。
ゴン……ゴン……ゴン……。
ゴン……ゴン……ゴン……。
ゴン……ゴン……ゴン……。
数人の顔が思い浮かぶ。
驚かし返してやろうと、俺は包丁を手に取る。
足音をしのばせて、明かりも付けずに俺は玄関へ向かった。
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