第34話 お出迎え(2)

 アンティーク調のオシャレな鉄の門の先には、立派な西洋風の家が建っていた。ベージュ色のレンガの外壁には、アーチ状の窓が備え付けてある。また、鮮やかな赤色の大きな三角屋根が目を引く。全体的に華やかながらも、調和のとれた気品さがあるたたずまい。

 高木が羨ましそうに呟く。


「うわぁ~……! すてきっ……! 良いなぁ~……」

「ちょっとお屋敷みたいな感じだね、すごいなぁ~……」


 細谷は何やら感動しているような様子。アリスの家の門前で、高木と細谷が興味深々に目線をあちこちと向けていた。


 まあ、俺も初めてアリスの家見たときは、びっくりしたからなあ~。

 爽太もアリスの家に目を向ける。鉄の門の先から伸びる整備された道を視線でなぞっていく。そういやアリスは、この綺麗な道を、駆け足で去っていったよなあ……。顔を真っ赤にしてさ……。

 爽太の胸が熱くざわつく。思い出すとすごく恥ずかしい。あのときの俺は、アリスに間違って告白したとは知らずにいた。それで、この門の前で普通にお別れしようとした時、そうだよ、偶然アリスのお父さんと会っちゃったんだよな。

 アリスの父。スーツをピシッと着こなし、まるでイケメンの映画俳優みたいな人。アリスが嬉しそうに近づいていき、とても仲良くしている光景が昨日の事のように目に浮かぶ。と同時に記憶から蘇る、アリスの父親から問われた言葉。


『アリスとは、どういう関係かナ?』

 そう訊かれて、俺はなんて答えたか。

『アリスは、僕の友達です! えっと、つまりですね、ガールフレンド(彼女)です!』

『Oh my god ‼‼(なんてことだ!!)』


 爽太の顔が急激に真っ赤になる。もう最悪過ぎるだろ!! 俺はアリスのお父さんに何てこと言ってんだ……!! そりゃビックリもするよっ!! アリスのことを『俺の彼女です』って言うんだから!! 初めて会って、いきなりそんなこと言うとか普通!? うぅ……、でもあんときはそんなの知らなかったから……。アリスもそりゃ慌てるよ……。『こいつ何言ってんだ!?』って顔してたもん。

 アリスが父親に必死で何か話そうとしていた光景が目に浮かぶ。だがアリスの父は、娘の口を塞ぎ、爽太にこう告げたのだ。


『必ず、我が家に遊びにきなさい』


 爽太の全身が身震いする。鼓動が早まる。うわあ……、どうしよ……。俺は、いつか必ず、こ、このお屋敷の中にいかなくてはいけない……!!

 堂々とそびえるアリス邸が、なんだか威圧的で恐く見えた。そこにおられるのは、アリスの父親という名の魔王が――、


「爽太」

「うひゃ!? はい!?」


 爽太は驚いて声のした方へ顔を向けた。高木が訝し気な顔をする。


「なにそんなに驚いてるのよ」

「へっ!? あ、いや、な、何でもない。あははは……」

「ふ~ん? まっ、別にいいけど。ねえ、アリスちゃんの家の呼び鈴押してよ」

「あっ、そ、そうだな……。ん? えっ!? お、俺が押すの!?」

「そりゃそうでしょ」


 高木が当たり前のように告げる。うぅ、俺じゃなくて、高木か細谷でも良いんじゃ……。いや、でもここで逃げてちゃダメだよな。

 爽太は、インターホンに指を近づける。だが、中々押せない。


「早くしなさいよ。ヘタレ」

「う、うっさい! い、今から、押すって」


 爽太は覚悟を決めインターホンを押した。


 優雅な呼び鈴の音が辺りに響く。爽太の喉がごくりと鳴る。少しの間の沈黙。インターホン越しからの声を待った。もし……、アリスのお父さんとかだったらどうしよ。


『そ』

「うおっ!?」

 

 小さな声がインターホン越しから聞こえた。い、今のは、間違いない。アリスの声だ。


『そうた』


 インターホンのマイクから、可愛らしい声が聞こえた。緊張の混じった声音で自分の名を呼んでくれた。とても気持ちがそわそわする。くすぐったいといいますか、照れるというか……。


 爽太がもじもじしていると、高木と細谷がインターホンにぐいっと顔を寄せた。


『たかぎっ! ほそやっ!』


 アリスの楽し気な声が響く。高木がとても嬉しそうに笑った。


「アリスちゃん! 迎えに来たよ~」


 インターホン越しに手を振る。側に居る細谷も同じように真似をしていた。


『one moment!(ちょっと待ってね!)』


 張りのある明るい声が響き、インターホンの切れる音がした。

 爽太は安堵の息を漏らした。アリスが嬉しそうな雰囲気で良かった。これがもし、俺だけだったら、かなり空気が重かっただろうなあ……。


「いよいよねっ」

「はうっ……!?」


 爽太は思わずビックリして変な声を上げた。高木がニヤリと、嫌味な笑みを浮かべる。


「皆で仲良く、ねっ。それと、大事な事も忘れずに」

「う、うっせえ! わ、わ、解ってるよ、んなこと」


 大事な事。それは、アリスにもう一度告白する、を言っているのだろう。


「爽太くん! 僕も力になるからさ、大丈夫! あんまり緊張しないでねっ!」

「ほ、細谷……! うぅ、あ、ありがと」


 爽太の瞳がじんわりと潤む。優しい友の声に、純粋に感動していた。


 アリスを待っていると、突然、家の門が自動で開いた。爽太と高木、細谷が驚いていると、開け放たれた門の先から、人影が見えた。


「あっ……!」


 爽太は思わず声をだした。アリスが、小走りでこちらに駆け寄ってくる。紺色のフレアスカートを優雅になびかせながら。

 その様子に、爽太をはじめ、高木、細谷の目が引き寄せられる。


 ア、アリス……! や、やばい、か、可愛い。


 アリスが3人の目の前にやってきた。


 上品な紺色の膝丈フレアスカート。ふんわりと広がるスカートの先から、透明感がある乳白色の綺麗な足が伸びている。足元には淡いピンク色のパンプスを合わせており、上品な美しさに愛らしさを添えている。

 爽太は目線を上に持っていく。

 トップスには、光沢感のある白のゆったりとした半袖ブラウス。袖口はフリルで飾られ、丸襟にもレース状のフリルがアクセントとなって可愛いらしい。そして胸元には、紺色のふわっとしたリボン。清楚で、お嬢様らしい雰囲気だった。同じ小学生4年生、10歳であるのに、どこか大人らしい可愛さに、魅了される。

 爽太と高木、細谷がじーっと見ているのに気付いたのか、アリスが恥ずかし気に、頭の上にのせている、小ぶりにデザインされた麦わら帽子を深めに被った。

 爽太の胸が高鳴る。そんな仕草がとても女の子らしい。

 ふと、アリスが爽太に視線を向けた。少し、硬い表情。でも、じっと爽太の様子をうかがっている。なにか言いたげな感じだった。


 いっ!? ア、アリス!? えっと!? 


 爽太は必死に考える。ふと頭によぎった。あっ、あれかな、て、手紙の返事についてだったり? 


 アリスをデートに誘うために書いた手紙。その手紙には、アリスの返事が添えられて、爽太の手に返ってきた。だが、爽太は手紙の中を見ず、自分の部屋の机の引き出しにしまっている。


 爽太はハッとする。

 

 あ、もし、アリスが、返事で『NO』って書いてあったら、俺と今こうして水族館に遊びに行きたくないよな……!? や、やべえ……、ど、どうしよっ!?


 爽太が内心テンパっていると、高木が活き活きした声を上げた。


「アリスちゃん!! すっごく可愛い!! 良いなあ~! こういうの似合うって! 可愛い~っ」


 高木が嬉しそうに笑ってアリスに近づく。そしてアリスの両手を握って左右に楽し気に振り始める。

 アリスが一瞬戸惑いを見せる。でも言葉の意味を、高木の嬉し気な様子で読み取ったのか、少し照れながらも、柔らかな笑みを浮かべた。そしてアリスもしきりに、高木の服装を眺め、何やら話しかけている。アリスも高木の装いを褒めているみたいだ。2人して、軽く服に触れたりしながらじゃれ合っている。そんな、アリスと高木の様子がとても華やかで、すごく可愛い雰囲気だった。


「アリスちゃん、とても可愛らしいね」

「へっ!? あ、そ、そうだな」


 細谷の優しい声に、爽太は慌てて答えた。その声に、アリスが反応した。丸い瞳をこちらに向けている。

 

 うおっ……!? いや、あの……!?

 

 爽太が固まっていると、細谷が口を開いた。


「アリスちゃん、すごく似合ってる。えっと、ベリー、キュート」


 アリスの頬がじんわりと赤くなる。でもなんだか嬉しそう。


「ほ、ほそや、あ、ありがと。Thank you」


 アリスの返事に、細谷が優しく笑う。す、すげえ、こいつ。めっちゃ自然に褒めてる……。恥ずかしさとかないの?


「ほら、爽太くんも」

「へっ!? お、俺!?」


 突然、細谷に促された。アリスの視線がこちらに向く。胸が高鳴る。お、俺も、アリスにい、言うのか。か、可愛いって……!?

 アリスをじっと見つめる爽太。すると、アリスが頭の上にちょこんと載せた麦わら帽子を少しせわしなくさわる。恥ずかし気な仕草に、爽太の胸が踊る。さっきから、アリスに気持ちを乱されてばかりだ。って、そんな場合じゃない。お、俺も、ア、アリスをほ、褒めないと。


「あ、アリス、そ、その。か、か、かか――、可愛い……です」


 つい小声になってしまう。アリスが、小首を傾げる。や、やべえっ!? ちゃ、ちゃんと聞こえるように、言わなきゃ。えっと、英語だ、英語! さっき細谷が言ってたやつ! ……なんだっけ?


「えっと、あ、アリス! その、きゅ、きゅ……、えっと……、キューリ!」


 アリスの瞳が大きく見開く。何を言われたのかよく分からないと言った表情だった。爽太の血の気が引く。俺、なに言ってんだ……。


 高木が白けた目で爽太に毒づいた。


「この、ばかっ……」

「うっ……!?」

「そ、爽太くん……! きゅ、キュートだよ……! キュート……!」

「はうっ……!」


 細谷に小声で言われ、爽太は顔を真っ赤にした。そのまま口ごもってしまい、テンパるばかり。アリスが変に心配し、そわそわしている。

 そんな様子を見兼ねたのか、高木が大げさに肩をすくめた後、仕方なく口を開いた。


「まったく爽太は……、こほん! じゃあ4人そろったわけだし! 行きましょ! 水族館! ねっ! アリスちゃん!!」


 アリスがハッとする。複雑そうな表情が、だんだん明るくなっていく。

 細谷が、会話を盛り上げる。


「そ、そうだね! う、うん! 行こう! ねっ! 爽太くん!」

「ふえっ!? お、おう!? そ、そうだな!」


 細谷に後押しされ、爽太が声を上げる。細谷が爽太の背中を押しながら、前を進む。爽太と細谷の後ろに、高木とアリスが続いた。


 爽太の背の後ろで、高木とアリスの楽し気な話声が聞こえる。そのことに安堵しながら、爽太は固い足取りで歩いていく。頭の中では、高木と細谷がほんと一緒で良かったと、心から思っていた。

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