第30話 ご立腹な高木さん
アリスとのデート練習のため、高木と一緒に水族館へ向かい、そこで細谷と遭遇してしまい、3人で館内をめぐった土曜日から、一夜明けた。
今日は穏やかな日曜日。だが、爽太は母親である絹江の大きな声に起こされた。
「爽太! 爽太ッ!! 早く起きなさい!!」
「ふへっ……!?」
ぼーっとした頭ながらも、爽太は目を覚ました。カーテンが開け放たれ、窓から差し込む朝日が眩しい。
自分の部屋で、母である絹江の姿を捉えた。ベッドに寝ていた爽太に近づき、上から覗き込んでくる。
「まったく、休みだからって、いつまで寝てるの。あんたは」
爽太はそう言われ、目を擦りながらベッドのそばに置いてある目覚まし時計を見た。朝の10時半を過ぎている。
うわっ、俺めっちゃ寝てるじゃん……。でも……、昨日の水族館で色々と大変なことがあったんだ。すごく疲れてたんだし、仕方ないだろ……。
爽太が頭の中でそんな事を思っていると、絹江がはつらつとした声で言う。
「ほら! 今すぐしゃんとしなさい」
「え~……、なんだよ急に……」
爽太は不機嫌にベッドから上半身を起こした。すると絹江が、爽太に何かを差し出した。
「ん? んん?」
爽太は不思議そうに首をかしげた。そこには、電話の子機があった。
「ほら、あんたに電話。高木さんからよ」
「えっ? ……ええっ!? な、なんで!?」
「そんなの私が知るはずないでしょうに。ほら、今保留中にしているから」
絹江は爽太に電話の子機を手渡した。ぼんやりとしていた意識が、一気に覚める。
保留ボタンがチカチカと、ウルトラ〇ンのカラータイマーのように点滅している。手が汗ばむ。起きてすぐになぜこんなにも緊張しなくてはいけないのか。すると、なにやら生温かい視線を感じた。爽太がそちらに目を向けると、母である絹江が興味深げに爽太の様子を見つめていた。口元はどこかにやけている。
爽太は頬を赤くし声を荒げた。
「か、母ちゃん! い、いつまでいんだよ!?」
「なによもう。ほら、私の事はいいから。早く電話にでな」
「なっ!? んなわけいくか!! は、早く、部屋から出ていってくれ!!」
爽太は電話の子機片手にベッドから飛び出すと、絹江をドアの方へ押しやる。名残惜しそうにする絹江を、爽太は何とか部屋から追い出した。
「ふうー、ふー……」
日曜日の朝から何でこんなにも慌ただしいのか。息を整えつつ、爽太は保留ボタンが赤く点滅している電話の子機を見つめる。
高木からの電話。ど、どうして、こんな朝の時間に。
一体何を喋ればいいのか分らず、頭が混乱し、体が徐々に硬直する。だ、だめだ! こ、このままじゃ! うぅ、あ~、もう! で、出るぞ!!
爽太は覚悟を決め、保留ボタンを振るえる指先で押した。そして、電話の子機を耳に恐る恐るあてた。
しばらく、無音。あ、あれ? えっと……。
爽太が小首を傾げたときだった。
「もしもし?」
「つっ!?」
突然の高木の声に、思わず電話の子機を耳から話した。全身がざわつき、心臓がどきどきしている。いくら高木とはいえ、女子の声が耳元で聞こえるのはすごくこそばゆくて、恥ずかし過ぎる。そもそも、女子と電話で話すなんて、初めてのことだ。
爽太の喉が鳴る。すると、「もしもし? 爽太、聞こえてる?」と、高木の声音が小さく聞こえた。
うぅ……! くっ、な、なに焦ってんだ俺は。
「すぅー、はあ~……、よ、よしっ!」
爽太は軽く深呼吸した後、電話に耳にあてた。
「もっ、もしもし。高木?」
「あっ、爽太? もう、聞こえてるならすぐ返事してよ」
「お、おう。わりい」
爽太は落ち着いて答えたが、鼓動は大きいままだった。
「ねぇ、爽太?」
「んんっ!? な、何だ?」
高木の尋ねる声音が、爽太の鼓膜をくすぐる。思わず息を飲む。い、一体何を言われるんだろ?
「今日、家に行ってもいい?」
「いっ!? な、な、なんで!?」
予想していなかった言葉。爽太の心音が跳ねる。
「えっ……、そ、そんなの、き、決まってるでしょ?」
急に、どこか熱のこもった声で話す高木。爽太の全身に緊張が走る。変に気持ちがそわそわするなか、高木が大きな声を張った。
「アリスちゃんとのデート計画を考え直すためでしょうがッ!!」
「いっ、つっ!?」
高木の大声にやられ、爽太の鼓膜が軽く痛む。急に大声だすなよ!? 浮ついていた気持ちは吹っ飛んだ。
高木が興奮気味に話しを続ける。
「今日のお昼1時くらいに行くからねっ」
「えっ!? ま、まじで!? いや、あの――」
「ちゃんと家に居ときなさいよ……! 逃げたりしたら、許さないから……っ!」
「ひっ!? は、はひ。わ、わかりまひた」
ブツリッ! ツー、ツー……。
恐ろしい電話が終わった。そして、平穏な日曜日も、終わった。
爽太はベッドにバタッと仰向けに倒れた。
気分がすごく重い。
「はあ~……」
今日も大変な一日になる、と爽太は思わず口元を引きつらせた。
*
時刻はお昼の1時過ぎ。家の玄関付近で、緊張した顔で待機している爽太がいた。電話通りなら、もうそろそろ――、
すると、家の呼び鈴が鳴った。
「うおっ!?」
爽太は思わず驚きの声を上げる。身構えていたはものの、やはり過剰に反応してしまう。
た、高木が、来た……!
爽太の背筋が嫌にざわつく。
いやいや、お、落ち着け……!
ホラー映画で化物に怯える主人公のように、爽太は重い足取りで玄関の扉に近づき、ゆっくりと開けた。
そこには化物――ではなく、クラスメイトの女子である高木がいた。真っ直ぐ立っている姿が何とも凛々しい。紺の細身のジーンズに、水色の半そでストライプシャツといういで立ち。初夏に似合う、清涼感のある雰囲気だ。見ていて、爽太は強ばっていた気持ちがスーッと軽くなった気がした。だが、すぐに思い直した。
高木がすごく苛立ちをあらわにしている。両腕を胸の前で組み、口元は吊り上がっていた。瞳は獲物を狩る肉食獣のよう。
ごくり、と爽太の喉が鳴る。
高木が、満面の笑みを浮かべた。
「こ・ん・に・ち・は。爽太くんッ」
「いっ!? あは、ははははっ、こ、こ、コンニチハ」
何とも言えない凄みを感じる。満面の笑みなのに、なぜか恐怖を感じてしまった。
「お家に、あがっても良いかしら?」
高木は威圧的に口角を釣り上げる。
「も、もちろんです……! ど、どうぞ、おあがりください……」
爽太が低姿勢で言うと、高木は腕を組んだまま玄関の戸をくぐった。
「あら、いらっしゃい。高木さん」
すると、母である絹江が様子を見に来ていた。
「こんにちは! 爽太くんのお母さん。お邪魔しますねっ」
高木がふわっとした笑みで答えた。胸の前でしていた腕組みは解除され、まるで旅館の女将さんみたいに、両手を重ね丁寧なお辞儀をする。
爽太は思わず息を飲んだ。か、変わり身がは、早すぎる。
高木だけなのかもしれないが、女子の裏表ある生々しい表情を魅せつけられ、爽太は恐くて少し足が震えた。やっぱり高木は化物かもしれない。
絹江が爽太に声をかけた。
「ほら爽太! あんた、ぼーっと突っ立っていないで、部屋に案内しなさい」
「うっ!? わ、分かってるよ! んなこと!! え、えっと、じゃ、じゃあ高木……」
「うん! ありがと、爽太くんっ」
にこり。
何とも素直で、優しい笑顔。でもその優しい雰囲気が、今の爽太にはすごく、恐かった。
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