第47話 闇の波動を感じるか?

 <愛、きみはそのカモ>は非常に効果的な作戦だが、一度見破られるとマズい事態におちいる。


 なにせ相手の懐に飛び込む必要があるのだ。

 しかも正義感の強いやつがカモの対象だから、自分が助けた人物が実は悪者だったなんて知ったら、その失敗を帳消しにするかのように激怒して襲いかかって来る。


 そう、まさに今この状況のように。


 盛り上がりまでもうちょっとだったんだけどな。

 なんとかならないだろか。


「くく、女がやられるのを黙ってみていた腰抜け共が。束になったぐらいで俺をやれると思うなよ……!」


「しれっとやり直そうとしてんじゃねぇよ!」


 少女加虐趣味者タットからヤジが飛ぶ。

 やはりダメか。


「八百長うってまで取り入ろうとするなんて、やっぱり<敵対者>なんてロクなもんじゃねぇな」


「ホントよね。しかも凶悪犯と組んでるんだなんて」


 周りの冒険者たちからの信頼もダダ下がりである。

 こうなったらもう挽回は無理だ。


「悪いな、ルッル。しくじった」


「元からこんな感じだし。それにしくじったのはタットのせいだし」


 僕なりに命を助けられたお礼をしてやろうと思ったんだが、逆効果になってしまった。


 <敵対者>というのは知っている。

 スキルを授からなかった者のことだ。

 マイラ島にはいなかったが、世界にはそういう人物がいるというのは聞いた事がある。

 

 <敵対者>は生前の世界において大きな罪をおかした為、この世界で精霊から罰を受けている。

 なんて話があるらしいが、馬鹿げている。


 この僕ですらアイヴィス様の手違いで下級スキルを授かったんだぞ。

 渡し忘れられる人がいたって全然おかしくないだろう。


「どいつもこいつもどうせ下級スキルだろうが。指先に火が灯せるからって何が凄いってんだ?」


「うるせぇ犯罪者! 精霊から嫌われるってことは風も水も火も土も、そいつを嫌ってるってことなんだぞ!」


 やだやだ。女を泣かせることばかり考えて志しが低いやつは嫌だね。

 冒険者なら精霊のひとりやふたり、ぶっとばしてやろうという気概がないのかね。

 うちの毒舌娘なんて精霊に説教してたぞ。


「火の精霊に嫌われても、たき火を起こして肉を焼ける。なあルッル?」


「火おこしは苦手だし」


「よし、今のはナシだ。水なら普通に汲めるよな?」


「井戸の水は重くてよく零すし」


「まてまて。それは個人の問題だ。大地はみんなに平等だ、そうだろ?」


「野菜を育てたいのだけど、すぐ枯れちゃうし」


「ちゃんと水やりしてないからだろ。風は何もないよな?」


「この間の嵐で窓が割れて――」


 僕はルッルの口を手で押さえて黙らせた。

 だいたい全部ルッルの個人的な問題だが、いまは印象が悪い。


 さっきは八百長にのってきたのに、なんで急に正直者になるんだお前は。


「――これでわかったろ? <敵対者>といっても俺たちと変わらない普通の人間だ」


「いや完全におかしかっただろうがっ!」


「おかしくない。おかしいのは低すぎるこいつの身体能力だ」


 よくこんなんで賞金稼ぎだなんて言えるよな。

 ただの手配書をインテリアにしているドジっ娘じゃないか。


「ノコノコと冒険者ギルドで素顔さらしたバカが。お前はここで捕まって、<敵対者>はギルドから、いやこの街から追放だ!」


 タットのかけ声で、周りの冒険者たちも同調の声を上げる。

 先ほどまで腰がひけてたくせに「金貨50枚山分けだぜ」なんて、もう賞金を手にしたつもりでいるらしい。


 はっ。上等だ。

 そろそろ準備も整うし、ここからプランBだな。

 僕は腰に下げていた黒い仮面を被った。


「なんだあ、今さら顔を隠したところで意味なんて――ぷげらっ!」


 こちらを指さしてバカにした笑みを浮かべていたタットとの間合いを、<エア・ライド>で一瞬でつめる。

 そして勢いそのままに顔面を蹴りつけた。


 入り口の扉前に立っていたタットは、扉を吹き飛ばして外へ消えていく。

 

 じろり、と僕を取り囲んでいる冒険者たちを見る。

 強そうなやつは、あいつと、こいつと。あと一応そいつか。


 そして僕の見立て通り、最初に硬直から抜け出してその3人が動き出そうとし――。


「がっ!」


「ぶべっ!」


「うぐっ!」


 <エア・ボム>に顔から突っ込み、破裂音と共に吹き飛んでいった。


 完全に意表をついた攻撃だったからだろう、3人とも気絶したようで起き上ってこない。


 驚きに固まるその他大勢の冒険者たち。

 今の3人はそこそこ腕がたちそうだった。

 おそらくギルドでも名が通っていたはずだ。

 だからこそ、その全員が一度にやられた光景に冒険者たちの隙が生まれた。


「そんな、ゴンザさん――うわぁ!」


「あぶな……! ちょ、いやぁ!」


 僕は冒険者たちに向かって丸テーブルやイスを蹴り飛ばす。

 大勢固まっているから適当に蹴っても誰かにあたる。楽なもんだ。


 近場に蹴り飛ばすものがなくなった頃、ルッルが丸テーブルをごろごろ転がしてきた。


「追加だし」


「ナイスだ」


 僕はその丸テーブルを受付カウンター目掛けて全力で蹴りだす。


 もの凄い勢いで丸テーブルがぶち当たり、木製の受付カウンターは衝撃を受け止めきれずに破壊された。

 バラバラと雨のように降り注ぐ木片。

 破壊されたカウンターの向こうには、尻もちをついて後ずさる受付の男の姿があった。


「ひっ……ひぃぃ……!」


 ゆっくりと歩いて受付近づいていく。

 周りの冒険者たちは、その様子を眺めているだけで動かない。

 大分時間もたってきたからな。

 そろそろ違和感を感じてきているはずだ。


 圧倒的な強者の放つオーラは、その近くにいるだけで相手の動きを制限するという。

 魔王大戦時の帝国の皇帝や、獣人の国の武帝などの逸話が有名なところだ。

 そして伝説の英雄たる僕にも、もちろん備わっている。


 それが<グラビティ・コントロール>を使用した新技、<覇者の威>だ。


 これは部屋全体の空気自体を重くする技だ。

 武具の重さを変えるのとは違って、範囲が広いから大した重さにはならない。

 ただ、なんとなくいつもより体が重く感じたり、息苦しかったりする。

 本当に僅かな差しかないが、だからこそ自分が相手に呑まれているという感覚におちいる。


 冒険者たちは圧倒的な僕のオーラの前に、その身を縮こまらせているのだ。


 ふふふ……、闇の波動を感じるか……?


「よく聞け、受付」


「な、なんだ……!」


「俺は金貨50枚の賞金首だ。だが、8日前にそこにいるダメダメな賞金稼ぎに捕らえられた」


「は?」


 昆布ぐるぐる巻きのところをな。

 受付はルッルが僕を捕まえたという事が信じられなかったのか、僕の後ろに視線をやる。

 そこでは無能な賞金稼ぎが腕を組んで堂々と仁王立ちしていた。


 あいつよく自信満々でいられるよな。


「そこで殺されてもおかしくなかったが、俺はあいつに命を救われた。だからこの命、一度だけあいつの為に使ってやると決めている」


「それはどういう……」


「あいつに試験を受けさせろ。それで合格すれば、二度と<敵対者>として差別するな」


「試験?」


「もしあいつが不合格なら……。大人しく捕まってやるよ。金貨50枚の大物だ、ギルドの評判も良くなるだろう?」


「――ッ! 昆布ぐるぐる巻き……! それはダメだしっ……!」


 ルッルが駆け寄ってこようとするが、僕はそれを手で制止する。


 失敗した時のことなんて考えなくていい。

 絶対に成功する。

 成功させてみせる。

 アイヴィス様の信徒たる僕を信じるがいい。


「そ、そんな事をしなくても今ここで捕まえれば……!」


 なかなか勇気のある受付である。

 僕はつかつかと冒険者たちの輪に向かって歩いて行った。

 そして最前列で鉄の盾を構える、ホビット族の男の前で立ち止まる。


「俺が持っているこれは木刀。お前が持っているそれは鉄の盾。いいな?」


「あ、ああ……?」


 ちゃんと確認をとった上で、僕は<エア・スラスト>を放った。


 吹き飛ばされるホビット族の男。

 後ろにいる別の冒険者たち数人を巻き込み、仰向けに倒れこんだ。


 僕の突然の行動にギルド内は静まり返る。


 そして――。


「うそだろ……!」


「え、だって、あれ木刀よね……?」


 男が持っていた鉄の盾は、真っ二つに割れていた。

 光沢が違うからそうだろうと思ったが、やはり粘りのないバッカ鉄だったな。

 鍛鉄の盾なんて金貨数十枚だもんな。


「ルッルに試験を受けさせるか、今ここで捕まえてみるか、どうする?」


 受付は青ざめた顔でこちらを見ていた。

 そして、僕の問いに答えたのは入り口側からの声だった。


「いいじゃねえか! やらせろよ!」


 少女加虐趣味者タットだ。

 顔に足跡をつけて、鼻から血を垂れ流して堂々と胸を張っている。

 先ほどのルッルと同じような、腕を組んでの仁王立ちだ。


 ホビット族の伝統的なポーズか何かなのか?


「沼地ダンジョンのボス討伐レースだ。今度のD級昇格試験のな……!」


「タット、それはずるいし……!」


「黙れッ! どうする犯罪者、受けるか?」


 魔物討伐か。

 いいね、シンプルで分かりやすい。


「いいだろう。先に倒した方が勝ちか?」


「ああそうだ。スタートは2週間後の収穫祭の時。同時にだ。いいか、ルッルが倒すんだぞ?」


「当然だな。こいつの試験なんだから。それで、レースというからには他にも参加者がいるんだろう?」


「もちろんだ」


 タットはニヤリと笑い、親指を立てて自分に向けた。


「――俺がでる」


 自信満々でカッコつけているが、鼻血がドバドバ出ているから台無しだ。



 惜しかったな、タット!

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