第44話 昆布ぐるぐる巻きとホビット族の少女
「……どこだ、ここ」
目を開けると知らない天井だった。
なんだかやたらと近い位置にある。
寝たまま首を傾けると、たくさんの凶悪そうな顔と目があった。
窃盗、強姦、殺人……。
金貨5枚、10枚、20枚……。
壁一面に貼られた賞金首の手配書だ。
こんなものをインテリアにするやつは賞金稼ぎか、ヤバいやつかのどっちかだな。
普通なら賞金稼ぎだろう。
だが、アイヴィス様の信徒としての経験からすると、ヤバい奴の可能性が否めない。
手配書の他には僅かな家具があるだけだ。
幸いなことに窓もある。
いざという時はあそこから脱出かな。
家具も窓も、全体的にモノが小さい。
ぱっと見は子どもの部屋という印象を受けるが、たくさんの目つきの悪いおじさん達の似顔絵が、それを全力で否定していた。
ありのままで推理するなら、怖いおじさんに憧れるヤバい子どもの部屋だ。
そしたら窓から逃げよう。
どうにもダルくて力が入らないが、ゆっくりと身体を起こす。
すぐ横にはベッドがあった。
そこから転がり落ちたのかとも思ったが、ベッドも子供用のようで小さい。
これだと僕の身体は入り切らないだろうし、落ちたのではなくて、最初から床に寝かされていたのだろう。
「――起きたし?」
そう声をかけながら部屋に入ってきたのは、小さな女の子だった。
肩より少し長いぐらいの茶髪で、年齢は同胞達のストライクゾーン。
少し大きめの、ダボついた服を着ている。
なんだか眠そうな目をしているが、まあ見た目はヤバくない。普通だ。
「身体、平気だし?」
「ああ。ちょっとダルいけどな」
「……仕方ないし。7日も寝てたし」
「はあっ!?」
7日も寝込んでたって、一体なにがあった?
僕は最後の記憶を掘り返す。
キルト達が用意した小舟で僕達は暗闇の川を抜け、海へと辿り着いた。
岩に当たらずに無事に海まで出られたと胸を撫で下ろしたのも束の間、ひどい嵐で海は大荒れ。
迫りくる巨大な波に必死に船首を向けるも、船乗りでもない素人4人では対応しきれなかった。
あっという間に大波に飲まれ、船は大破。
僕らは木片や樽なんかに掴まっていたものの、すぐに散り散りとなった。
魔力が底をついていた僕は、荒れた海に揉まれるうちにだんだんと意識が遠のいていったところまでは覚えている。
そして気付いたらここで目を覚ました。
あれから7日――?
「海岸で拾ったんだし」
貝殻かよ。
いや、拾われて助かったのだけど。
「なあ、拾ったのは俺だけか?」
僕の問いに少女はうなづいて答えた。
流れ着いたのならば、キルト、フォート、ラウダタンの3人が同じ場所にいてもおかしくない。
もしかしたら3人は既に起きてどこかに行っているのかと期待したが、この娘に拾われたのは僕だけだったらしい。
「海岸で昆布にぐるぐる巻き。――島流しだし?」
ぐるぐる巻きで漂流はまずいな。
どうやら僕は死にかけていたところを、この少女に救われたようだ。
「嵐で船から落とされてな。他にも仲間がいた筈なんだ」
「この度はご愁傷さまで――」
「いや、死んではないだろ」
少女は表情を変えないで、葬式の定型文を口にして頭を下げようとした。
思わず突っ込んでしまったが、まさか僕が人を突っ込む側にまわる日が来るとは。
ヤバい奴ではなさそうだが、ちょっと変ではあるな。
それにしてもこの娘、眠そうな顔から表情が変わらない。
「……嵐があったのは昆布ぐるぐる巻きを拾う1日前。普通死んでるし」
「俺たちは神に愛されてるからな、平気だ」
確かにひどい嵐だったが、アイヴィス様に愛されている僕らがこの程度で死ぬなんてことは、まずあり得ない。
恐らく近くに流れ着いているはずだ。
僕は確信を持って言ったが、少女には伝わらなかったようだ。
「……治療、頑張るし」
憐れむような視線で僕を見下ろしている。
初めてみせた感情らしきものがそれってどうなんだ。
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少女の名前はルッルといった。
子どもだとばかり思っていたが、彼女はホビット族で、僕よりも年上の16歳だった。
ルッル曰く、僕が流れ着いたのはホビット族の国<マイスタッタ>にあるマーシュランという海辺の街だそうだ。
ホビット族の国の中では3番目の大きさの街で、ホビット族以外にも、他国から異種族が多く訪れてくる。
ちなみに1番目は王都で、2番目はホビット族の国の玄関口でもある港町だ。
しかし家具がどれも小さく感じると思ったが、ホビットサイズだったからか。
シスター・ロッリはスキルの力で永遠の10歳児なわけだが、普通のホビット族も身長だけは永遠の10歳児だ。
だから、純粋なホビット族が住む家はこんな風に家具や家が小さくなるみたいだな。
彼女は賞金稼ぎらしい。
元々は祖父がやり手の賞金稼ぎだったが、2年前に他界。返り討ちにあったとかではなく、普通に寿命らしいが。
そしてルッルがその後を継いだ。
部屋一面に貼られた手配書は、インテリアではなく仕事道具だったわけだ。
ヤバい奴ではなかった。
「スープ持ってきたし」
ルッルが器になみなみと注がれたスープをお盆に乗せて、そろりそろりと歩いてくる。
僕が寝ている間、このスープを少しずつ飲ませてくれていたそうだ。
そうでなかったら、目を覚ましていきなり起き上がることなんて出来なかっただろう。
見ず知らずの昆布ぐるぐる巻きにそこまで親切にしてくれたルッルには、本当に感謝をして――。
「あっ――!」
ルッルが何もない床で足をつまらせ、お盆を盛大にかち上げた。
その上に乗っていたスープ入りの器は、ゆっくりと弧を描いて僕に向かって落ちてくる。
B級のキラーマンティスを倒して、さらにレベルアップをしたであろう僕の目には、こぼれ落ちるスープの1滴1滴がハッキリと見えていた。
見えてはいるが、身体は本調子ではないため、避けることは出来そうにない。
その結果――。
「あっづぅぅ!!」
全身に熱々のスープを被った。
僕は慌てて側にあったベッドのシーツで身体を拭く。
よくよく考えれば<エア・スライム>で防御すればよかったのだ。
病み上がりとはいえ、咄嗟にスキルを使う事を思いつかないとは不覚だ。
思ってるよりも調子が悪いな……。
ルッルは両手でお盆を持ち上げて倒れ込んだ体勢のまま、バタバタと悶え苦しむ僕を見ていた。
「……元気になったし」
おかげ様でな……!
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「まだ寝てるべきだし」
「やけどが痛くて寝れないんだよ」
僕はふらつく身体にむち打って、街へ出てみる事にした。
3人の行方も気になるし、それにアルメキア王国の外に出るのはこれが初めてだ。
ホビット族の国がどういう風になっているのか、もの凄く興味がある。
「……あたしもついてくし」
そう言ってルッルは部屋を出ていった。
出かけの準備にいったのだろう。
まあ初めての街だ。
案内があるのは助かるな。
幸いな事に、僕の持ち物は全て無事だった。
全てと言っても、銀貨数十枚と世界樹の木刀だけだが。
ポーションがあればやけどの治療ができたのだけど、あいにくと手持ちはなかった。
騎士サマとの戦いのあとに全て使ってしまったからな。
僕は木刀を杖のようにして立ち上がる。
思ったよりも身体に負担がある。
まあ数日もあれば体力も戻るだろう。
そしたら訓練して落ちた筋肉を取り戻さなくちゃな。
「準備完了。いくし」
「……それ、俺の分もあるんだろうな」
戻ってきたルッルは、なぜか白い仮面をつけている。
目の部分だけ穴が空いたシンプルな仮面だが、片目にだけ、赤い線が縦に入るデザインがされており凄くカッコいい。僕も欲しい。
「……外で売ってるから買えばいいし」
この辺では外に出るときに仮面を被る風習でもあるのだろうか?
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初めてみたホビット族の国は、アルメキア王国とは随分印象が違っていた。
まず全てがひと回り小さい。
ルッルの家もそうだったが、建物の扉は僕の頭がぎりぎり当たらないぐらいの高さしかない。
背の高い人間なら少し屈まないと入れないだろう。
窓も井戸も小さくて、なんだかこどもの国に迷い込んだ気持ちになる。
今歩いているのは街の主要路との事で、石畳が敷き詰められている。
馬車ともいくらかすれ違ったが、なんと馬も馬車も小さかった。
「馬じゃないし。ロバだし」
新しい国、新しい街。
まさに冒険の醍醐味だ。
僕はきょろきょろと辺りを見回しながら歩く。
ホビット族が多いが、人族や獣族なんかも見かける。
時々仮面を被っている子供とすれ違った。いや、ホビット族の大人か?
仮面をしているとまったく年齢が分からないな。
仮面はそこらに出ている露天に並べて売っている。
この街の特産品なのかとルッルに聞くと、「お祭りで使うんだし」との事だった。
なんでも2週間ほど後に収穫祭があり、仮面をつけて参加するのが習わしなんだとか。
「どうだい、うちは人気の仮面を揃えてるぜ?」
僕は数ある露天のひとつを覗いてみた。
仮面には色々な種類がある。
ルッルがつけているようなシンプルなものもあれば、角がついている真っ赤な仮面もある。
ふむ、どういった仮面がいいだろうか。
「被ると秘めたる力に目覚めて、闇の波動をまとい圧倒的な破壊力で魔物を蹂躙する――そんな仮面をくれ」
「ねぇよ!」
ないらしい。
まあここではないか。
もっと裏通りの、怪しいフードを被った老婆とかがやっている露天じゃないとな。
とりあえず僕は闇の力が溢れてきそうな、黒い仮面を買った。
「ディはおかしいし。昆布の成分があたまを破壊してるし」
どんな昆布だ。
「俺は神の試練のせいでスキルの力が制限されているんだよ。秘めたる力を解放する手段を探すのは必要なことだ」
<アーカイブ>の力で段々と力をつけてきたけど、アンリのあの超威力のスキルに追いつくにはまったく足りていない。
魔道具か何かでスキル解放のきっかけを掴めればいいのだが。
「……秘めたる力なんてないし」
ルッルはうつむいて呟いた。
僕はピンと来たね。
きっとルッルも伝説級のスキルを授かると思っていたのに、僕と同じ様に下級スキルを授かってしまったんだな。
大丈夫だ。どんなスキルも使いようだし、何より覚醒イベントがあるからな!
「これは秘密だが、俺の<アーカイブ>の力ならスキルの力を引き出せるかもしれないぞ?」
「――ついたし、ここが冒険者ギルドだし」
僕の言葉に答えず、ルッルが見上げた先には木造の建物があった。
掛っている看板は冒険者ギルドを表す盾と剣の紋章だ。
ホビット族以外が利用することも想定している為か、ギルドの入り口は人族であっても普通に通れるぐらいの高さになっている。
中に入ろうと扉に手をかけるも、ルッルはその場から動こうとしない。
「どうした?」
「……あたしはここで待ってるし。気にしないでいいし」
ルッルはギルドの中には入らないらしい。
賞金稼ぎなんだから普段からギルドに出入りしているはずはんだが……。
まあいいか。
「分かった。ちょっと人探ししてくるだけだから、すぐ戻る」
僕は冒険者ギルドの扉をあけた。
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昆布ぐるぐる巻きの人がギルドに入っていった。
真っ黒い仮面を被り、どこからみても不審者だがこの時期なら問題はない。
あたしは仮面で顔を隠せる、収穫祭の時期が好きだ。特に14歳でスキル授与の儀式を受けたあの日から。
ギルドの壁に背を預け、膝を抱えて座る。
じいちゃんが死んでから、誰かとこんな風に過ごした事はなかったと、空を見上げた。
雲が流れて、穏やかな日だ。
子どもの頃と何も変わらない。
なのに――。
「スキルなんて……なくなればいいんだし」
誰にも聞かれることのないあたしの願いが、風に溶けていった。
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