デモ集会 ‐2

「「「「「はんたーい、はんたーい」」」」」


 集会の後方より、また新たな公安車両が現場に到着したのだと思われた。


「「「「「はんたーい、はんたーい」」」」」

「いやぁあああ」

「「「「「びょうどー、しあわせー」」」」」

「うわぁあああ」

「「「「「ちきゅうをあいせー!」」」」」


 コーラスに、変なものが混じってるような気がした。

 メガホンの男が振り返ると、一生懸命に叫ぶ何千人の同志と目が合った。

 しかし、そのずっと後ろで、明らかに様子のおかしい車両がいる。集団の手前で止まることなく、人をバタバタと跳ね飛ばしながら、減速せずに突っ込んでくる。

「な、なんだありゃ……」

 そのリーダーの様子に気が付いたのか、何名かの者がメガホンの男の見る方に振り返った。

「逃げろぉおおおおおお!」


「ははははははっ! くたばれやぁ、おらおらおら! お前等平等じゃねえぞ!」

 街宣車を繰る男がなにを喋っているかも定かでないが、今はそれどころでは無い。逃げなければ轢かれて死ぬ。あの街宣車は間違いなくテロだ。

 しかし、この密集した体形では逃げることなど不可能に近い。突っ込む車に気が付いた者がいくら騒いでも、未だシュプレヒコールに没頭する者達が退くことはない。

 彼らが人権と平等、みんなの幸せを叫ぶ間に、何十人ものデモ参加者が轢き殺された。

「どけえええ! どけえええ! 街宣車が! 大型街宣車が突っ込んでくるぞ!」

 ようやく集団の大半がテロに気付いた頃には、すでに死体が無数に散らばっている地獄絵図が出来上がっていた。

 デモ参加者たちは、互いを押し、かき分け、理性を飛ばして新国会議事堂前でアリのように逃げ惑った。

 街宣車はボディ側面を真っ赤に染め、『しあわせ』の横断幕を掲げたまま逃げる人間を一人一人確実に轢いて仕留める。

「おぉ、運転席にもマイクついてんのかよこれ」

 男は運転席天井からぶら下がるマイクを口元に近づけ、スイッチを入れたままハンドルを操り国会前を暴れ回った。


 ――おまえら、ヒトと地球の未来を考える会は~。みんなの幸せを叶える為に、ひとりを殺してしまいました~。よってこんかいー。俺は、ひとりの命のためにー、おまえらを殺しま~す。別にいいっすねぇ? おまえらの汚ったねえ命はとても軽いので~、沢山死んで貰いま~す。


 無敵の正義が崩れ去るなど、一体だれが想像していただろうか。

 道路は血に染まり、奇怪な体位のまま動かぬ人が周囲に散乱した。その数すでに何百体。

「うわぁあああ、助けてぇえええ!」

 ――駄目だぁ。死んでけぇ~。

 逃げるメガホンの男は転倒し、その下半身に街宣車がのし掛かった。

「ぁあああああああああああああああああ!」

 鋸で搔くような叫びをあげ、それと同時にバケツ一杯ほどの血を吐いた。

 メガホンの男が助けを求め、その手を伸ばした先には……、全身を黒い戦闘服で防御した、公安隊員の姿がある。

 ここに来て、ようやく彼らが重い腰を上げた。彼らが今の今までテロ行為を黙視したことに理由があるなら、きっと発砲許可が下りていなかったのだ。下手に撃とうものなら、誤ってデモ参加者に弾が当たりかねない。無論、そんなものは詭弁だ。


 動き出した装甲車と、武装した何名もの公安隊員は大型街宣車を銃の照準器に入れた。

「おう、死にてえやつが沢山いるようだな。別におまえらは依頼の対象じゃねえけど、今は少しでも多く業を積みたいんだよなぁ。だから、ついでに死ね」

 そして次の瞬間、街宣車を包囲する公安隊は集中砲火を浴びせた。

 無数の銃弾は、しあわせ横断幕を跡形も無く引き裂き、窓ガラスを割り、タイヤを何本か破裂させた。しかしそれでも動きを止めない街宣車は、盾を構えて発砲する隊員に向かって突進した。

「くっそ車体が傾いてやがる! 頼む! まだ止まんなよ! 最強の殺し屋にはまだ遠いんだっての!」

 しかし街宣車のフロントガラスが防弾性というはずがなく。銃撃によって瞬く間に破壊されると、嵐のような弾丸は容赦なく運転席に襲いかかった。

 しかし、それでも止まらない。街宣車は勢い衰えず、そまま数名の隊員を跳ねた。

「いってぇなぁ。クソ野郎が」

 額から血を流し、片腕の男は呟いた。

 街宣車は僅かに減速。まるでそこを狙っていたかの如く装甲車両の砲弾が撃ち込まれると、巨大な車体は宙を舞い三回転ほどした後に横転状態で停止した。

 公安隊車両群、地上隊員、攻撃ヘリ、全兵力が全ての角度から完全なる包囲を仕上げた。

 すると片腕の男は、横転した車からのそのそと這い出てきた。

 口には刃物、右手にも刃物。

 姿を現したと思った瞬間、目にも止まらぬ勢いで走り出す。まるで野生動物にも劣らぬ疾走は、引き金の動く速度よりも速く、瞬く間に一人の首を落とした。

 同時に取り囲んでいた銃口も一斉の火を噴く。しかし男はまるで逃げることもせず、ただ一人でも多くを殺傷するとばかりに突っ込んだ。


 ――右那、絶対に助ける。絶対に救ってみせる! 俺は使徒になるんだ!


 男の体中から赤い飛沫を弾け出す。

 そして、ついに右腕がもげた。刃物を握ったままの右腕は既に原型のない肉塊であり、男の肩から外れてアスファルトの上に柔らかく落ちた。


 ――右那、待ってろ。もう少しで届くんだ。


 だが、男は止まらない。

 口に咥えた刃物で更に数名を突き刺し、殺傷した。

 そして。


 ――もう少しで使徒に……。


 更なる銃弾が加わり、体の中からあらゆる物が飛び散る。

 男は、倒れた。

 刃物を口からこぼし、その上から銃を構えた隊員が押さえ込む。

 男の意識はすでにない。ボロボロの体、両上肢は失われ、一体これ以上なにができよう。

 銃撃は止まり、新国会議事堂前には、しばらくぶりの静けさがたまゆらに時を制した。

 

 事件は数分後には全国のニュースで知れ渡った。歴史上まれに見る大規模な単独テロ行為。犠牲者の数は全く把握できず、遺体を数えることすらも困難な状況であった。

 この日、世界中を悲しみが包み。そして人々は静かに祈りを捧げた。








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