第164話【コミックス二巻発売記念!】庭師ルル(後)
私はかつてドラゴンを激怒させたことがある。そんな私が生きながらえているのは奇跡だと、後々ドラゴンに関する文献を読んで知った。
一体なぜ……そんなの決まっている。姫さまが命乞いしてくれたのだ。
「あっちは……王都? でも、姫さまのドラゴンはグリーン……どういうこと?」
「待てルル、あれはドラゴンなのか? 間違いないのか?」
「ドラゴンです。私は一度、遭遇したことがあります」
私たちはその畏怖すべき存在から目を離さずに、会話を続けた。
「そうなのか。しかもホワイトドラゴン……つまり……天罰か!? 」
再び、マルクが私をかき抱き、私を懐に入れてドラゴンに背を向けた。
『天誅』
厳かな声が直接脳に響いたその一秒後、マルクも私も光りに射抜かれた。そしてそれに遅れて数秒後、ドラゴンの方角から地響きやってきて、轟音と悲鳴とともに大地が揺らぐ。体に力を入れ、耐える。
やがて静寂が訪れ、二人でそろそろと顔を上げると、まさしく同じタイミングで、地上から巨大なグリーンドラゴンが飛び上がった。
「あれこそが姫さまの……」
そうだ。グリーンドラゴンがいるということは、そこに姫さまがいるということ。あの時も、私が姫さまを襲ったからドラゴンは現れた。つまり、姫さまはたった今、再び窮地に立たされているのだ!
「姫さま!!」
「バカ! 立つな!」
思わず立ち上がり、手をそちらに伸ばす私を、マルクが後ろから抱きとめる。
「落ち着け。もう、人にはどうにもできない。ドラゴンの怒りがおさまるのを待つしかない」
やがて一度はるか上空に消えたグリーンドラゴンが視界の範囲に戻ってきた。
かつて聞いたことのある、恐ろしい声が体に響いた。
『砂地獄』
私は死を覚悟して、ぎゅっと目を閉じた。だってドラゴンの親? であるクロエ様を苦しめたから。
……あの世に行ったらじいちゃんに会えるのだろうか? 会えたら最初に謝って……。
しかし、なぜか何も起こらない。ゆっくりと瞼を上げれば、王都方面は砂嵐で何も見えない。しかし、宙にドラゴンが佇んでいることからして、罰は今、降りそそいでいるのだろう。
くたっと膝から地面に落ちた。
私は今回も生かされたようだ。
二人で静かに、時折見える閃光や爆音を見守っていると、グリーンドラゴンはグルッと王都の上空を一周し……睨みをきかせて……ホワイトドラゴンの消えた方角に去っていった。
「ったく……誰が、どんな逆鱗に触れたんだ、一体」
マルクはため息混じりにそういった。そんな彼の様子に違和感を持つ。
「マルク兄さん……ドラゴンに詳しいですね」
「……ルルもね。前も見たことがあるなんて、まさかのサバイバーかよ」
「サバイバー?」
「ドラゴンを見て、生き残った人のことだよ。基本ドラゴンは〈魔親〉以外の人間に興味を持たない。その他の人間の前に現れる時は、怒り狂ったときだ」
いろんな言葉が初耳だけど、状況は思い当たる。私は静かに頷いた。
「そして俺は、昔、ドラゴンを怒り狂わせながら生き残った、サバイバーの末裔だ」
マルクはそう言って、ここじゃないどこかをぼんやり見つめた。
「俺の一族はこの国の片隅に作った村で、ドラゴンの怒りに触れぬようにひっそりと生きてきた。先祖の失態を伝えつぎ、二度と過ちを繰り返さぬように。でも、こうして街中に来ると、ドラゴンの悲劇は忘れ去られててびっくりした。怯えながら清貧に生きてきた俺の村はなんだったのかと」
マルクは大きく息を吐きながら、肩の力を抜いた。
「でも、やっぱりいたんだな。俺たちの伝承は正しかった。あの全ての生物をひれ伏させる圧……神そのものだった。今回、俺は裁かれなかった。ようやく俺たちの一族は、許されたんだ。それにしてもこうも広範囲に姿を現すなんて……今回姿を見た人々は、サバイバーとは言えないよな。伝承すら忘れつつある人間に、圧倒的存在を知らしめたって感じか……」
「許されたんで……しょうか?」
引っかかった言葉をつい、復唱する。
「さっきの、ホワイトドラゴンの最初の光線がヤバイって伝え聞いている。ドラゴンが二体もいたんだ。罪人ならば決して仕留めもらさないよ。人間を全滅させなかったあたり、ギリギリで大事な何かを守れたんだろう」
『オレのクロエをここまで傷つけたこと、万死に値する』
あのグリーンドラゴンの大事なもの。それは姫さまだ。
マルクの言のとおりならば、姫さまも無事救出された?
そして、
『一生オレに歯向かったことを怯えて生きるがいい』
そう言われた私も許されたの?
「おい! ルル!?」
「あ……」
私はいつのまにか、涙をボロボロと流していた。
マルクは口を閉じて膝をつき、私を引き寄せ抱きしめた。
◇◇◇
その後、王都での出来事は速やかに国中に、このお世話になってる子爵領にも知れ渡った。
「どんなに風化しようが、そこは王家だぞ? 自分たちの前の、うちみたいに滅びかけた一族の話は伝わってるだろうに……呆れ果てる」
マルク心底軽蔑したようにそう言った。
つまり彼の一族は、かつて、相当の権力者だったということではないだろうか?
私はと言えば、難しいことはわからないけれど、姫さまが大神殿での療養も済み、ローゼンバルク辺境領に戻ったと聞いてホッとした。
そして修行の日常に戻った。
ギラギラと太陽が照りつける夏が来て、大粒の汗を拭っていると、マルクが周囲にミストを放った。私だけでなく仲間みんなから歓声が上がる。
「マルク兄さん、ありがとう」
感謝を込めてそう言うと、マルクは軍手のまま、頰をぽりぽりとかいた。
「なあ、俺、親方に土地を借りたんだけど、今度、ルルの〈岩魔法〉の岩を山に、俺の〈水魔法〉の水を川に見立てて、森の縮図みたいな庭を作らないか?」
こういう……こういうことをしてみたかった。じいちゃんと姫さまの〈草魔法〉と調和した、〈岩魔法〉も参加した庭造り。
「はいっ!」
私が勢い込んで返事をすると、マルクはホッとしたように笑った。
◇◇◇
数年後、親方から独り立ちを許された瞬間、ひと足先に一人前になってたマルクに私は掻っ攫われた。親方も笑って手を振っていたから絶対グルだった。
私たちは相棒になり、マルクと私の庭は、伝統的な庭園に飽き足らなかった層にピタリと嵌り、十分に三食、食べられるようになった。
その後二人で、心のシコリを寄進させてもらって一度精算しようと、勇気を出して大神殿を訪ねたら、学校時代にほんの少し話しただけの後輩がなぜか出迎えてくれて、
「君たち面白い庭を作るらしいね。確かに神殿に仕えなくて正解だったようだ。今度、ルーチェを楽しませるために仕事頼んでもいいかな?」
と、ニコニコ笑った。
彼は……すごく偉い神官だった。さらに、私たちの前に面白がってホワイトドラゴンを連れてきた。
神を前に、マルクと私はひれ伏した。
『……むかしのつみを、ひきずってるの? ふーん。ごくろうさま。でもあなたたち、うそのにおいしないし、わたしのりどと、あーしぇるをいじめないならどうでもいいわ。それよりふたりとも、だいすきどうしなのに、どうしててをつながないの? さっさとつがえばいいのに。えい!』
「「え?」」
胸の奥底にしまい込んだ想いが暴露され、慌てふためく私、そしてマルクにキラキラと光る何かが降りおりた。
……ドラゴンは決して間違えない。ということは……。
謎のキラキラに動揺しつつ、私はマルクをそっと見やると、マルクは真っ赤な顔をして、頭を雑に右手で掻きむしった。それを見て、私の頰にも熱が集まる。
「わーお。ルーチェ直々に祝福をもらえるなんて、世界一ラッキーなカップルだね〜」
神官後輩は、体をよじらせてクスクスと笑いはじめた。
そんな後輩の手から、スラリと背の高い男性神官がホワイトドラゴンを取り上げて、愛おしげに見つめた。
「ルーチェ、この女性にはね。私の愚かな親のせいで、取り返しのつかないほど辛い思いをさせてしまったんだ。ルーチェ、彼女への祝福をありがとう」
そう言ってこちらに顔を向けた神官は……私の姫さまと、色は違えどまさしく同じ顔だった。
「あ……」
「ルルさん。どうぞ幸せになってください。それが私と姉の願いです」
「アーシェル様……」
その後、マルクは二人きりになったところで改めて、たどたどしくプロポーズしてくれた。真面目で、庭仕事の苦労を惜しまず頑張る姿が好きだと言ってくれた。
ドラゴンの後押しがあるのだ。私はこれまでのいろんな罪悪感やら躊躇いやら全てふりきって、よろしくお願いしますと、彼の胸に飛び込んだ。
◇◇◇
やがてアーシェル様に私のことを聞いた姫さまから、辺境領への造園依頼を受け、全てを告白している夫に励まされ、クロエという名のバラの苗木を携え、ローゼンバルクに足を向けることになる。
歯を見せて泣き笑いしながら再会する日は、もうすぐそこに……。
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